第218話 桃李満門の私達から、久しぶりに会ったけれど。
ステンドグラスから、柔らかい光が射し込む。アーチ状の天井と、白いレンガに囲まれたゴシック様式の建物内は、どこか厳かな雰囲気がある。
ここ1年程来る事がほとんどなかったからか、どこか空気が張り詰めているような気がして落ち着かない。
「あれ?珍しいなぁ。どないしたん?」
聞き馴染みのある声が、後ろから聞こえた。振り向くと、案の定氷良がいた。
「一果お姉様と二葉お姉様!!お久しぶりに会えて嬉しいわ!!」
それと、アイリスも。相変わらず私達を尊敬の眼差しで見てくれるのは、正直に嬉しい。
「久しぶりー。4月以来だっけ?」
「お久しぶりなのです。また身長が伸びましたか?」
そう言いながら、アイリスの頭を撫でる。手の角度が前より僅かに高くなったような気がした。
「そうなの!少しだけだけれど。」
そう言いながら、誇らしげに胸を張る。私達の身長にアイリスが近づく度に、『ああ、こんなに大人になっちゃって』と親戚のおばさんのような事を考えるようになって、きっと人ってこうして老いていくのだろうな、という事に気がついて、勝手に傷付く。
「でも、どうして今日はこっちにいるの?……もしかして、槿に何か、あったの?」
不安げに訊くアイリスは、泣きそうな表情をしていた。涼との決闘の後、たまに遊びに来ていたくらいで数回しか会ったことは無いのに。アイリスらしい優しさと、アイリスらしい正直さだ。
「そーいうわけじゃないって。今日の朝も元気そうにしてたよ。」
「そうなのです。元気にトーストと牛乳で胃もたれをしていたのです。」
「だとしたら元気ではあらへんやろ。」
「とにかく生きているなら良かったわ!」
「まあ、せやな。それでええよ。てか何の話しやったっけ?」
「あ、そうだったわ!お姉様達がいる理由よ!」
そう言ってアイリスはハッとする。元々何を訊いていたのかを思い出したらしい。
「別に、大した事じゃないんだけどさ。」
「パパとママに呼び出されたのです。」
それを聞いた2人の反応は対照的だった。アイリスは嬉しそうに目を輝かせて、氷良は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。
「そうなんか。よろしく言うといてな。ほなまた。」
そそくさとアイリスの手を引いてその場を後にしようとする氷良とは反対に、アイリスは必死にその場に留まろうとして引きずられていた。
「えー!挨拶したい!!」
「あかん。もう時間や。」
「『まだ余裕』だって言っていたじゃない!」
「今余裕無くなったわ。」
「何よそれ!?」
その後も何か騒ぎながら遠くに行くアイリスと氷良を、私達は呆然と見送る。
「前から思ってたけど、なんで氷良ってあんなにパパとママの事苦手なんだろうね。」
「……さあ?」
若い頃色々とあったみたいな話は聞いたことあるけれど、詳しい事は何も知らない。2人の姿が見えなくなると、私と一果はパパとママがいる会議室に向かう。
関東支部がいくら広いとはいえ、入口から会議室まで15分とかからなかった。ドアを叩くと、「どうぞ。」と、久しぶりに聞いたパパの声が聞こえた。
一果がドアを開け、彼女に続くように私も会議室に入る。中には、私と一果を見て慈しむように笑ママと、嬉しそうに笑ったパパが挨拶をするように手を挙げていた。
数年ぶりに見る2人は、少し皺が増えたな、と思うくらいで、ほとんど見た目は変わっていない。贔屓目を差し引いても、2人共とても45歳には見えない程には若々しく見えた。
「2人共、綺麗になったわねえ。」
お母さんは立ち上がり、嬉しそうに私達の首に手を回して抱き寄せる。
「は?私達前から可愛いから。」
「全く、失礼しちゃうのです。」
そう文句を言いながら、私達もお母さんを抱き返した。
「そうね。それでも可愛くなり続けるのは流石だわ。」
「えっへん。」
「それは私もそう思う。」
そんな事を言って、私達は笑う。毎回こんな感じだ。私と一果とママがこんな風にふざけて、お父さんが度々蚊帳の外になる。
「お母さん。その辺で。今日は大切な話があるのだから。」
ニコニコと笑いながら、お父さんはお母さんを軽く諌めると、お母さんも「あら、そうだったわ」と我に返ったように私達を抱き寄せた手を、名残惜しそうに離す。
「久しぶりなのに、こんな部屋でごめんね。本当は家で家族水入らずといきたかったけれど、葵くんが『話がある』って言うからさ。この後も予定が入っているし。」
『葵くん』と言うのは、アイリスのパパの天竺葵大司教の事だ。今や日本聖十字教団の求道派の最高位である彼をそう呼ぶのはパパくらいだろう。
「別にだいじょーぶだよ。私達もそんなに時間ないし。」
「ああ、今は黎明君のお仕事を手伝っているんだっけ?葵くんに詳しく聞いたけれど、全然教えてくれなかったのだけれど、一体何をしているんだい?」
「…女の子のお世話なのです。詳しくは秘密です。」
「あらあら。」
「へえ。そうなんだ。」
そう言って笑う2人の目の奥が鋭く光ったような気がして、見通されたように感じて思わずドキリとした。
「深くは訊かないよ。きっと事情があるんだろうし。どうやら2人も忙しいようだし、単刀直入に行こうかな。本当は、もっと色々とお話したいけれど。」
そう言って、パパは一呼吸置いて、続けた。
「本国に来て、私とお母さんの仕事を手伝って欲しいんだ。」




