第80話 午後1時、いかにして夜を迎えるか。
「さっきまでと言っていること違うじゃない!」
アイリスはそう言って地団駄を踏む。
彼女の言っている事はご最もなのだが、私もこの勝負を受けるわけにいかなくなってしまったのだから仕方がない。カーテンから射し込む陽光がその理由を多弁に語っている。
理由は槿と同じだ。『間違いなく死んじゃうから』。しかも死ぬ原因はアイリスの直接関与しない要因で、というところまで一致している。
連花は机を指で2回叩いた。すると今度は二葉が小さく頷き、アイリスに話しかける。
「アイリス。今度は私と遊びませんか?『絶対迷宮学園』のファンディスクがこの前発売されたので、一緒にやるのです。」
「二葉お姉様は大好きだけれど、あのゲーム話が難しかったからいい。」
「そんなっ……!?」
二葉は絶句し、その場で硬直する。今回は失敗したらしい。残念ながら作戦会議の時間はないようだ。
「あの、私の意見を聞いてもらってもいいかな?」
どうするか悩んでいると、槿が切り出した。微かに笑みを浮かべている彼女は、独特の雰囲気がある。
「なによ?」
強気な口調で返すアイリスも、先程までのおどおどとした様子の槿との違いに少し困惑しているようだった。
「アイリスちゃんは、一果と二葉の代わりに私の傍にいてくれるつもり、なんだよね?」
「まあ、そういう事になるわね。」
「だったら、料理とかがどれくらい出来るか、とかも私は知りたいかな。時間も丁度お昼だし。」
槿の狙いがわかった。アイリスは、3本勝負と言っていたし、最初の2本を室内で行えるものにして、外に出る必要がある戦闘を最後に回す事で、その時間には日が落ちるようにする、というつもりだろう。
「確かにそれもそうね。私もお腹が空いたわ。」
槿の提案にこちらの事情を知らないアイリスも乗ってきた。しかし、料理というのは好都合だ。今まで槿達に披露したことはないが、実は私は料理が出来る。央のせいで。この場合はおかげ、とも言えるのだろうが、私が彼に感謝を覚えることは一切ないので、せい、という言い方が正しい。
央曰く、『吸血鬼は料理もできた方がいい』らしく、過去に何度も作らされた。なにやら人を城に誘ったときに料理が不味いと、であるとか、人に溶け込むためには、であるとかそれらしい御託を並べていたが、間違いなく彼は酒の肴が欲しいだけだった。
だが、彼から継いだ適応能力は、料理技術の習得にも役立ったらしく、結果として古来より高級料理ばかりを食べている彼が認めるほどの料理を作ることが出来る。
つまり、料理が本職ではない一介のエクソシストが私に敵うわけがない。むしろ、いい勝負をするということが難しいくらいだ。しかも、審査員はこちら側の人間だ。たとえ料理が対等であっても、私の勝利は揺るぎない。
「君がいいなら、それで構わない。テーマは『槿が喜ぶ料理』でいいか?」
「いいけど、あなた槿の好きなもの知っているとかじゃないわよね?」
「いや、槿に料理を作ったことはない。」
「それもどうなのよ。彼女なら一度くらい作ってあげなさいよ。」
「そういうものなのか。」
「そういうものよ!」
槿を横目で見ると、勢いよく何度も頷いている。どうやらそういうものらしい。それなら、また機会があれば作ってみるのもいいかもしれないな、という気持ちになる。
しかし、槿に料理をしたことがない男に勝ったとして、アイリスは何を証明できるのだろうか、と我に返りそうになるが深く考えないことにした。
「それってさ、私達も審査員とかした方がいい?」
手を挙げながら、一果が訊ねる。
「いや、あくまで槿が気に入った方が勝利、という方が分かりやすいだろう。」
複数人審査する立場の人がいた場合、接戦を演出しようとしてアイリスに票が入るかもしれない。そうする人が複数いた場合、私が負ける可能性が出てくる。
「え、お姉様達にご飯食べてもらえないの…………?」
「……ついでに、全員分作ること自体は構わない。」
彼女に納得してもらうためには、桜桃姉妹がアイリスの成長を褒める、というところまで作戦に組み込まれている。であれば、彼女達も口にした方が説得力が生まれるはずだ。
決して、彼女の泣きそうな表情を見て罪の意識がわいたわけではない。
「いいの!?ありがとう!」
満面の笑みで私に礼を言う彼女に、流石に八百長にはめていることに罪悪感がわく。が、それはそれとして私とアイリスの勝負が今、始まった。
 




