第63話 桃李満門だった私達と夜桜②
「いやあ、それにしても、この前会った時は随分暗い兄ちゃんだと思ったが、前より明るくなったか?」
涼が席を外してしばらくすると、小春ちゃんのおじいちゃんが、そんなことを言った。私は二葉に無理矢理水を飲まされて、さっきよりかなり酔いがさめたような気がする。
確かに、最初に会った時と比べても、明るくなったような気がするけれど、第一印象が殺そうとしていた時だからあまりあてにならないな、なんて思う。
「きっと、彼女さんのおかげよ。小春もさっきの子………槿ちゃん、だったかしら?あの子のお話をいつも楽しそうにしていたもの。」
れーくんの話だと、ここしばらくは落ち込んでたみたいな言い方だったけれど、多分気を使ってそこは伏せているんだろうな、と思ってあえて触れない。
「むーちゃんはいい子なのです!髪の毛もさらさらしてるし、表情もコロコロ変わるから可愛いのです!」
そう言って、何故か二葉が胸を張る。二葉は双子とはいえ妹だから、お姉さんぶれる相手が出来て嬉しいのか、つっきーを凄く子供扱いするときがある。それをしている時は、黙って受け入れているつっきーの方が、下の子のおままごとに付き合っているお姉ちゃんみたいに見えるけれど、まあ2人とも楽しそうだしいいか、と私は放っておいている。
「本当にそう!つっきークール系かと思ったら凄い可愛い系だから、ギャップあっていいよねー。」
「そうなのです!自慢の妹なのです!」
………さっきからちょっとそうかな、とは思っていたけれど、今度は二葉の方が酔いが回っている気がする。ろれつが怪しいし、いつもより大きめの声を出している、
「そうかい、妹さんだったのかい。」
「よかったわねえ、可愛い妹さんで。」
おじいちゃんとおばあちゃんが、完全に幼い孫にする扱いを二葉にしている。流石に今の二葉は赤ちゃん過ぎるので、私は二葉に「二葉はお姉ちゃんだから、お水飲めるもんねー。」と言って水を手渡す。
「一果、なんですか!その言い方は!」
酔った状態の二葉が、怒ったような口調をする。まずい流石に子供扱いをし過ぎただろうか?
「飲めるにきまってるじゃないですか!馬鹿にしてぇ!」
そう言って、ちびちびと水を飲みだす。よかった、二葉が赤ちゃんで。
「ところで、連花くんは恋人とかいないのか?」
食べ物が残るのが嫌で、さっきから黙々とご飯を食べていたれーくんは急に話を振られ、口にほおばっていた食べ物を急いで飲み込む。慌てていた理由は、ご飯を食べていたから、というだけじゃなさそうだった。まあ、それはそうだろうな、と思う。
「い、いや、今は教団の職務で手一杯ですから。」
「連花くんは固いなあ!いい男なのに持ったいない。結婚に興味はあるだろ?」
そう言われて、落ち着くために飲んでいた飲み物をれーくんは吹き出してしまう。
「お?その反応は図星だろ?」
「い、いずれです!どちらにせよ、今はまだそのような段階ではありません!」
ゲホゲホと咳き込みながら、慌てて答えた。
普段は落ち着いた様子のれーくんが慌てているのは、可愛いから好き。けれど、今日は少しだけ、胸の奥が痛んだ。彼の頭の中に浮かんでいる女の子は、私じゃない、別の女の子だから。
「それならよ、うちの孫はどうよ?」
その一言に、私の心臓は大きく跳ねる。
「い、いやいやいや!!そ、そんな、私にはもったいないですから!」
「あら、それなら小春ちゃんの事、よく思ってくれているのかしら?」
私は、それ以上聞いていると、おかしくなってしまいそうだった。
「ごめん、ちょっとトイレ!」
出来るだけ笑顔を作り、それだけ二葉に伝えて、立ち上がる。二葉は少し酔いがさめたのか、心配そうな顔をしているが、気にせず私は小走りで教会の方に向かう。
教会の隅で、私は、自分の中に渦巻く、黒く、熱い感情を、この心臓の鼓動が、自分の事なのに理解ができない。
どうしちゃったんだろう、私。




