表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
槁木死灰の私から  作者: 案山子 劣四
飛花落葉の私と父

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/187

第35話 飛花落葉の私と父②

『私を引き取ってくれたのは、私が友人2人の娘だからなのか』


私のその質問を聞いた浅黄は、少し悩んだ後、困ったように笑って、口を開いた。


「随分、意地悪な質問だな。」


そう言った彼は、今までで、1番感情が豊かに見えた。何処か懐かしい思い出を抱くような、何処か、今にも泣いてしまいそうな。彼の顔に深く刻まれた皺を、私は初めて認識した。



「槿に、2人を見た事がない、と言ったら、嘘になる。君は、2人に似ているし、それだけ、2人は僕の大事な友人だ。でも、当然君も大切だ。それは、僕の本心だ。」



「……そう言っていただけて、嬉しいです。」


これは、私の本心だった。


私の両親も大切だったけど、私も大切。そう言って貰えて、私は嬉しかった。




「……槿。2人のことは、やはりまだ辛いか?」


彼は、純粋に心配してくれている様だった。きっと、ずっと気にしてくれていたんだろう。


「いえ。もう、どうしようもない事ですから。」


これも、私の本心だ。



「……そうか。槿は強いな。」彼は、そう零した。



「僕は、未だに彼らの事を考えてしまう。槿が産まれる前の事や、槿が産まれてから、幸せそうにしていた彼等の事。」


彼は、本当に悲しそうだった。


「楓は、高校時代からお調子者でね、大学に入って、菖と出会ってからはいつも怒られていたよ。卒業する時だって、単位ギリギリで卒業したんだ。就職も卒業間際に決まったし、教授に土下座して卒論を待ってもらったりしてたな。」


悲しそうな表情とは裏腹に、彼の声色は少し楽しそうだった。優しくて明るい父が、若い時はそういうタイプなのは、少し意外だった。私は、思わず笑ってしまう。


「でも、籍を入れて、君が産まれて、彼は大人になっていった。菖も、元からしっかりした人だったが、より頼もしくなった。今でも、君を見る2人の優しい瞳を思い出す。彼等は、本当に幸せそうだった。」


彼は、少し遠くを見つめるように、続ける。



「たまに、君が小さい時に彼らの家で酒盛りをする事があったが、2人とも酒が回ると君の話ばかりするんだ。2人して親馬鹿で。僕は呆れていたが、あまりに幸せそうで、黙って聞いていたよ。君の成長を本当に楽しみにしていて。今の君を、大きく成長した君の姿を、彼らに見せてあげたい。」


彼の目には、涙が浮かんでいた。


「それが出来ない事が、本当に辛いよ。」


浅黄の言葉は、私の両親を本当に大切に思ってくれていたのが、言葉から伝わってきた。


だから、私は、ようやく実感した。5年も立って、ようやく、私の両親は、もうこの世にいないことに。



私を愛してくれていた、2人を亡くした事に、今、ようやく気づいた。




そして、込み上げた感情は、目から雫となり、溢れ出した。



「す、すまない、君を悲しませるつもりはなかった。」


慌てた様子で、浅黄は、私に謝る。


「これは……っ……そうじゃ、なくてっ……。」


私は、溢れ出るその雫を止める事が出来ない。


手で拭っても、その雫は溢れ出た。そんな私に、どうすればいいのか分からなくなった浅黄は、不器用に私の頭を撫でる。



その時、思い出した。彼が私を引き取ってくれた、その日。



同じように、彼は私の頭を撫でた。


どうして、忘れてしまっていたんだろう。



彼の手は、こんなにも優しかったのに。


私は、彼に大切に想われている。それを、もっと早く気づくことが出来たのに。



悲しさと、申し訳なさと、嬉しさと、感謝と。私は、ただ泣く事でしか、その気持ちを表現出来なかった。




ーーーーーー





「ごめんなさい。いきなり泣き出して。」



ひとしきり泣いて、私は落ち着きを取り戻した。


「構わない。君は、もっと自分を出していい。」


「私より、無表情の癖に。」


思わず、そう言い返してしまう。浅黄は、困ったような笑みを浮かべる。そんな彼を見て、私は思わず笑ってしまう。話すと、彼は印象と違った。少し不器用で、優しい人だ。



「……槿。」


彼は、神妙な面持ちで話し出す。



「教会に行った後、もし辛い事があれば、何時でも病院戻ってきてもいい。今度は、私が君の支えになれるよう、努力しよう。」




そう言った彼を見て、私は気付く。


きっと、彼はこれが私に言いたかったんだ。最近、病室に来てくれていた理由は、何時戻って来てもいいと、言ってくれようとしてたんだな、と思い、私は少し嬉しくなる。



「ありがとう。嬉しいです。でも……」



私は、わざとそこで溜める。



「でも、向日葵さんのが今まで仲良くしてくれたから、そうなっても、向日葵さんを頼っちゃうかも。」



わざと、そうやって意地悪な事を言う。5年間も、寂しい思いをしたんだ。そのくらいの仕返しは、許して欲しい。



「そう、か……。」


そうやって、彼は項垂れる。


いつも無表情な浅黄の、こういった姿が見れて、申し訳ないけれど、少し嬉しい。



話す事を促してくれた、涼と向日葵には感謝しなければ。特に、向日葵さんには、ずっとお世話になっているから。



「そうならないように、暇な時でいいから、教会に会いに来てください。それで、もっと色々話して、ちゃんと、親子になりましょう。」



私のその言葉に、彼はこちらを見て、深く頷いた。



「ああ。これから、よろしく頼む。」



「うん!」私は、笑顔で応える。




「よがっだねえ…っ…槿ぢゃん…………。」



いきなり聞こえたその声に、私と浅黄は、思わず振り向いてしまう。見ると、向日葵と管理栄養士が覗いていた。



「ごめんなさい……遅かったんで覗いたら……グスッ……。なんか、感動的で……。」


管理栄養士は、そう言って目を何度も擦る。



つまり、気になって覗いたところ、私達が込み入った話をしていて、なにか関係のありそうな向日葵を呼んだ、という事だろう。




「わだじ……っ、本当に、よがっだっでぇ……。」


誰よりも泣きじゃくりながら、向日葵は、私に話し掛ける。流石に、40代の女性がここまで泣くのは初めて見たので、少し気圧されてしまう。



「向日葵さんも、本当にありがとうございます。私は、この5年間、あなたが本当に心の支えでした。」



何時伝えられるか分からないので、この機会に私はしっかりと伝えた。実際、彼女の明るい笑顔に、私はずっと救われてきた。


今は、大分泣いてはいるが。



「むくげぢゃん……!わだ、わだじもだよおお……っ……!!」


何がだか分からないし、最早何を言っているか分からなかったが、彼女はそう言って、私を抱き締めてくれた。


それが暖かくて、嬉しくて、私はまた、少し泣いてしまう。




それから、翌日。


まだ寒さの残る、2月の快晴。


ふと窓から外を眺めると、病院の駐車場内に、白い大きい犬が入ってきていた。


首輪をしていいるが、飼い主が居ない。きっと、脱走してきたのだろう。


医者何人かと、看護師さんと何故か院長の浅黄で捕まえようとしているのが見えた。


犬は噛み付いたりする様子はないが、大きいし、はしゃいでいるしで中々捕まえられず、苦戦しているようだった。



その時、ある事に気付く。まだ、彼をそう呼んでいなかった。


少し悪戯心も込めて、私は窓を開け、大きな声を出した。



「頑張って、お父さん!」


浅黄は、少し驚いた顔をした後、嬉しそうに私に手を振った。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ