第74話 3日前、桃李満門だった私達から①
「これで、この廃トンネルの除霊は完了致しました。土地の浄化も併せて行いましたので、問題はないと思いますが、また何かございましたらご連絡ください。」
花見の3日前、無事除霊を済ませた私は依頼人に笑顔でそう伝えた。
「ありがとうございます!」
「いえ、悩める隣人のを救うことも我々信徒の使命ですから。」
そう言って頭を下げて、私とアイリス、氷良はその場を後にする。
車に乗り、動き出してしばらくると、後部座席のアイリスは首を傾げながら、口を開いた。
「でもさ、これってわざわざ黎明が出向くほどの霊障だったのかしら?」
「せやねえ。結局うち、ほとんどなにもしてへんし。楽が出来てええけれど。」
そう言いながら、氷良は助手席で何度も日本刀の鍔を鳴らす。本当は物足りなくて不満だ、という事を隠す様子もない。
「念の為、ですよ。幸い、関東地区では大きな事件は起きておりませんし、今回の廃トンネルは規模が分かりづらかったこともありました。それに、最低2名の司祭以上で依頼の対応をすることが原則ですから。」
私はハンドルを道なりに傾けながらそう返した。
「でも、黎明つまらないし、一果姉さまか二葉姉さまに来てほしかったわ!」
その一言に、氷良は吹き出した。
「アッハッハ!せやなあ!確かに連花くん、つまらへんなあ。」
そう言って、楽しそうにアイリスに同意する。
「氷良さん………せめて職務中は役職か『さん』付けで呼んで頂けますでしょうか…………示しが付きませんから。」
「職務は早々に終わったやろ?連花司教様のおかげで。」
余程物足りなかったのだろう。普段から嫌味っぽいところはあるが、今日はいつもに増して嫌味っぽい言い方をする。どうしてこう、エクソシストの人達は癖のある性格の人が多いのだろうか。私は深くため息をつく。
「そういえば、最近あの2人見いひんな。どないしたん?」
私の身体は小さく跳ねた。動揺が表に出ないように、必死に平静を取り繕いながら、私は運転に集中していて聞き流したかのようにふるまった。
「あ!私も最近見てないかも!ねえ黎明!あなた知っているでしょ!」
また聞こえないふりをしようかとも迷ったが、流石に怪しまれる。だから、私は多少強引でも話題を逸らすことにした。
「それにしても、本当にアイリスはあの2人の事がお好きですね。確か憧れているのでしたよね?」
わざと明るい口調でアイリスに返した。恐らく、氷良に振ってもすぐに話題を戻される。あと一時間半程度を凌ぐには、アイリスに2人の事を長く語ってもらう必要があった。
「そうよ!だって2人は優しくて可愛くて、それでいて凄いエクソシストなんだから!」
「羨ましいわあ。うちもアイリスにそんな風に言うてもらいたいなあ。」
「六花の皆は可愛いよりかっこいいだから、ちょっと憧れとは違うかも。でも大好きよ。」
満面の笑みでそう返すアイリスに氷良は嬉しそうな顔で微笑む。
「ほんま嬉しいわ。聞いとった連花くん?『大好き』やって。」
「ええ、聞いておりました。」
「連花くんはうちの事どう思ってるん?」
「もちろん、私も大好きですよ。」
「照れるわあ。今度、お姉さんとデートしよか。」
「是非、休みがありましたら。」
エクソシストでお馴染みの冗談を言うと、車内は笑い声が響く。私がすっかり話が逸れたことに安堵して、少し運転に意識を向ける。それにしても、なんで秩父はこうも山道が多いのか。運転することは多いが、こうも山道ばかりだと流石に少し辛いものがある。
「で、2人が今何してはるか知っとるんやろ?」
「ええ、もちろん。…………あ。」
気を抜いて、うっかり口を滑らせてしまった私に、アイリスは運転席を揺らしながら詰め寄る。
「知ってるんじゃない!話しなさいよ!」
「ちょ、ちょっと待ってアイリス!話す!話すから!危ないって!!」
「連花くん、変わらへんなあ。すぐ油断するところと、焦ると口調が崩れるところ。ほんま可愛らしいわあ。」
「いいからアイリスを止めてください!」
その後、私は諦めて吸血鬼関連の事は伏せたうえで、一果と二葉が槿の世話の為に職務から離れている事を伝えた。そんなことになったのも、秩父に山が多いせいだ。と八つ当たりをする。




