第39話 飛花落葉の私から②
第23話 『飛花落葉のあなたと、ポストスクリプト』の槿視点です。
2025年12月28日、日曜日。
半分欠けた月が、その日はいつもより強く輝いていて、そのせいか、いつもより夜空の暗さが際立っているような、そんな夜だった。
その日、1時を過ぎても涼は来なかった。いつもは大体11時から12時くらいには来るし、日曜日は今の所2回連続で来ているから、今日も来るだろう、と思っていたが、彼とした約束は週に一度会うことだし、もしかしたら今日は来ないのかもしれない。諦めてそろそろ寝ようか、そんなことを思っていると、コツコツと、窓を叩く音がした。窓を見るとそこに、彼はいた。
欠けた月の半分を埋めるような、夜空にくっきりと浮かび上がる、柔らかいストレートの金色の髪、白く、死人のような肌。その鮮血のような紅い瞳は、異常なまでに輝いていて、歪んだ笑みを浮かべる彼は、4階の窓からこちらを覗いている事を差し引いても、明らかに人間ではなかった。
怖い。それが、率直な感想だった。そして、きっと彼が、『藍上 央』だ。
もう一度彼は、ノックをして、窓を開けるように、指で促す。正直、開けたくはなかったが、彼には聞きたいことがあった。私は、窓に近づいた。
その時、指先が少し震えていることに気付く。彼に気付かれないようにゆっくりと窓を開けた。
「やあ、初めまして。君が、私の眷属の想い人だね?」窓を開けた私に、彼はそう話しかける。一見優しい口調だが、その底には、明確に冷たいものがあるのを感じた。
「恐らく、そうかな。あなたは、『藍上 央』さんだよね?それとも、『エディンム』の方がいいのかな?」
精一杯、平静を取り繕いながら私は会話をする。足先から、血の気が引くのを感じる。
「どちらでも構わないよ。あと、安心してくれていい。今日は、君を傷つけるつもりはない。少しだけ、話をしに来ただけさ。もちろん部屋の外からね。」
そんな私の虚勢を当然のように見透かして、彼はニヤニヤと見下すような笑みを浮かべる。見破られて少し恥ずかしさを覚えるが、それ以上に危害を加えられない、ということに安心した。『今日は』という点が気になるが。
「わかった。よろしくね。」
私は、ベッドに腰かけ、窓の方を向く。
「それで、話って?」
「いや、たいしたことはないよ。今日、涼は遅れるからさ、それを伝えに来ただけさ。」
「涼になにかあったの!?」私は、身を乗り出して彼に詰める。彼は一瞬驚いた表情をしたが、すぐにまた見下すような笑みを浮かべて、私の問いに答えた。
「大丈夫。今はもう解決したよ。もうすぐこっちに来ると思う。どうやら、君も涼の事を好ましく思っているみたいだねえ。」
安堵すると同時に、自分の好意を言い当てられ、思わず顔が赤くなる。そんな私を尻目に、彼は続けた。
「それじゃあ涼が来るまで、先程あったことを話してあげようじゃないか。恐怖に怯える吸血鬼と、力の伴っていないヴァンパイアハンターとの戦いの話を。」
そうして、私は央から聞いた。彼は、涼とヴァンパイアハンター3人の戦い、そしてそこに央が乱入し、彼らを脅して、一時休戦になったことを、彼は事細かに話した。自らの脅し文句や、彼らの発言、涼が恐怖で震えていたことまで、事細かに。
彼の話は、正直聞いていて不愉快だった。言葉の節々に人間と、涼を見下すような悪意が込められていたし、魅了でシスター1人を犯すような芝居をしていた内容などは、嫌悪感を覚えた。
彼が私にここまで丁寧にこの話を話す意図は分からない。だが、ヴァンパイアハンターを脅す文句を聞いて、1つ、疑問に思っていた事が確信めいたものに変わった。
彼は、一通り話終わると、「と、言うことがあって、涼は今神父くんと話しているよ。」と話を締めた。
「1つ、聞きたいことがあるんだけど。」
私は、覚悟を決めてそう切り出す。
「おや、なんだい?お嬢さん。」
その言葉は、何気ない返しにも、威圧にも感じる。だが、怯むわけにはいかない。私は、残りの命を涼のために使うと覚悟をしたのだから。
「あなたは、涼に催眠をかけているよね?」
私のその言葉を聞いて、彼は歪んだ笑みを浮かべる。
「よく気付いたじゃないか。どうして気付いたんだい?」
彼は、誤魔化しもせず、そう答えた。言い訳も否定する事も出来たはずなのに、それをしなかった。
「涼から話を聞いた時、違和感があった。彼は、2回。記憶を無くしている。『最初に吸血鬼になった時』と、『最初に自殺を試みた時』。そして、2回ともあなたが傍にいた。吸血鬼になった時は、分かる。あなたが吸血鬼にしたから。でも、自殺の時は、明らかにあなたが傍にいるのは明らかにおかしかった。」
彼の話だと途中まで、涼の自殺は成功しそうだった。それが良い事か悪い事かは置いておいて。だけど、央が現れてから、彼は死から逃げ出した。しかも、また記憶を失って。
「それと、さっきの話もおかしい。あなたは、司教さんを吸血鬼にすると脅したとき、『記憶も意識も残る』って言ってた。なのに、涼の時は、彼の話だと記憶を失っていることに、特に言及してないようだし。あと、私は1度見た事があるから。催眠をかけられた人を。だから、わかった。」
先日のクリスマスイブの夜、向日葵は、私達を見て、車椅子がひとりでに動いたと勘違いした時、あくまで態度は変わらず、私達のことだけ、意識から外れていて、涼に催眠をかけられたことは覚えていなかった。
涼の状況と似ている。だから、私は気付いた。涼は、2回催眠をかけられている。
「それだけのヒントでよくわかったじゃないか。それじゃあ、私が涼にかけた催眠も分かるかい?」
彼は、楽しそうだった。人の、涼の一生を弄んでおいて、それをクイズとして私に出して、楽しんでいた。
私は、彼に強い憤りを感じる。けれど、今はまだ我慢する必要がある。だから私は、彼の問いに答えた。
「1回目は、分からない。でも、2回目は分かる。『死を恐れるようになる』。それが、あなたが涼にかけた催眠。」
「正解だよ。なかなかやるじゃないか。」
彼はそう言って、子供を褒める時のような、明らかに下に見た調子で拍手をした。
「あなたは、何故そこまで涼に固執しているの?」
私はそこが分からなかった。以前涼から聞いた話では、彼は自殺した吸血鬼を少なくとも1度、見殺しにしている。彼がわざわざ催眠を使ってまで自殺を止めるのには、理由があるはずだ。
「目だよ。目。」
トントン、と自らの目の下を2回叩くジェスチャーをして、彼は答えた。
「……目?」
「そう!涼の目は、ギルにそっくりだったんだ!人間だった頃の涼は、ギルと同じ目をしていた!」
彼は、そう言って急におもちゃを買ってもらえた子供のような笑顔で、興奮しだす。様子が先程までと明らかに違う。
「ギ、ギルって……?」
「ギルは僕の親友だよ!彼は今まで出会った人間の中で最高だった!そんな彼と同じ目をしてたんだよ!でも吸血鬼になってあんな死にたがりになってしまったけれど、きっと涼はいつかギルみたいになれるさ!だから大事に取っておく必要があるのさ!」
涼に吸血鬼の弱点や能力を聞いてから、私は少し調べた。ニンニクが苦手、十字架が苦手、他にも涼に聞いた事以外にも、もう一つ。吸血鬼には特徴がある。
それは、自分の物に執着する。
キラキラとした彼の表情を見て、私は理解した。彼にとって、涼は『自分の物』でしかない。だから、執着する。
彼は、藍上 央は、心の底から、化物なんだ。
「それで、君はどうしたいんだい?」
彼は私に訊ねる。私の罪を解き明かしたところで、なにも出来ない癖に、とでも言いたげな様子だった。変わらず、馬鹿にするような笑みを浮かべている。
「央、私と勝負しよう。」
 




