第64話 桃李満門だった私達と夜桜③
私は、お酒を飲んでいる時のお水が美味しくて好きです。冷たくて、全身に沁み渡るような、そんな気がします。
なんでお水を飲んでいるかと言うと、一果がくれたからです。さっき渡してくれました。
私を子供扱いしながら水を渡してきました。
本当にちょっと先に産まれてきたというだけで生意気だと思いますが、なんだかんだちゃんとお姉ちゃんしていて偉いと思うのです。さっきは酔っ払いでしたが。
お酒で温かくなった身体に、冷たい水が沁みて、少しだけ頭が回るようになった気がしています。
そんなお利口さんな私は、そういえば、花見なのに誰もお花を見ていない気がするな、と言う事に私は気が付きました。お花屋さんも3人もいるのに。そういえば1人いないです。あれ、2人はお花農家さんでしたっけ?
どっちにしろ良くないのです。そう思って皆を注意しようと皆の方を見てみると、何やらお話中なので、それが終わってからとりあえずそのお話が終わるまで私は様子見をする事にしました。
 
「それならよ、うちの孫はどうよ?」
あ、この話の流れは良くない。私の酔いは一気に冷める。一果の顔を見ると、明らかに表情がか強ばっているように見えた。
話の流れを変えようとするけれど、先程までお酒が回っていたので、何もいいアイデアが浮かんでこなくて、私はハラハラしながら一果と黎明を交互に見ることしか出来ない。
そうこうしているうちに、「ごめんちょっとトイレ!」と一果は教会の方向に駆け出した。黎明を見ると流石に少し心配そうな表情をしているが、特に気にする様子もない他の人に気を使ってか、追いかけるつもりはなさそうだ。常盤に至ってはずっと涼の持ってきたワインを飲みたそうに見ている。何をしているんでしょう、このおっさんは。頼まれれば教会の対応くらいやってもよかったのですが。頼まれてないのでやりませんけど。
私は流石に一果が少し心配で、「ちょっと私もお花を摘んできます。」と席を外した。
教会のドアを開けると、一果は会衆席の前の方に座っていた。ドアが開いたことにすら気がついていないようで、後ろ姿から俯いたいる事が分かる。
私はここに来て、彼女にどう声をかけていいか戸惑ってしまう。そもそも、彼女は慰めを望んでいるのだろうか。
「主よ、私は今日罪を犯しました。」
一果は、縋るような、それでいて訴えかけるような、そんな声で、聖十字架に懺悔をする。私は一果に気付かれそうで、こっそりとドアを開けて出て行くことすら出来なくなってしまった。
「私が想いを寄せる男性には、恐らく好きな人がいます。そして、今日彼の態度を見て確信しました。彼の想いは、本当なんだと。」
ここからでは、一果の顔は見れない。けれど、彼女の声は震えていた。
「……彼女は、私とは全く違っていました。小さくて、可愛いくて、お花屋さんで。本当に、私と真逆のような女の子でした。…………彼女を見て、彼の反応を見て、私の心は、黒くて、何処か熱い感情に支配されました。…………私は、私は…………!!」
俯いて、恐らく大丈夫胸元の十字架を握りしめている一果の肩に、更に力が入ったように見えた。妬み嫉みは、聖十字教団では信仰を妨げるものとされている。きっと一果は、神に懺悔をする事で、黎明への恋心を終わらせようとしているのだろう。
彼の、吸血鬼を滅するという目的のために、彼への恋心を終わらせる。ステンドグラスから月光が射し込み、一果を照らす。後ろ姿だけれど、今まで見た中で一番綺麗だった。
「…………めちゃくちゃ興奮したんです!!!」
…………はい?
「私の方が先に好きだったのに、彼が取られてしまうかもしれないという喪失感と、私と全然違う彼女と付き合った結婚する彼を思い浮かべただけで、不快な気持ちになるのに、何故か体が火照って、疼きが止まらなくなるんです!私は独り彼を想い慰める事しか出来ないのに、彼等は私の知らない所で愛を深める!私の、知らないところで!!待って神様、本当にやばいかも。想像しただけでめっちゃクるんだけどっ♡これやばっ……//// 」
いつの間にか月光は雲で遮られたのか、ステンドグラスから射し込まれなくなっていた。ここからでも分かるくらい身体を蒸気させてよがる一果は、今までで一番見るに耐えなかった。
私はスタスタと一果の元へ近寄った。まだ恍惚状態の一果は思いっ切りビンタして、我に返す。
「へ?二葉?」
赤く火照った顔の一果は少し驚いた表情をした。
「…………私も悪いですが、お姉ちゃんの性の目覚めを見る羽目になると思ってなかったです…………。」
私は思わず泣きそうになる。多分、むーちゃんも涼も真面目な話をしている裏で、私はこんな物を目撃しなければいけなかったのか。
「えー見てたの?凄い恥ずかしいんだけれど。」
平然とそう笑う一果との温度感に、恐怖を覚える。
「さっきまであんなに辛そうにしてたのはなんだったんですか!?な、なんでそんな平然としているんですか……!?」
「なんかさー懺悔したらすっきりした!それに、私も二葉の性癖知っているし。『禁断の恋』、でしょ?」
確かにそうだけれど、一緒なのだろうか。幼馴染をぽっと出の人に取られて興奮している一果と私の趣味は、一緒の扱いになるのだろうか。
「あ、そういえばさ、ちょっと二葉の持ってる乙女ゲームあれ何個か貸してよ。さっきいい事気づいちゃった。」
目の奥に暗い光が宿った一果は、歪んだ笑みを浮かべて私にそう頼む。頬はまた赤く染まっていた。
「え、え、いい事とは…………?」
絶対よくない事だ。それだけは分かる。
「確かどれかのゲームのバッドエンドでさ、男の子が他の子に取られるやつあったでしょ?そういうエンディングあるやつ、貸してほしいなー。」
「絶っっっっつつ対!嫌です!!!!」
「固いこと言わないでさぁー。」
そんなやり取りをしばらくして、結局貸すことになる。だから、お姉ちゃんってずるいな、と思う。
けれど、一果が嫉妬で小春ちゃんをいじめるような性格じゃなくて良かった。と少しだけ安堵した。
  
………………良かった、でいいんでしょうか、これ?
 




