第75話 3日前、桃李満門だった私達から②
「あのなぁ連花くん。君アホちゃう?」
一果達が槿の世話をしている経緯を説明した後の氷良の感想は、それだった。辛辣だが、彼女の言うことは彼女視点では間違ってはいないから、私は口を噤む。
「そうよ!大体教団信者でもない人の面倒なんて別に見る必要ないじゃない!」
アイリスのその言葉を諌めようとしたが、先に氷良がその言葉に反論する。
「いや、そこは立派やわ。困っている人を助けるのに信心は関係あらへんと思うよ?」
氷良にそう言われて、アイリスは不服そうに黙る。私以外の言う事は素直に聞く事に、若干の腑に落ちなさを感じるが、そこは私の実力不足だ。
「せやけど、それは教会派に任せればええやろ。うちらの仕事ちゃう。ただでさえ人材不足なんやから、司教様にはちゃんとその辺考えていただきませんと。」
淡々と、わざと丁寧な口調で氷良は私に諭すように言うが、間違いなく怒っている事が伝わる。
一応、いざという時に槿を守ることが出来て、私と連携が取りやすい人材、という事で彼女達を選んだのだが、その事を氷良とアイリスに説明する訳にはいかない。
多くの人が知れば知るほど、事態は大きくなる。そうなると、エディンムは過激な手を取る可能性が出てくる。だからこそ、出来るだけ少ない人数で対応する必要があった。だから、吸血鬼関連の話は伏せなければいけない。
「一応、天竺葵大司教には許可は頂いたので………。」
情けないが、上司の名前を出してなんとか細かい話を話さずに進めようとする。
「え?パパが許可したの?」
「へぇ。天竺葵さん許可したんや。……なんて言うとったん?」
「……『困っている人を助ける事は大切だ。』と。」
「なんかその言い方パパっぽくない!嘘ついてるでしょ!」
案の定、アイリスにそう指摘される。そもそも、私は嘘を吐くのが不得手であるし、慣れない山道を車で走りながら咄嗟に思いつくほど、運転が得意なわけではなかった。
「ですが、天竺葵大司教が許可をしたので。」
このままではボロが出る気がして、私はそれで押し切ることにした。
「説明になってないわよ!」
「まあまあ、きっと連花くんにも事情があるんやろ。」
激高するアイリスを、氷良は笑顔で宥めたが、私は先程の事もあり、少し警戒する。昔から彼女の笑顔は油断ならない。
「わざわざ大司教の許可を取ったいうことは、それなりに大きな事情があるんやろ?それこそ、司祭2人を世話係に選ぶ必要があるくらいの。」
氷良のその言葉を聞いて、しまった、と思わず言いそうになってしまう。彼女の言う通り、通常であればこのようなことにわざわざ大司教の許可取りを行うことなどあり得ない。言い訳にその名前を出した時点で、『裏に大きな事情があります』と白状したようなものだ。
「…………お願いです。今回の件、これ以上深掘りするのはやめてもらえますでしょうか…………。」
最早私にできることは、懇願しかなかった。
「休み3日でええよ。」
「……2日なら、何とか…………。」
「3日なら、ええよ。」
「…………わかりました……。」
元々ヴァンパイアハンターが本来の職務である私は、吸血鬼がほとんどいない現在では通常のエクソシストより自由な時間が多い。
その時間を涼との特訓に当てたり、………椿木さんの実家の手伝いをしたりしているのだが、そのスケジュールを調整すれば彼女の代わりに3日職務を務めることは可能だ。
だから、昔から氷良とはこういう交渉をする事があった。
「ねえ、氷良、どういう事?」
「連花くんは好きな女の子の為に、双子ちゃんをお世話係にしとるんやて。」
「なんでそうなるんですか!?」
あまりに急な与太話に、思わず大きな声を出す。
「あれ?ちゃうん?」
「違いますよ。どうしたらそう言う話になるんですか。」
「やって、最近暇あったらすぐ神奈川行くやろ。皆言うとるで。『あれは女が出来た』って。一応なんや事情があるみたいやけれど、それでも多いし。」
聖職者ともあろう人達が、なんて低俗な話をしているのか、と頭を抱えたくなるが、実際向こうに行く用事の半分近くが椿木さんの農園の手伝いであるということが、否定しづらくさせていた。
いや、もちろん農園の手伝いは元々椿木さん目当てという訳ではなく、困っている人の助けになれば、という事が第一で、彼女に会えればいいな、という下心も無くはないが、それだけが全てではないのだが、どう言い訳したところで墓穴を掘るだけだ。
「……彼女とは、特にそういう関係ではありませんから。」
車のエンジン音が聞こえるくらいの静寂の後、私は小声で否定をした。
「いや、絶対なんかあるやろそれ。」
「よく分からないけど、とりあえずお姉様達に会いに行ってもいいのかしら?」
本当に何も理解していない様子でアイリスは私に訊ねる。
「絶対にやめてください。」
槿とアイリスが会う分には問題ないが、涼と鉢合せでもしたら面倒なことになる。それに、アイリスはいい子だが、好奇心旺盛で、少し思慮に欠けるところがある。もし彼女がなにか気付いたとしたら、間違いなくすぐに他のエクソシストに伝わる事になる。
「なんでよ!?いいじゃない!ねえ氷良、今度一緒に行きましょうよ!」
「あ、うん。せやなー。」
恐らく、私に職務を代わってもらうことが目的だったのだろう。すっかり興味を無くした氷良は適当に返事をした。
その後も行きたがるアイリスを必死に止めながら、関東支部まで帰る事になった。最後までアイリスは行きたいと駄々をこね続けていたが、関東支部に到着する直前、私が
「いいですか、アイリス。一果と二葉は遊んでいるわけではないのです。貴方が行くことで、彼女達の迷惑になるのですよ。」
と言うと、かなりショックを受けた表情で、
「お姉様達の迷惑になるの…………!?そしたら、諦めるしかないわ…………。」
と嘆いていた。
かなり良心が痛んだが、それでも彼女が諦めてくれればと、それ以上は何も言わなかった。
だから、彼女が教会に来ることはないはずだった。




