第7話 飛花落葉の私から①
彼、岸根涼は、今日は少し様子がいつもと違って見えた。
いつもとは言っても、今日で私に会いに来てくれたのは3回目なので、「実はこちらが普段なんだ。」と言われたら、ああ、そうなんだ。と思うしかない程度にしか彼のことは知らないが、それでもどこか上の空に見えた。
来た時から上の空で、話を振るとその話には乗るが、また上の空になる。
もしかして、前回の花束の失敗を気にしているのかな、と考えた。
彼からすると、数日前の失敗は今日まで引きずる程の出来事だったのかも、もしかしたら、私に拒否された事を怒っているまであるかもしれない。
それで彼が来なくなったらどうしよう、と少し頭を悩ませる。どうしよう、また退屈になってしまう。
一応契約を結んでいるとはいえ、好く、好かないに関しては確実に好かれる方法がない以上、目標やノルマに近いものに感じる。
会う事が好かれることに繋がらないと感じた場合、会いに来なくなる可能性は充分にあるような気がする。
彼は死にたいから、私を愛したいと言っていた。それは本心だと思うが、私を愛せる可能性が低ければ、わざわざそんな回りくどい方法に執着する必要もない。
その時、ふと気づいた。
彼が死にたい理由を私は知らない。
「なあ」そんなことを考えていると、彼は意を決したように私に話し掛けた。
先程考えていたように、「もう会いに来ない。」と言われるのではないかと、思わず少し身構える。
「クリスマス、何かして欲しい事とかないか?」
意を決した表情のままで彼が言うので、思わず笑ってしまう。まだ出会って日が浅いが、彼のこういった所は、私は嫌いじゃない。
人間離れした雰囲気を纏っているが、素直で、どこか少しズレていて、人間らしい。
「前にも言ったけど、別に特別な事はいらないから。」
これは偽りの無い本心だ。何かしたいという彼の気持ちは充分に嬉しいが、私は今のままで充分だ。
私がそう言うと、彼は少し言葉を選ぶように考えた後、「特別な事をしたい、という気持ちが愛すると言う事だと私は思うのだが。」と私に返す。
そう言われると、確かにその通りかもしれない。どこか彼らしくない真っ当な意見を言う彼を私は思わずまじまじと見てしまう。
「確かに、そうかも。」
「だろう。」
彼はほっとしたように、相変わらず夜のように暗い目で僅かに微笑む。
「何かあったかな……。」
納得した以上、何か希望を伝えなければいけない気がして思案するが、意外と思い浮かばない。
ずっと病院で過ごす毎日には辟易しているが、実際何をしたいかは特に思い浮かばない。と、そこでそうだ、と気付く。
「そしたら、病院の外に出たいかな。」
もう、何年も病院の外に出ていない。両親が生きていた頃は実家で経過観察をする事もあったが、15歳の頃に亡くなってからは家も売り払ったし、ずっと病院で過ごしている。
昼間は敷地内を散歩したりもしてはいるが、正直とっくに飽きていた。
「なるほど、外に出たいか……。」彼の方を見ると、少し下を向いて考えているようだった。
「どこに行きたいとかはあるのか?」もう一度こちらを見て、彼は私に聞く。
「特には、ないかな。」
昔から身体が弱かった為、特に思い出のある場所があったりする訳でもない。
「強いて言えば、私の体調でも楽しめる場所ならどこでも。」とだけ付け足した。
「とりあえず、槿の希望はわかった。」と、可能とも不可能とも取れる曖昧な返事を彼はした。
「じゃあ、外に連れ出してくれるんだ?」
私がそう聞くと、彼は、
「槿、知らないのか?」と少し悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「クリスマスプレゼントは、いい子のもとにしか来ないんだ。」
まだ内緒だ、と言いたいらしい。
どこか人間らしいその返しと、もう私がいい子、という歳でも無い事がどうしようもなくおかしくて、また笑ってしまう。この1週間程は笑う機会が増えた自覚がある。
「そうだね。じゃあ、いい子にして待ってる。」
「そうするといい。私は今日はもう帰るとしよう。」
彼はそう言って窓の方に向かう。
「また会おう、槿。次はクリスマスに来る。」そう言って、霧となって夜の空に消えた。
「ん?」ふと、何かが少し気になった。卓上カレンダーを見ると、今年の24日は水曜日、25日は木曜日だ。
今までの間隔だと、彼は恐らく木曜日に来るはずだ。が、普通、クリスマスプレゼントを渡すのは水曜日の24日、クリスマスイブを指す。
どっちに来るのだろう。私としては、25日に来て欲しい。その方が、彼らしい気がする。
既にクリスマスを楽しみにしながら、私はベットに潜った。やっぱり、彼が来てから退屈しない。
「おはようございます。起床時間ですよ。」
気が付くと私は寝ていて、朝、看護師さんに起こされた。
「ぅん………。おはようございます……」
私は、あまり朝が強くない。ましてや、冬の朝はまだ薄暗く、体内の時計が朝と認識していないような気がする。大体、起床時間が6時なのだが、どう考えても早い気がする。
「今日も眠そうね。」
そう言って朝から明るく笑いかける彼女、向日葵さんは、昔からお世話になっている看護師さんだ。
私が物心着いた頃にはこの病院で働いていたと思う。
笑顔が素敵で、顔に刻まれている笑い皺から彼女は普段からよく笑う、名前の通り向日葵の様な人だ。
苗字が向日葵なのか名前が向日葵なのかはよく分かっていない。
「朝ですから………。」
頭が回らない状態で、とりあえずそう答えた。
「朝は眠いよね。」全く眠くなさそうな声で、彼女は同意する。
その後いつものように私も彼女も慣れた様子で、バイタルサインの確認を行った。それが終える頃には私も大体目が覚める。
「体調はどう?なにか変化はありますか?」いつも通り、優しい笑顔で彼女は私に尋ねる。
「特にありません。強いて言えば」
「強いて言えば?」
「クリスマスが待ち遠しいくらいです。」
「珍しいわね、槿ちゃんがそういう事言うの。」彼女はそう言って嬉しそうに笑う。
私も少し笑いながら、確かに珍しいな、と思う。何かを楽しみにしながら過ごす事は、ここ数年だと特に覚えがなかった。
何か特別な事があるのも悪くない。少しだけ、そんな事を思う。