第6話 お互いの初印象
「そういえば、気になったんだけど。」
結局、クリスマスに関してはいいアイデアが何も思い浮かばないまま、日曜日になった。
いつものように槿に会いに行き、しばらくクリスマスをどうするか考えながら、槿と雑談していると、槿はそう切り出した。
「1番最初に会った時は、私に入っていいか確認したよね?」
「ああ、そうだな。」
ガラス越しにではあるが、確かに確認をした。
「それから2回くらい来てくれてるけど、その時はどっちも特に確認しないで入って来てるでしょ。何か理由とかあるの?」
別に構わないんだけどね、と付け加えて槿は私に訊ねる。
そんなことか。と思うが、確かに人間からしたら謎かもしれない。
私たちにとっては当たり前が、人間には当たり前ではない。吸血鬼以外と関わっていないと忘れてしまう。
「吸血鬼に弱点がある、というのは聞いたことがあるか?」
「物語の話でなら。日光とか、ニンニクとかだよね?」
「それも確かにそうだな。」
聖十字教団の化物や幽霊に対する対策方法をプロパガンダ手段として、信者以外の層に伝わるよう、物語調で伝えている物も多いらしい。
恐らく槿が見たのはそういった類のものだろう。
「その中の1つに、『許可を得ないと建物に入ることが出来ない』という物がある。最初に私が許可を取ったのはその為だ。1度取れば、拒絶されるまでは入れる為、2回目以降は特に確認していない。」
加えて言えば、彼女の許可で入れるのはあくまで槿の病室のみで、他のエリアは病院関係者の許可が必要なのだが、特に出入りする予定も無いし、どちらにせよ槿には関係の無いことなので、わざわざ言わなかった。
「吸血鬼ってそんな弱点あったんだ。他にもあるの?」
純粋に好奇心目的のように見えた。悪意は無さそうだがあまり教えたくはないな、と少し躊躇する。些細な弱点でも、命に関わる場合がある。と思った所で、死にたいのだから別に関係ないか、と気付く。
「軽く思いつく所で言うと、槿の言ったものと私の言った『許可がないと入れない』、その3つと合わせて『流水を渡れない』、『銀製の武器』、『杭で心臓を刺されると死ぬ』、『種のような細かいものを数えてしまう』、あとは『十字架』とかだな。」
「多くない?」
「多いんだ。」
私がそう言うと、槿は楽しそうに笑った。
その笑顔を見ながら、私は全く別の事を考えていた。
槿があまり吸血鬼に興味がなかったのかもしれないが、弱点をほとんど知っていなかった。
もし槿が例外という訳でなければ、教団は吸血鬼のプロパガンダを積極的に行っていない。
吸血鬼の存在をそれ程脅威に思っていない、それどころか、吸血鬼は絶滅したと思っている可能性が高いのでは無いだろうか。
彼の言う右手の話もあくまで仮定の話だ。そもそも、私達が海を渡っているのも予想外のはずだ。
「君って、最初に思った印象と違う。なんだか愉快だよね。」
そんな事を考えていると、槿はこう言った。
あまり褒められている気がしないので私としては愉快な気持ちでは無いが、彼女は肯定的なニュアンスで言っているのだろう。
「最初はどんな印象だったんだ?」と会話を続けた。
「なんだろう、『死にたい』って言う気持ちを聞く前に、どこかそんな印象を感じたかな。今すぐ枯れそうな樹というか、槁木死灰、みたいな。」
槁木死灰とはよく言ったものだ、と思わず笑ってしまう。生きる気力もなく、覇気もなく、死ぬ時に灰になる私にはお似合いかもしれない。
「君は、私のことをどう思ったの?」
「今とあまり変わらないかもしれないな。枯れてしまう事を受け入れている花のようだと思った。飛花落葉、といった印象だな。」
「飛花落葉は、どちらかと言えば諸行無常に近い意味だと思う。」そう言って彼女は笑う。
確かにそうだな、と私も少し笑った。