第23話 飛花落葉のあなたと、ポストスクリプト
連花に椿木の祖父母宅の農園の手伝いをお願いすると、意外にも彼はすんなりと了承してくれた。
「事情は分かりましたし、構いませんよ。隣人を愛せよ、と神も仰っています。あなた方程ではありませんが、力もある方なのできっとお役に立てるでしょう。」
「そうか、助かる。」
つい1、2時間前からの彼からは想像もつかないくらいの好青年振りに、恐怖を覚える。『恐怖のアキレア』再来だ。
「お互いの日程を調整する為に、後ほど連絡をしたいのですが、何か連絡手段はありますか?」
「スマホを持っている。」
「吸血鬼もスマホを持つ時代ですか……。」
そう呟きながら、彼とメッセージアプリの連絡先を交換した。
やたらと人間に連絡先を教える日だな、と苦笑する。
「それでは、また次の機会に。」
それだけ言うと、お辞儀をせずに踵を返し、病院を跡にした。あくまで、利用する関係であり、馴れ合うつもりは無い、ということだろう。
彼との話を終えた私は、直ぐに槿の病室に向かった。危害を加えられている事は無いだろうが、それでもどこか胸騒ぎがする。
窓の外に彼がいるのを見て、とりあえず部屋に入っていないということが分かり、安堵した。
私も病室に着くと、意外にも2人はお互いに笑いあっていた。
「すまない、遅くなった。」仲良くなったのか?と困惑しながら、声をかける。
「やあ、涼。今彼女と君の話をしていたんだよ。」
「うん、そう。涼の話をしてたの。」
「そう、なのか。」
共通の話題のおかげで、話が弾んだ、という事だろうか?全く想定外ではあるが、本当に彼は話に来ただけらしい。
「とりあえず、僕は満足したからそろそろ帰るよ。涼、君も早く帰るといい。もうすぐ2時になる。あまり夜更かしすると、彼女も身体を崩してしまうよ。」
至極真っ当な彼の一言に、逆に違和感を覚える。彼が、人間の心配をする?
「ああ、そうだな、今日はもうすぐ帰る。槿、特に彼には何もされていないよな?」
「うん。大丈夫。」そう言って槿は微笑む。
特に能力をかけられた感じもしない。杞憂だったのか。
「そういえば、槿。」
「え、何?」
「連絡先を交換しよう。」
「いいけど、急だね?」
そう言って彼女は笑う。
「いざと言う時連絡先を知らないと不便だと、今日知ったからな。」
連絡先を交換すると、彼女は、
「身内以外と連絡先交換したの初めて。」
と、椿木と同じ事を言うので、笑ってしまう。
「なんで笑うの。」少し恥ずかしそうに、彼女は私を見る。
「いや、椿木も同じ事を言っていたと思ってな。」
「……ん?椿木さんって誰?」
「ああ、この前世話になった花屋の女性だ。先程連絡先を交換してな。」
「へぇー。そうなんだー。」
張りついたような笑顔を見せる彼女に、どこか冷たい物を感じる。
「とりあえず、今日は遅くなってしまった。すぐにまた会いに来る。その時に、また沢山話そう。」
何となくこの話を続けるのは良くない気配を感じて、すぐに話題を切り替える。
「うん。そうだね。また、来た時に、沢山、話そうね。」
変わらない笑みのまま、彼女は淡々と、抑揚のない調子で喋った。
「よし、帰ろう、央。」
助けてくれ。憎むべき相手の彼に、その意図で声をかけた。見ると、彼は頭を額を押さえるように、片手で顔を覆っていた。
「あのさ、女の子といる時に他の女性の話はしない方がいいと思うよ。」
あの後槿と別れ、彼と共に飛行しながら帰ると、彼はそう切り出した。
「そういうものなのか。」
「そういうものなんだよ。」
確かに、露骨に椿木の話をしてから槿の機嫌が悪くなったように見えた。
「わかった。次からは気を付けよう。」
「そうするといいさ。にしても、流石に3日しか寝ないのは流石に辛いなあ。寝不足だよ。もう二度としないようにしよう。」
「そう言って、当たり前の顔で毎日起きたりするのがお前だ。知ってるぞ。」
「言うねえ。じゃあ約束しよう。『明日以降、寝込みを襲われない限り、木曜日以外は起きない。』」
「…………流石にやめた方が良くないか?その約束は。」
「涼は優しいなぁ。私を心配してくれたんだ?」
彼はそう言ってからかうように笑う。
槿と話してからどこか彼は機嫌がいい気がする。事のついでに、私は彼への疑惑を口にする事にした。
「……なあ、ひとつ聞きたいことがある。」
「なんだい?」
私は、途中から感じた違和感を、彼にぶつける。
「私と連花達の戦いを、君は最初から見ていただろ。」
その言葉を聞いて、彼は急に止まり、口角を上げて大きく笑う。
「ああ、今日は本当に来てよかった!よくわかったじゃないか!!そうだよ、涼。その通りさ。僕は、君が無様に地面を転げるのを、彼の役職を聞いて脚を震わせるのを、必死に逃げ惑い、ついに脚を切り裂かれるのを、全て見ていた!」
夜に、吸血鬼の王の高笑いが響く。
彼が現れた時は気が付かなかったが、ふと気が付いた。
彼は、私と彼等とのやり取りを、あからさまに知っていた。連花の発言を真似したり、魅了を遮る偏光コンタクトレンズを、魅了を使用する前から対策していた。
それは、最初から見ていなければいくら彼でもありえない事だった。
「何故、すぐに助けなかった?」
あまりにも情けない質問だ。自分では、どうする事も出来なかったのに。
「教える為さ、君と、彼等に。」
なにを、そう訊ねる前に、彼は続けた。
「力と戦う意思を持たなければ、蹂躙されるだけだ、という事を。」
「君は彼等を傷付けたくなくて、圧倒的に力が上であるにも関わらずら彼等と話し合うことも出来ずに君は無様に地面に転げていた。彼等は、私に全く歯が立たず、嬲り殺されるのを待つだけだった。殺されるのは、女2人と男1人だけどね。」
何が面白いのか、そう言って彼は笑った。
「でも、君が無様に転がってくれたおかげで、彼等と1番理想的な休戦協定を結べたよ!ありがとう、流石僕の眷属だ。」
そう言って、彼は私の頭に手を乗せる。
彼と、情けない自分への怒りのあまり、私はただ震えることしか出来ない。
最初から、これが目的だったんだ。私の争う意思の無いところを彼等に見せて、その後圧倒的な悪意で彼等を捩じ伏せる。
そうする事で、私を鎹とした和解ができると踏んだ。
ずっと、彼の手のひらの上だったんだ。
「わかっただろう?これが、『人間との上手な話し方』だよ。いつか君が教えてくれよ。『ピエロとしての上手な踊り方』を。僕にはあんなに上手に踊れないからさ!」
そう言って、笑いながら夜の空に消えていく彼を、ただ怒りに震えながら見ることしか出来なかった。
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それから少し経って、3月になった。
勿論、その間も槿と会ったり、連花と模擬戦紛いの事をしたりと、色々あった。
細かい話としては、延々と槿が最近の病院食は少し美味しくなったとか、この前駐車場に白い大きな犬が来て、下で皆が騒いでいるのを見てたとか言う話をした事や、連花が『連なる聖十字架』に1箇所真鍮製の物が混じっている事に気付いて、激怒しながら十字架を組み直したりもした。
と、言う訳で、そんな色々があった上での、3月の半ば。槿が、病院から教会に移って、2週間目のある日の事。
その日、私はいつものように、教会の裏の森で連花と模擬戦をしていた。
その時、彼の『連なる聖十字架』が軌道を変え、私の頬を掠める。
「くっ!」ケース越しではあるが、鈍い痛みが走る。
「油断しましたね!」彼はそう言って追撃をかけようとするが、1度軌道を変えると、その後コントロールが出来なくなるのか、大きく隙を見せた。
私はその隙を突いて、彼の懐に入ると、、指で額を軽く小突く。
「惜しかったな。」
彼はこの数ヶ月でとてつもない速度で上達していった。
最初の頃は私に手も足も出なかったが、今は一応戦いの形になっている。
「いや、全然ですよ。この後の事で気が散っている涼の方を掠めただけでは、到底エディンムには勝てません。」
「うるさい。」余計なお世話だ。
「おや、相変わらず精が出ますな。」そう言って、常磐が私達に声をかける。
「ありがとうございます。相変わらず負け続きですが。」そう言って、連花は肩を竦める。
「おやおや、相変わらず岸根さんはお強いですな、連花司教に勝てる人間などそうはおりませんよ。」
にこやかに、常磐は私を褒める。
「ありがとう。」
最初に彼には「私は連花の知り合いのただの人間だ」という話をしたが、彼は疑いもせずその事を信じている。
私にはその事が信じられなかった。自分で言うのも何だが、人間の身体能力ではない。
「岸根さん、お客様がいらっしゃいましたよ。」
その言葉を聞いて、私は露骨に顔をしかめる。
「頑張って来てくださいね。」にやにやと、連花は笑う。
「うるさい。」
いい加減、覚悟を決めよう。そう思い、私は彼のもとに向かう。




