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槁木死灰の私から  作者: 案山子 劣四
君と見た夜桜

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第42話 君と見た偶像

浅黄と対面する形で、私と槿は台所の方を向いて机に腰掛ける。浅黄が無愛想だと言うことを聞いていたが、想像以上に無愛想だ。確かに、槿が苦手だった理由はわからなくもない。私と対面しているから、機嫌が良くない、というのもあるかもしれないが。



「粗茶ですが。」


「粗茶デスガ。」


一果が浅黄に、二葉が槿と私の前に小さい湯呑に注がれているお茶を置き、リビングと繋がっている台所に戻り、隠れてこちらを伺っている。彼女達曰く、


「やっぱりボロが出たときにさ、助けれる人達がいた方がいいでしょ?」


「いざとなったら常磐司祭が呼んでいるとか言って2人を倉庫に連れ出して作戦会議です。」


と言っていたが、間違いなくこの状況を楽しんでいるだけだ。それに、槿とはすでに事前に口裏を合わせており、何度かデモンストレーションをしているので、いざというときは来ないはずだ。



「一度、君には話を聞きたくてね。私達の娘と付き合っていると伺っている。」



私達、というのは槿の亡くなった両親と自分、という事だろう。聞いていた通り、本当に槿の両親を大切に思っている事が言葉の端々から伺える。



「ええ。数か月前からお付き合いさせて頂いてます。まだ短い期間ですが、真剣にーーー」


お付き合いさせて頂いてます、と噓とも真実ともつかない言葉を続けようとしたが、彼が手を前に出して、私を制止する。



「その話の続きは、2人にも聞かせてもらおう。」


浅黄はそう言って鞄を漁ると、机の上に湯吞より一回り大きいサイズの、アクリル製の人型のパネルを2つ並べる。30代~40代くらいの男女の全身像だが、見たことのない人物だ。2人とも楽しげにピースをしている。誰だ?と疑問に思っていると、槿が放心したかのように、口を開く。



「おとうさんと、おかあさんだあ…………。」


「「ヒッ……!!」」


小さな悲鳴が2つ、台所から上がる。


いつの間にか日本では故人のパネルを作成する文化ができたのかと思ったが、やはりこれは異常らしい。



「む、むーちゃんと涼、常盤司祭が呼んでます。」


やや焦点の合っていない目つきで、二葉がそう合図する。浅葱が振り返るが、桜桃姉妹はどちらも目を合わせようとしない。


全く想定外の出来事で、いざという時が来てしまった。まさか、浅黄側が異常行動を取るとは。


「ああ、わかった。浅黄さん、申し訳ございません。少しだけ席を外します。」そう断りを入れて私は放心したまま身体に力の入っていない槿の手を引き、廊下に出る。




廊下に出て、少し離れた倉庫の中に入るなり、一果は口を開く。


「ねえあれ何!?なんでつっきーの両親の遺アクスタ作ってるの!?」


「遺アクスタ、というのかあれは。」


「普通アクスタに遺はつかないです。むーちゃんには悪いですがあの人ヤバいですよ。」


「私、あの人のことお父さんてもう呼べないかも……。」



彼女達の様子は、動揺というより、恐怖やパニックに近いように見える。槿に関しては、泣く手前の顔をしていた。



「一旦落ち着こう。故人を偲ぶ方法はきっと人それぞれだ。広義で考えれば、あれは遺影のような物だろう。そう考えると、そう変ではない。」


これ以上、パニックが広がるのを避けたかった私は、浅黄のフォローに回る。何故そのような状況になっているかは、一旦考えないことにした。


「ほとんどアニメキャラや芸能人の死を偲ぶ形ですが、まあ…………そう、ですかね?」


「そうだけど親のアクスタが出てくると思わなかったから……。」


「ていうか普通に遺影で良いよね?」


「きっと持ち運びを兼ねたんだろう。それより、今はこの後槿が事前の打ち合わせ通りにできるか、という事だ。大丈夫そうか?」


そう訊ねると、彼女は、「大丈夫、頑張る。」と言っていたが、どう見ても心の平静を欠いているように見える。このままではボロが出るだろう。どうするか、と思い思案すると、一つのアイデアが思いついた。



「もし難しそうなら、催眠であの遺アクスタのことを忘れ、認識出来ない状態にしたらどうだ?そして、今日が終わったらその催眠を解除する。彼を父と呼ぶかどうかはその後考えればいい。」


極力能力は使うな、とは連花に言われている。だが、1回くらいなら許してくれるだろう、きっと。




私の提案を聞いた槿は、少し悩んだ後に、


「正直そうしたいけど。というか、もう遺アクスタの事は二度と思い出したくないけど。でも、ちゃんと親子になるって決めたから、頑張ってみる。」


と胸の前で拳を作り、覚悟を決めたような表情をする。少し不安だが、ここは彼女の意思を尊重する事にした。



「ねえ彼女に催眠かけようとしてたよあの人。スケベじゃない?」



「本当ですわお姉様。ドスケベ吸血鬼ですわ!」



そう言って2人はわざとらしく口を抑える。本当に頼むから部屋に帰って欲しい。あと別に槿とは彼氏彼女という関係ではない。そして何故二葉はお嬢様言葉なんだ。



「……涼なら、いいよ。」


口元に片手を当てて、体をしならせながら少し上目遣いでこちらを見る。それらしい仕草をするが、口の端が緩んでいて桜桃姉妹のノリに合わせているだけろうな、と私は察する。


槿は、彼女達といる時は意外とこうやってふざける事がある。クリスマスイブの時も私のテンションに合わせていたし、基本ノリのいい性格なのだろう。


姉妹は槿の様子を見て、嬉しそうに甲高い悲鳴を上げる。悪ふざけとはいえ少し恥ずかしくなったのか、槿の顔は少しだけ赤くなっていた。


しかし、こうやってふざけられる、というのも調子を取り戻してきたという事なのだろう。その点には、少しだけ桜桃姉妹に感謝する必要がある。


「わかったわかった。浅黄が帰った後にしよう。」そう調子を合わせて、倉庫を出る。


流石に桜桃姉妹も一緒に戻ると怪しまれるため、彼女達にはどこか別の部屋で待機か自室に戻るよう促した。2人は不満そうではあったが、渋々従った。




リビングの前に戻り、私と槿は覚悟を決めて、ドアを開ける。



「申し訳ございません。お待たせしましーーー」




そこまで言って、私は言葉を失う。


「構わない。ただ時間があったのでね、こちらの2人も並べさせてもらった。」



机には、先程の遺アクスタの後ろに、槿の両親の肩から上の笑顔の写真。遺影だ。遺アクスタは、持ち運び用、という訳では無いらしい。



「あ、そっちもあったんだ……。」



槿は、完全に思考を放棄して、力無くその言葉を口にした。無理もない。私でさえ、言葉を失ってしまったのだから。



私達の覚悟は、目の前の男の圧倒的な狂気によってねじ伏せられた。そして、恐らく槿がこの後、彼を父と呼ぶ日は来ないだろう。










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