第56話 飛花落葉の私と夜桜⑤
住居棟に向かっている間、小春は先程より気まずそうにしていた。私が話かけても空返事がほとんどで、私の部屋に向かう間の各部屋を案内している間も、ずっと聞いているのか聞いていないのか曖昧な態度をしていた。
そうこうしているうちに、私の部屋に着く。
態度が変わった理由をどうやって聞こうか悩みながら、私はドアを開ける。
「小春ちゃん、私の部屋に来たのって初めてだよね?最後に来てくれたの病院だったし。」
何気なく彼女に会話を振ったつもりだったが、彼女の顔を見て、しまった、と反省する。
小春は泣き出しそうな顔をして、来た道を引き返すように歩き出した。
「待って!小春ちゃん!」
私がそうやって呼び掛けるが、返事はない。私は引き返していく彼女の後ろを追いかけた。今、彼女の前に回り込んで、顔を見るのは、してはいけない気がした。
「ねえ、話してくれないと何もわからないよ。私、初めての友達だからまた小春ちゃんと話せるようになりたい。」
「…………一果さんと二葉さんがいるじゃないですか。私より2人の方が絶対一緒にいて楽しいですよ。」
彼女の声は、突き放すような言い方だった。
「2人がいるから小春ちゃんは友達じゃなくていいとはならないよ。それとも、なにか私嫌なことしちゃったかな?だとしたら、直したいから教えてほしいんだけれど。」
「…………そういうことじゃないです。私が悪いんです。」
そう言いながら、彼女は足を速める。早歩きに近い速度で階段を降りる彼女に、普段からほとんど運動をしない私はついていくのがやっとだ。
「じゃあ、私の事を嫌いなわけじゃないの?」
「………はい。」
そう言う彼女の声は、少し震えているようだった。だが、彼女は歩く速度は緩めない。
嫌われた訳では無いようで、少しだけ安心した。そんな私の気持ちとは関係なく、彼女は階段を降りて、玄関の方に向かう。歩みを止めずに、こちらを振り返らずに。
「小春ちゃん。先に謝っておくね。私は今から卑怯なことをするから。」
私は階段を降りてすぐに歩みを止めて、彼女にそう声をかける。5メートルほど先で彼女が、こちらを振り返らずに、歩みを止める。
「私、心臓が弱いから、あまり興奮したり、運動はしないように言われているの。そうしないと、この前みたいに発作を起こしたり、下手をしたら死んじゃうかもしれないから。」
発作、という言葉を聞いて、彼女の肩が跳ねる。ずっとそうかと思っていたが、やはり彼女はこの前の事を気にしていたようだ。気にするかもしれない、とは思っていたけれど、それが現実になると、少し申し訳ない気持ちになってしまう。
けれど、それが理由なら尚更彼女とは仲直りしたい。私達が疎遠になる理由は無いはずだ。
だから私は、意地でも彼女に話を聞いてもらうことにした。たとえそれが、少し酷いやり方でも。
「私ともう二度と会いたくないなら、そのまま歩いて玄関から出て行っていいよ。でも、私は小春ちゃんと仲良くなりたいから、走っておいかけるね。私は死ぬかもしれないけれど、気にしないで。」
私のその言葉に、彼女は振り返る。彼女の目は涙で潤んでおり、表情は怒ったような困っているような、今にも泣いてしまいそうな、くしゃくしゃの表情をしていた。
「ずるいですよ、槿ちゃん…………。」
そう言って、彼女は俯く。
「自分でもそう思う。けれど、やっぱり仲直りしたいから。せめて、距離を取る理由だけでも教えて欲しいかな。」
私はそう言って、頑張って笑顔を作る。私は大丈夫だよ、と彼女に伝わるように。大丈夫、死んだとしても大丈夫だよと。
「だからさ、一回私の部屋でお話ししよう?」
私はそう言うと、彼女は無言で頷く。
私が手を引く年上の彼女は、まるで小さな子供のようだった。




