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槁木死灰の私から  作者: 案山子 劣四
君と見た夜桜

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第41話 君と挨拶した養父

第23話 『飛花落葉のあなたと、ポストスクリプト』の後半部分からです。

3月半ば、槿が病院から教会に移って二週間目の、夜の8時。銀鉤の光が、木々の隙間から微かに射し込む。


吸血鬼は、人に比べて夜目が効く。こちらからは対面する男がはっきりと見えるが、ただでさえ周囲の光は木で遮られている。彼からは、きっと私は黒い影に見えているだろう。


「今更ですが、やはりこう暗いと夜吸血鬼と闘うのは不利ですね……。」


連花は、革のカバーを付けた『連なる聖十字架(チェインクロス)』を振り回しながら、当たり前のことを今更ぼやく。そもそも、身体能力で圧倒的な差があるのだから、人間が吸血鬼と闘うのはかなり厳しい。だが、それを言うと彼の機嫌を損ねかねないので、口には出さない。


最近、椿木のおかげで少しだけ彼との仲が親しいものに変わった。それをわざわざ壊すのは避けたい。ちなみに連花はあれからも模擬戦の後に椿木の祖父母の農園に仕事の合間を縫っては手伝いに行っているらしく、その時に彼女と話す事もままあるらしい。



そして、毎回模擬戦の度に恋愛相談をされるので、正直鬱陶しくはある。



「確かに、ヴァンパイアハンターに襲われるときは大体満月の夜だったな。彼らも今日のような深い夜は避けていたんだろう。」


会話をしながら、私は躱す。動くとより見えづらいのか、彼の動きはいつもより散漫なように感じる。


「涼からは、特にこちらが見えづらい等はないんですか?」


「ないな。」


そう答えて、あることを思い出す。


「そういえば、前に言った、『連なる聖十字架』の軌道の変化は練習しているのか?」



連花との特訓を始めた最初期に、『軌道が直接的過ぎて避けやすいから、変化をつければいいのではないか』という話をしたが、その成果を一度も見ていない。



「練習中です!」


そう言って、彼は力を込めた。瞬間、十字架が根元から順に力が蓄積されて、先端の速度が増す。


私は、辛うじてしゃがんで躱す。先程までは、あえて速度を遅くして、それに慣れたところで、素早く振るい、対応しづらくしたのだろう。遅い段階で央相手なら止められていると思うが、緩急をつける、というのは少なくとも私相手なら通じなくもないし、悪くないアイデアだと思う。


だが、もうすぐ時間だ。



「そろそろ私からも攻めるぞ。」


「望むところ!」



彼は、先程載せた速度をそのまま、今度は右下から左上めがけて、斜めに薙ぎ払う。


先程よりも速いが、躱せないことはない。しゃがみながら左方向に躱して、踏み込もうとした瞬間、彼は手首を返し、途中で軌道を変えた。


「くっ!」上方より叩きつけるような斬撃が、ケース越しではあるが私の左頬を掠め、鈍い痛みを感じる。


「油断しましたね!」


彼は追撃をかけようとするが、軌道を変化させて力の流れが乱れたのか、大きく隙が出来る。一応使えるが、まだ実践で使えるほどでは無いらしい。確かに、練習中という感じだ。



その隙を突いて、私は懐に潜り込み、彼の額を指で軽く小突く。


「惜しかったな。」



彼は、上達が早い。以前に比べて基礎的な動きも格段に良くなった。能力を使っていないということや、しばらく回避に専念しているが、一応闘いの形になっている。


「いや、全然ですよ。この後の事で気が散っている涼の頬を掠めただけでは、到底エディンムには勝てません。」


彼は、負け惜しみとも茶化しているともつかない口調で話す。



「うるさい。」


実際この後の予定はずっと頭の隅にあったが、その事を肯定するのは癪だった。


「おや、相変わらず精が出ますな。」


声が聞こえて、振り返ると常磐がいた。彼はこの教会の司祭を務めている。


何度もここで連花と模擬戦をしており、その際に私の事は、「たまたま出会ったよく動ける人間」という雑な説明をしたのだが、彼はそれを信じ、未だに疑う素振りすら見せない。


私はそれが信じられなかった。



「岸根さん、お客様がいらっしゃいましたよ。」


常磐はそれを伝えると、居住棟に戻る。


その言葉を聞いて、私は顔をしかめた。遂に来たか。


「頑張って来てくださいね。」


今度は露骨に茶化す調子で、連花はにやにやと私に声をかける。


「うるさい。」


いい加減、覚悟を決めて、私は彼のもとに向かった。


「あ、ちょっと待ってください。」


そこで、連花が私を呼び止める。


「なんだ?」まだ煽り足りないのだろうか。ため息をつきながら私は振り返る。


「髪型と服装、それで行く気ですか?」


そう言われて気付く。そういえば、髪はボサボサのままだった。服装もコートにニットだ。


「鏡に映らないからすっかり忘れていたな。」


「そういえばそうでしたね。結構不便ですね。」


正直、ほぼ引きこもりだった私からしたら大したデメリットでもないのだが、こういった身だしなみを気にする必要がある場面だと不便だ。髪型の練習は他の吸血鬼に見てもらいながらでしか出来ない。だから大抵の吸血鬼は、オールバックか、センターパート、あとはノーセットだ。


以前、何度か央に無理やり髪型の練習をさせられたのを思い出して、毛髪を変化して、髪型をセンターパートにする。服装は、とりあえずコートをどうにかすればいいだろう。そう思い、黒のジャケットに変えた。


「どうだ?」


「前よりはフォーマルですね。全体的に黒いですが。」


「色を変えるのは面倒なんだ。」


面倒というか、かなり難しい。私より圧倒的に変身能力に優れた央でさえ、あまりやらないくらいだ。



「でしたらいいと思いますよそれで。私はここでもう少し鍛錬をします。もう一度言いますが、頑張ってくださいね。」


そう言って、彼は私に笑顔を見せた。


「ありがとう。」出会った頃からは想像もつかないくらい、、彼の態度は温和になった。ヴァンパイアハンターとこうして話せる時が来ると思っていなかったから、私はそれが嬉しい。



住居棟の鍵は以前もらっている。玄関から、神父の部屋と医務室の前にある、リビングとして使われている共有スペースを開けると、槿と、彼がいた。


彼は席を立ち、私を見て、威圧するように頭を下げる。



「初めまして。月下槿の父、浅黄 宗一郎です。」


慌てて、私も頭を下げた。


「こちらこそご挨拶が遅れて申し訳ございません。槿さんとお付き合いさせて頂いている、岸根 涼です。」お付き合いしている、という設定になっている、が正しい。



そんな私達を見て、槿は笑いをこらえているが、口元が少し歪んでいる。



誰のせいでこんな事になっていると思っているのか。私は心の中でため息を吐く。





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