第66話 早朝の飛花落葉とポストスクリプト
お花見は、私と小春の事や、どうやら浅黄と涼、一果と二葉も何かあったようだけれど、それ以外は特につつがなく行われた。酷い酔い方をしている人も、私と小春が戻ってきたタイミングではいなかったし。その前が少し怪しかったようだけれど。
しばらく私も楽しく色々な人と話していたけれど、22時を回って少し空気が冷えてきた。少し疲れてきたし、流石にそろそろかな、と思った私は、
「ごめんなさい、そろそろ私は部屋に戻りますね。」と皆に声をかけて、ブルーシートの上から立ち上がる。
「了解です!久しぶりに槿ちゃんといっぱいお話しできて楽しかったです!絶対また来ますね!」
そう言って、小春は笑顔で大きく手を振ってくれた。以前のように明るく笑う小春に私は嬉しくなる。私も満面の笑みで、手を振り返した。
「ていうかもうこんな時間なんですか!私達もそろそろ帰らなきゃですよ!」
そう言って、おじいちゃんとおばあちゃんに小春は声をかけた。
「そうだな、そろそろ帰らんとな。明日も朝から世話をしないといけないし。」
「そうね、おじいさん。」
「では、私もそろそろ帰ります。皆様、今後とも槿をよろしくお願いいたします。」
そう言って、浅黄も立ち上がり、頭を深く下げた。
そこから、皆で片付けをする事になり、私は部屋に戻ろうとしていたが、流石に手伝わないのは失礼だな、と思い、一緒に片付けをすることにした。
「残り物はどうする?」
意外と言っては失礼だけれど、涼もきちんと片付けを手伝っていた。なんとなく、そそくさと帰りそうだな、と勝手に思っていたので、偉いなあ。と凄い上から目線で彼を見てしまう。
「あ、私達まだしばらくやるし残っている物とかお酒はそのままでいいよー。」
「………ここからはヤケ酒なのです。」
「ええ。幸いなことに、トカイエッセンシアも半分以上残っておりますしな。」
涼の持ってきたワインが半分以上残っているのは、間違いなく皆常盤に気を使ったからだと思うけれど、流石に口には出さない。
しばらくして片付けが終わると、常盤が口を開いた。
「ちなみに、椿木さんご一家は小春さんがお酒を飲まれていないので帰りのお車は問題なさそうですが、浅黄さんは大丈夫でしょうか?よろしければ、私がご自宅までお送り致しますが?」
その為にも酒を飲んでいなかったのか、と思わず常盤を見直してしまう。
「いえ、タクシーを手配しておりますので。お心遣いありがとうございます。」
「私も大丈夫です。駅までそう遠くないですし。」
涼がそう言うと、二葉が涼の手を掴む。
「何帰る雰囲気だしているんですか?あなたにはヤケ酒に付き合ったもらいます。」
「な、何故だ?」
「愚痴をぶちまけるのにちょうどいいサンドバッグが欲しいからです!」
……………………本当に、一果と二葉の間には何があったのか気になるが、その勢いに気圧された涼は、私に目線で助けを求める。どうしようかな、と思うが、正直私としては涼と教会の人たちには仲良くしてほしいので、これはいい機会のように思えた。
「たのしんでね、涼。お休み。」
「ちょ、ちょっと待ってくれ槿!」
そう言って、私は笑顔で手を振り、浅黄と小春達3人に別れを告げて、住居棟の方に戻る。
他2組も同様に帰り、そうして教会組4人と、涼の飲み会が始まった。どうやら、その後もしばらく飲み明かしていたらしく、私がお風呂に入って、ベッドに入った際にも外から声が聞こえてきて、ちょっとだけ、私の身体が丈夫だったら良かったのにな、なんて羨ましく思った。
ーーーーーーー
翌朝、昨日疲れていたからか、私は一果と二葉に起こされる前に目が覚めた。時間7時で、カーテンの向こうから明るい光が微かに漏れている。ソファには涼が横たわっていた。
いつものようにカーテンを開けようとすると、ソファの涼が少し寝ぼけた声で、
「カーテンは、開けないでもらえると助かる…………。」
と、少しだけ上体を起こして私に頼む。
「あ、そうだね。陽の光、駄目だよね。」
「すまないな…………。」
…………ん?ソファの、涼?
私は驚いて心臓が跳ね上がるような気がしたが、私の場合、それは死に直結する。だから、必死に壁の方を見て、呼吸を整えてから、涼の方を向く。
「…………なんで、涼がここにいるの、かな?」
涼は変わらず眠そうな声で、少しだけ目を開けて私を見る。
「…………酔っ払いどものせいだ………。」
恨めしそうに言う涼を見て、珍しいな、と思う。嫌がることや鬱陶しそうにすることは割とあるけれど、怒りであったり恨みのような感情は、央以外に持っていることを見たことがない気がする。
「何があったの?」
彼への心配と好奇心から、私は、訊ねた。
「話してもいいが、一つ約束をしてくれ。」
「なに?」
「もし君が飲むときは、お酒は程々にしてくれ。」
心底けだるそうな涼を見て、ああ、きっと教会の人たちとは仲良くならなかったんだろうな、と少しだけ彼を置いていったことに罪悪感を抱いた。




