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槁木死灰の私から  作者: 案山子 劣四
溢れ出す想い

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第68話 虚実古樹の私から③

エリザベートが叫ぶと、左右の窓ガラスが割れる音とともに、8人の吸血鬼がなだれ込む。


香水と血の匂いは外の動きに悟られないようにするためか。意外と用意周到じゃないか、と少しだけ彼女を見直す


正面からは先程までエリザベートに纏わりついていた男娼4人と、後方からは門番の2人が一斉に襲い掛る。


皆一様に武器を持っているが、銀製の武器はない。動きから、少なくとも全員第四眷属以上だろう。流石にこの数に一斉に襲われては、いくら私とはいえすべてを躱すことは不可能だ。霧化して回避することも考えたが、そうすると速度が鈍るし、再度姿を戻したところを狙われて、結局じり貧だ。


私は諦めて、左手の先だけを蝙蝠に変身させて逃がし、攻撃は一切躱すことなく、一身に受けた。


いくつもの槍が、剣が私の身体を貫く。頭は潰れ、手足は辛うじてつながっているが、皮一枚、といったところだ。最早人としての原形を成していない。銀製の武器であれば死んでいただろうが、ないことは先程確認した。痛みはするが、死ぬことはない。



変身させた蝙蝠をエリザベートのもとへ飛ばして、私は彼女に話しかける。



「もう満足したろう?私は君の下に付くつもりもないが、闘うつもりもないんだ。わかったら、帰してもらえるかい?」



そう言う蝙蝠の眉間を、彼女のレイピアが貫く。力なく細剣にぶら下がる私を、見下すように口を開いた。




「随分余裕そうねえ。眷属にすら手も足も出なかった偽物の真相様?」


私の言葉は伝わっていないようだ、とため息を吐きたくなるが、残念ながら蝙蝠の身体ではそれも出来ない。そのままの姿勢で、私はエリザベートに聞き返す。



「だってそうだろう?私たちの殺し合いなんて、何の意味もないじゃないか。そりゃあ、鉄の武器でも多少は痛いが死ぬことはない。こんなごっこ遊びでどう本気になれと言うのさ?」



「へえ?ごっこ遊び、ねえ?」



そう言って、嘲笑うかのように笑ったエリザベートは、自慢げに左の掌を見せる。人差し指が欠けていて、私は察した。蛇にして、どこかへ向かわせたのか。


瞬間、蛇の口から「来い。」という声が聞こえる。一糸乱れぬ4人の足音。



「それなら、ごっこじゃなくて、本当の殺し合いなら楽しめるのではなくて?」


言うや否や、扉を開いた音が響く。月の光を反射する、銀の剣。神父が2人に、シスターが2人。



「ああ、エクソシスト共も傀儡にしていたのかい?」


「ええ。今度は魅了してあげたわ。あなたの為に用意した、特別な余興よ。」



エリザベートの口が、耳まで裂けたかのような大きな口で歪んだ笑みを浮かべる。



「これであなたは、私に忠誠を誓うしかなくなったわ!!まずは手足を切り落とす!その後に、あなたの身体を何度も銀の剣が貫くの!貴方は私にこう命乞いをする!『お願いしますエリザベート様!私は真相なんかではなかった!貴方様の下に仕えます!だから、助けて!』」




「やってみるといい。」



「…………この期に及んで、まだ余裕ぶるのかしら!」



「余裕ぶっているんじゃない。その実、余裕なんだよ。本物の真祖である『エリザベート様』?」



私のこんな簡単な煽りにも、彼女は顔を赤くする。所詮、彼女は一番若い真相だ。まあ、まだ精神が未熟なのだろう。呆れはするが、若者の未熟に怒る気はない。



「手足を切り落とせ!!」



「「「「はい、エリザベート様。」」」」



銀の剣を持った4人の私は、そう言って一切の躊躇いなく千切れかけた私の四肢めがけて剣を振り下ろす。



瞬間、激痛が走る。数百年ぶりの、銀が身体を貫く痛み。


私は必死に堪えてみせるが、直接斬られた身体は、ボロボロの状態でびくん、びくんと大きく痙攣をする。それを見て、エリザベートとその眷属達はひどく下品な笑い声が、室内に響く。



「アーハッハッハッハッハァッ!!!なんて無様なのかしら!!真相エディンム!!」



「随分っ………楽しそう…じゃないか…………。」



「当たり前じゃない!!これだけ無様を晒して、よくそんな態度をとれたものだわ!結局貴方は何もできずに無様に私の下僕になるしかないのよ!!」





「そうかい。じゃあ、何かしてみようじゃないか。」





銀の剣が、4つの首を刎ねた。宙に舞う、彼女の眷属の首。



「…………は?」


エリザベートを含めて、誰も状況に対応できていない。その隙に私達はもう4つ、眷属の首を刎ねた。ようやくそこで状況を把握した眷属達は、『4人の私』に対して果敢に挑むが、分裂体とはいえ、強度は違えど、真相の私と動きが変わらない。眷属に敵うわけもなく、あっという間に残る6人も殺される。



残ったのは、灰となった14人の眷属。そして、エリザベートと、神父とシスターに扮した4人の私と、ボロボロになった私、そして蝙蝠の姿をした私だった。



「な、な、なんで…………。」


わなわなと震えながら、エリザベートはただ呆然とその光景を眺めていた。



「最後まで反応が出来ないのが真相様だなんて、情けないなあ。」


鉄の武器を私から引き抜きながら、私は言った。


「簡単な話だよ。たまたま城の中を散歩してたらさ、見つけてしまって。4人のエクソシスト達をさ。」


斬りおとされた身体を私にくっつけながら、私は答える。


本当は、エリザベートに誘われた時点で、彼女が私を殺しに来ることは予想がついていた。だから、私は、僅かな私のみを自分へと姿を変えて、他は城の探索にあたった。眷属に見つかる分には問題はない。催眠をかけてしまえばいいだけだ。私が吸血鬼にも催眠と魅了を使えることは、今は誰も知らない。



その時にエクソシストを見つけ、彼らの血液を飲み干して、彼らになりましたわけだ。吸血鬼は、人間の顔の違いなんて分からない。だから、大体真似れば気付かれることはない。


ちなみに、死体はエリザベートの眷属に催眠をかけて城の外に捨てさせた。



そして、わざと私の四肢を切り落として、彼女達の隙をついた。もう少し苦戦すると思ったが、想定よりあっさりと方がついてしまった。痛みに耐えることが、一番辛かったくらいだ。私を斬り落とした瞬間、エクソシスト達が苦しみだしたら、流石に気付かれてします。まあ、上手く言った理由はわかっている。



「要するにさ、君は私を舐めていたんだよ。」


ボロボロだった私は、元の私の姿になった。


「確かに、特性もないし、身体能力でも劣る。長年ぷらぷらとしていたツケだね。身体が馬力を抑えて、長く食事を摂らなくてもいいように適応してしまった。そういった意味では、君の言うことは正しいよ。」


「けれど、考えなかったのかい?私達3人の中で、一番力に優れ、統率の取れた群れを持っていたヴラドが、真っ先に死んだのか。何故、ヴラドは君のような愚昧なことを言わなかったのか。何故、私はここまで生きているのか。」



5人の私は1人になり、呆然としているエリザベートのレイピアの先の私を引き抜くと、身体に押し付けて、遂に私は1人になる。


「いらないのさ。君の言うような力なんて。圧倒的に、人間より強く、強か(したたか)で、強い(こわい)存在であれば、それでいい。他の吸血鬼と比べた時の強さなんて、まるでいらないんだ。」



「け、けれど、あ、あなたがそんな変身に優れているなんて、知らなかった!知っていたら、もっとーーー!!」


「おいおい、言い訳かい?だから、それを舐めてると言ったのさ。それに、せいぜい個体差の範囲だろう、これくらい。君だって変身を使えるじゃないか。君が蛇に姿に変えることができるように、私は私を増やすことが出来る。基準を全て自分にするから、そうやって隙を突かれるのさ。……さて、エリザベート。」


私がそう呼ぶと、エリザベートはレイピアを必死にこちらに向ける。腰が引けて、恐怖に身体が震える姿は、ただの哀れな女だった。


「ち、近付くなぁ!!」


「おいおい、そんな怯えていたんじゃあ、真祖失格じゃないか。もしかして、さっきの言葉は、『私達に、遠く及ばない』じゃなくて、『私達が、遠く及ばない』の言い間違いなのかい?」



そう煽ると、青くなっていた彼女の顔が、怒りで赤く染まる。本当に楽しいなあ。身の程を自覚したうえで、何かを守る為に私に立ち向かう姿は、本当に楽しくて、遊びがいがある。



エリザベートは鋭くレイピアを振るう。が、感情が乱れているせいか、フォームがバラバラだ。剣の側面で滑らせて、その勢いのまま彼女の懐に潜り込み、彼女の腕を斬りおとす。



「がッ!……ッ……!!」


「へえ、悲鳴を上げないなんて大したものだよ。きっと私より痛いはずなのに。」


そう言って、私は即座に他の四肢を斬り落とす。激痛で顔を歪ませる彼女が、叫び声を上げる前に喉に銀の剣を突き刺した。叫び声で他の眷属達が寄ってきても面倒だ。



「あ、ちなみに、蛇や霧になって逃げようとしたら、その瞬間心臓を貫くよ。たとえ逃げれたとしても、君の手足は粉々にして、私が保管しよう。その方が、蛇女らしくていいかもしれないけれど。」



私は、そう言って、思わず笑ってしまう。ああ、ギルがいた頃を思い出すなあ。



手足が落ちて、首に剣が突き刺さった、怯えた表情をしたエリザベートを先程まで座っていた席に座らせて、私は先程のワインを探す。が、どうやら先程の戦闘で割れてしまったらしい。人の創意工夫と積み重ねた年月の結晶を、飲まずに落としてしまうなんて。私は、がっくりと肩を落とす。


諦めて、また分裂して、ワインとグラスを取ってくることにした。



「安心してくれよエリザベート。私は君の命乞いなんて求めていない。ただ、折角の機会だし、もう何本かワインを楽しませてもらいたくてさ。君のワインの趣味だけは、認めているんだ。」


窓ガラスが割れたおかげで、新鮮な空気が流れ込み、血の匂いも、香水の匂いも薄まって、下品な男娼もいなくなった。うるさくて不愉快な女は、静かで愉快な姿になっている。


これでようやく、落ち着いてワインを楽しむことが出来る。

















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