第46話 君がした動揺
槿に聞いた話だが、2月の半ば頃、に槿が発作を起こした際、たまたま椿木は病室にいた。
その夜私が会いに行った時には多少症状も落ち着いていたし、そこまで大きな発作ではなかったそうだ。だが、当然その場に居合わせた椿木は慌てて、看護師と医者を呼びに出たそうだ。
そしてその後、椿木は槿に謝罪のメッセージを入れ、槿は『気にしなくて大丈夫、良ければまた会いに来て欲しい。』という風に返したそうなのだが、それから椿木は槿に会いに来ていない。それは、教会に移ってからも変わらずだった。
「あれから何回かまた会いたいってメッセージ入れているんだけど、『仕事が忙しいから』って断られちゃってて。」
「槿から誘った方が喜びそうだが。なんなら直接花屋に行けばいい。」
 
「でも、たまたまタイミングが一緒だっただけで、実は嫌われてたら、迷惑かなって。」
そう言って、槿は悲しそうな顔をする。私は数回しか会っていないが、椿木がそんなに簡単に人を嫌うような人にも思えない。だが、槿は人付き合いの経験があまりないし、どことなく臆病になっているのかもしれない。人の事を言えるほど対人経験がある訳では無いが。
「わかった。ついでに祖父母も誘って貰うよう頼んでみる。この前のお礼もまだ言えていないしな。」
そう言うと、槿は安心したような表情を見せて、「ありがとう!」と言った。本当に、彼女は出会った頃より表情が豊かになった。私は思わず頬が緩んだ。
「ああ。連花の想い人だし、椿木が来た方が彼も喜ぶだろう。」
「え、めーちゃんて椿木さんのこと好きなんですか?」
「あ」
「え、なにそれ。れーくんの、好きな人、なの……?」
一果から、表情が消えた。
頬が緩んだついでに、口も緩んでいたらしい。やってしまった、そう思った瞬間にはもう遅い。なんとか言い訳を考えるが、誤魔化せる気がしない。
「いや、好きと言うか、まだ好意がある程度というか、気持ちは移ろいゆくものだから、そうであった時があったとしても今そうなのかは分からないわけだし、想うという気持ちにも色々な種類があるわけだしーーー」
槿がわたわたと手を動かしながら、慌ててフォローとも言い訳ともつかない言葉を発する。前々から思っていたが、彼女は自分の命が絡まないトラブルに弱いようだ。逆に死ぬかもしれない時は吸血鬼が来てもあまり動揺しないのにだ。
私とは逆だ。私は命が絡むと恐怖で体がすくむが、そうでなければすぐに冷静に対処出来る。だから私は冷静に言い訳をするのを諦めた。
「ああ。連花の一目惚れだ。」
「ちょっと涼……。」
「こうなったらもう遅いか早いかだ。取り返しがつかなくなる前に、知っておいた方が彼女としてもいいだろう。」
やらかしておいてなんだが、間違いでは無い気がする。行動するにしても諦めるにしても、早い所知っておいた方が、傷が浅く済む気がした。
槿と二葉は心配そうに一果を見つめる。一果はしばらく黙りこくった後、口を開いた。
「……涼の言う通りだね。私がグズグズしてたからこうなった訳だからさ。つっきー、ごめんね。気を使わせちゃって。」
「そんな事ないよ、こっちこそごめんね。」
本当にそんな事はない。槿は三角関係を楽しんでいた。
「気にしないで。れーくんの好きな人だからって、椿木さんにいじわるするとか、絶対にないから。だから涼、誘ってもらえる?」
辛い思いを隠して、無理して笑う彼女を見て、流石に罪悪感を覚える。まだ失恋した訳では無いが、想い人の矢印が自身に向いていない、というのは彼女からしたら小さい傷ではないだろう。
「……ああ。わかった。」
だが、かえって気を使って椿木を誘わないと、一果に後ろめたい気持ちを抱かせてしまう気がする。だから、私は一果の申し出を、私は承諾した。
その後、気まずい空気で花見について話し合い、少ししたら解散する事になった。その最中ずっと一果はどこか引きつった笑みを浮かべて、槿と二葉は心配そうに彼女に視線を向けていた。
 




