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槁木死灰の私から  作者: 案山子 劣四
飛花落葉の私と父

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第36話 飛花落葉の私と麝香豌豆

そこから数日後。


三日月が空に輝く、木曜日の夜。



「つまり、君は浅黄と仲直りが出来たのか。」


いつものように、窓際に涼は腰掛けた。



「仲直り、というか。これから仲良くなろうとしてる感じかな。」


あれからも、浅黄は空いた時間に病室へ来てくれていた。


業務連絡のような会話しか無かった以前とは違い、お互いまだ少しぎこちないながらも、会話をするようになった。


「そうなのか。順調なのか?」



「おかげで最近、少し病院食が美味しくなった。」



「そうか。順調そうで、何よりだ。」



そう言って、彼は笑う。私も釣られて笑った。



「あ、あと。涼に会いたいって言ってたよ。」



「ちょっと待て、何故そうなった?まずいつ私の話をした?どう話したんだ?」



彼は、慌てながら私を詰める。吸血鬼でも、親に会うのは嫌なんだな、と思わず笑ってしまう。



そうなった理由は、ちょっと前、浅黄と食事をしていた時に、「そういえば、連花司教は何故槿のことを知っていたんだ?」という話をされて、どう説明しようか迷った挙句、「彼氏の知り合いで。」と説明したせいだ。その私の言葉を聞いて、浅黄は、


「今度、私が教会に行く時、必ず、連れてきなさい。変な男なら、楓と菖に申し訳が立たない。私が責任を取ろう。」


というふうに、普段から無感情な彼は、更に感情を排した言い方をしていた。


と、言うことを涼に説明すると、彼は、「間違いなく別の所に連れて行かれないか?」と少し恐怖を覚えている様子だった。


「別のところって?」


「あの世とか。」


そんなことは無い、と言いたかったが、あの時の浅黄は分かりやすく何らかの激情に駆られるのを必死に抑えている様子だった。


否定が出来ず、私は曖昧に笑って誤魔化す。



彼は肩を落として、ため息を吐く。


「まあいい。君に身内がいるとなったら、いずれ会う必要が出る事は想定していた。せいぜい、遅いか早いかだ。遅いか早いか、私の命が懸かっているか、懸かっていないか。それだけの違いだ」



「ご、ごめんね……。」


面白がっていたが、流石に少し申し訳なくなる。


「気にするな。にしても、よく彼氏と説明して納得したな。君はずっと病院で過ごしていたんだろう?」



「そこはほら、他の人のお見舞いに来てた、とかそこから仲良くなって、とか適宜嘘をついたから。」


多少怪しんではいたが、実際連花が来たし、一旦信じることにしたのだろう。少なくとも、吸血鬼が窓から侵入するようになった、という事実よりは幾分現実的に聞こえる。



「そうか。それならば、私が君のお父様に挨拶する時にはちゃんと話を合わせないとな。」



「うん。そうだね。」


なんだか、演技みたいで楽しそうだ。少しだけ、胸を弾ませていると、「さては楽しんでいるな?」と、涼から訝しげな目線を向けられた。


「気付いた?」



そう言って笑う私に、涼はやれやれ、とため息をついて、少しだけ口角を上げた。




そこから約2週間。私の体調は、この前の発作を除けば比較的安定していた為、3月の頭から教会に引越す事が確定した。


衣服をほとんど持っていなかったから、病院から外出許可を取って一果と二葉と一緒に買いに行ったり、ついでに久しぶりの外に慣れるために少し遊んだりして、順調に準備を進め、3月3日、ついに退院する日を迎えた。


涼と出会った時よりも少しだけ寒さは和らいだ、3月の朝。枯葉だった木々は緑に色付き、病院の駐車場を囲むように生えている桜の木々は、青々としていた。


春になると綺麗に咲くその景色は嫌いではなかったけれど、恐らく今後見る事は無いのだろう、と思うと、少しだけ寂しさを覚えて、私はそこで気付いた。


結局、嫌いな訳ではなかったんだ、病院での暮らしは。もう少し、早く気付いていれば、とも思ったが、そうするともしかしたら涼には会えていなくて、小春も、一果も二葉も、連花にだって、会えていなかったかもしれない。



ままならないな。そんな事を考えながら、笑みを浮かべる。


上手くいかないけど、きっとこれでも上手く回っているのだろう。



ドアを開く音がして、向日葵が入ってくる。



「あれ、今日は起きるのが早いわね。」と、少しだけからかうような笑みを彼女は浮かべた。



「最後の日くらい、ちゃんと起きようと思って。」


そんな高尚な意思はなく、純粋にこれからが楽しみで、早く起きてしまっただけだが、それらしく取り繕う。


「あら、偉いわね。でも私としては残念。槿ちゃんを起こすの、結構好きだったから。」


そう言って、少し拗ねたように笑う。私は、そんな彼女を見て笑顔を浮かべた。


向日葵には、本当に私の支えになってくれた。彼女の笑顔には、何度も救われたし、当然仕事だからというのもあるだろうが、それでも私は感謝している。


「向日葵さん。本当に、長い間ありがとうございました。」


「あら、最終日だからってわざわざ改まって。こちらこそ、楽しそうな槿ちゃんの姿が沢山見れて、ここ3ヶ月位は凄い嬉しかったわ。ありがとう。これからもたまに会うこともあるだろうけど、その時もよろしくね。」


「こちらこそまたご迷惑おかけするかもしれませんが、よろしくお願いします。あの、私、向日葵さんのこと、……とても優しい、近所のお姉さんみたいに思ってます。」



本当は、母親にも近い存在だと思っている。でも、確か彼女は家庭を持っていて、子供もいたと思う。だから、そう言うと、迷惑だ。だから、これでいい。



そんな私の気持ちに気付いたのか、彼女は優しく微笑んだ。


「お姉さんなんて歳じゃないわよ。嬉しいけど。私は、勝手にあなたの事を娘くらい大切に思っている厄介なおばさんよ。教会にも、勝手に遊びに行くからね。」



そう言って、冗談めかして笑う彼女に、私は思わず泣いてしまいそうになる。


「絶対、遊びに来てくださいね。」



「ええ。その時は、彼氏さん紹介してね。」



思わず一瞬思考が止まる。



「……あれ、父から聞いたんですか?」



「あれだけ露骨に楽しそうだったじゃない、クリスマスとか。だから、どうやって会ったかは知らないけど、多分彼氏か好きな人が出来たんだなって、看護師中で噂になってたわよ。院長には秘密にしてたけど。」


「え、看護師の中で?」


先程溢れそうだった涙は、既に引っ込んでいた。


「あれ?話したこと無かったかしら?みんな槿ちゃんの事大好きだから、何かあるとすぐ噂になるのよ。」



「………なんで退院最終日にそんな話するんですか……。」



クリスマスで浮かれていた事に気付かれていて、それが看護師中で噂になり、しかも恥ずかしいあだ名を付けられていた。あまりの恥ずかしさに、顔が真っ赤になり、私は顔を掛け布団に埋めた。



「あら、恥ずかしかったかしら。ごめんなさいね。」



そう言って、彼女は楽しそうに笑う。


そういった噂を楽しんでいるあたり、『厄介なおばさん』というのはあながち間違いではないのかもしれない。でも、きっとその距離感が丁度いいと思う。だから、これでいい。


私も、彼女に合わせて一緒に笑った。


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