第59話 君のいないプレイボール①
私が教会に着くと、思いの外楽しそうな笑い声が聞こえた。この間の椿木の様子から、お通夜のような空気になっていてもおかしくないと思い、流石に責任を感じた私は、夜更けと共に文字通り飛ばしてここまで来たのだが、どうやら杞憂のようだ。
「すまない、遅くなった。」
私はそう声をかけて、槿達の元に向かった。どうやら、槿、椿木、桜桃姉妹の4人と、連花、常磐、椿木の祖父母の4人で何となくグループのようになって話していたようだ。
横目で見ると、椿木は笑ってはいるが、いつもの笑顔と少し違うように見えた。槿に至っては、あからさまに無理をして笑っている。残念ながら、仲直りは上手くいっていないらしい。
どうしようか、と考えながら、適当に酔っ払いの相手をして、私は常磐にワインを渡した。
「トカイエッセンシア!?いいんですか、こんないいワインを?」
常磐はどこか愛憎の混じった顔をしている。彼が飲み物を持っていないことから、原因はわからないが、一時的にアルコールを飲まないようにしているのだろうか?飲みたいけれど飲めない、というような表情をしている。確かに安いワインではなかったが、央の金だし、5,6万くらい構わない。
「…………日ごろのお礼、ということで。」
説明が面倒で、そういうことにした。
そんなことより、問題は槿と椿木だ。槿は、前々から思っていたが、意外と人間相手だと気を使って自分を隠すことがある。もしかしたら、きちんと椿木と話せていないのかもしれない。そんなことを考えていると、ある妙案が思いついた。
「槿の部屋は見てみたか?まだ行ったことないだろう。」
引っ越してからまだ一度も教会に来ていない、という状況を逆手に取り、私は提案した。そうすれば彼女達は2人きりで話すこともできるし、そこまで不自然な提案でもないはずだ。
ーーーーーー
案の定、先程の提案は上手くいき、2人は住居棟に向かった。そこまではよかった。
その後、30分ほど2人は戻ってこなかった。話が弾んでいるのだろうか、とも思ったが、さっきまでがあの様子だったので、やはり不安になる。それにーーー
「はーい!それじゃあつっきーの好きなところ8個目、言ってみよーー!!」
…………この鬱陶しい酔っ払いをどうにかしてほしい。
私が来た時から、少し嫌な予感はしていた。そこまで体質が変わらないであろう二葉と比べても、一果は酒が回っている様子だった。槿の手前、あまり表には出していなかっただろうが、彼女としても緊張していたのだろう。恋敵との初対面だ。その不安や緊張を打ち消す為に酒を煽る、ということはよくある話だ。吸血鬼なりに、理解はできる。
「ほらぁー。早く言わないとぉー。みんな聞きたがってるからさー。涼君はぁー、空気読めるもんねー?」
私に馴れ馴れしく肩を組みながら、酒臭い息で私を煽る。私は手に持った缶ビールを飲みながら、人間のように酔うことが出来ればよかったのに、と生まれて初めて切実に思った。
さらに何が腹立たしいかといえば、一果の言うように、常盤以外、私の発言をにやにやしたり、口々に煽ったりして、本当に期待して待っている事だ。恐らくカップルののろけを酒の肴にしているつもりなのだろうが、何度も言うように私と槿はそう言う関係ではない。
ちなみに常盤はずっと私の持ってきたワインを恨めしそうに見ている。もう飲んでしまえばいいのではないだろうか。どうやら信者のためらしいが、もうすぐ19時だし、恐らく信者も来ないだろう。
「ほら早くー!」「あんなに可愛い彼女さんのいいとこ、何個でもでるだろうがよ!」「…………素敵な琥珀色ですなぁ。」「いつもみたいに惚気てください!」
そんなことを考えている間も、彼らは口々に煽る。悪意がない分、央よりたちが悪い。私は観念して答えた。
「…………友達想いなところだな。」
「ここで出ました、友達想い。いかがですか、解説の二葉さん。」
そうやってスポーツ実況のような話し方で連花は二葉に訊ねる。連花だけは絶対そちら側に行かないと思っていたのに、裏切られたような気分だ。そもそも最初から味方ではないのだが。
「そうですね、確かに彼女は友達想いですが、これは逃げの一手でしょう。友達想い、という他人に対しての優しさを評価することで、自分を少しでもよく見せたいというエゴが見られます。自分の事を好きでいてくれるから、という彼の本当の声が聞きたかったですね。」
二葉は酔った様子ではないが、彼女は純粋にこうやって人を小馬鹿にするのを楽しんでいる節がある為、あまり表情は変わっていないが、楽しそうに目を輝かせている。
「なるほど、ありがとうございます。」
「お願いだからその解説をやめてくれ…………。」
あながち外れてもいない解説に、私は恥ずかしくなる。過去7回の私の答えも、同様にこの調子で解説が挟まれている。本当に誰か助けてくれ。
しかし、前回私を殺しに来た時の連携を見ても思ったが、こういう息の合っているところを見ると、本当に昔から仲がいいんだな、と思う。殺しに来た時と悪ふざけを同等に扱っていいのか迷うところではあるが。
ちなみに書くタイミングがなかったのですが、椿木一家もちゃんとお重と日本酒をお土産で持ってきてます。
 




