表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
槁木死灰の私から  作者: 案山子 劣四
虚実古樹の私

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

216/222

第216話 飛花落葉の私と、今も変わらない、優しい夜の闇の中で。

「と、いう訳なんだけれど。」



私は、この間お父さんに言われたことを(りょう)に伝えた。星空の下、波の音が響く場所で。私達が誓い合った場所からは、少し離れてしまったけれど。それでも、伝えるなら今しかない、そう思った。



何故今伝えたのか、とか、『あなたに伝えていいのか、躊躇していた』とか、そういう事は一切伝えなかった。ただ、お父さんに言われた事だけを伝えた。


話している間、彼の顔を見る事は出来なかった。彼がどんな顔をしているのか、何を想っているのか。考えるのと不安が胸によぎる。出来るだけ余計な事を考えないように、ただ、言われたことを伝えることに徹した。



「……つまり、君は、槿(むくげ)に残された時間は、あと数年は残されている、という事か?」


涼は、私の言った言葉を咀嚼するように、困惑した様子で私に訊いた。



「まあ、そういう事になる、かな?あ、でも、もしかしたら、発作で急に、とかはあり得るらしいから、もしかしたら意外と長くないかもしれないけれど。」


出来るだけ明るい調子で私は彼に伝えた。だから、お願いだから、私の事を嫌いにならないでほしい。心の中で、そんな事を思わず願う程、私は涼が離れることを恐れていた。



「だが、それでも暫く生きる事が出来るのかもしれないのだろう?」


「それは、そうだけれど……。で、でもーーー!」


私が言い終わる前に、彼が深く息を吐いたのが聞こえた。私の心臓は、大きく跳ねた。ああ、涼はやっぱりーーー。



「ああ、良かった……!」



「ーーーえ?」


予想外の言葉に、思わず彼の方を向く。今まで見た事がない程、嬉しそうに笑う彼は、脱力したように両手を砂浜について、天を仰いでいた。



「良かった。本当に良かった。まだ、私は、君と一緒にいる事が出来るんだな。」


喜びを嚙みしめるように言葉を発する彼に、私は嬉しさよりも困惑が上回った。



「えっと、ごめん、ね?」



「は?」



訝しげな表情で私を見つめた後、すぐに涼は察したようにああ、と呟いて、からかうような笑顔を見せた。



「まさか、『私が生きていたら、涼は死ねなくなるから嫌がるかも』とでも思っていたのか?」


「うっ……。」


「案の定か。」


「だ、だって……。」


こんなに彼が喜んでくれると思わなくて、私は罪の意識から体を縮こまらせて胸の前で指先を弄ぶ。そんな私の様子を見て、涼はまた嬉しそうに笑った。珍しい彼の一切影のない笑顔に、そんな場面でもないのに、私の胸が高鳴る。



「君が生きてくれる事が、何よりも嬉しいんだ。槿と一緒に過ごせるのならば、今までの300年の苦痛にすら、死ねなかった情けない自分にすら感謝する程に。」



そう言ってくれた彼の瞳は、出会った時はあれだけ暗く濁っていたのに、満月が浮かんでいる夜空のように、優しい光に満ちていた。


こんなに、私の事を想ってくれているんだ。そう思うと、冬の空気すらものともしない程、暖かいものが私の内側を満たした。



「だ、大丈夫か?」


涼は不安そうに私の顔を見つめる。気が付くと、私の目からは涙が流れていた。


「これは、ちが、くて……。」


否定しながら、涙を拭う。けれども、拭う傍から涙が溢れた。



「す、済まない。何か不用意な事を言ってしまったか?だが、君を傷付けるつもりはなかったんだ。」


慌てた様子で、私に近寄り、不慣れな手付きで私の目から溢れる涙を拭う。血の通わない彼の指先が、不思議と暖かく思えた。




「そうじゃ、ないからっ……。」


涙の止まらない泣き顔のまま、私は無理矢理笑顔を作る。けれど、それが余計に涼を不安にさせたらしい。



「何か、私に出来る事はないか?」


真剣に私を心配してくれる彼に、悪い私は悪戯心が芽生えた。



「……じゃあ、ぎゅって、して欲しい。」


「わ、分かった。」



まるでガラス細工に触れるように、優しく包み込むように手を回し、抱き寄せる。彼の胸元に顔を埋めるように、私も彼の背中に手を回して、非力な私なりに精一杯彼を抱きしめた。



「あと、『好き』って言って欲しい。」


「……好きだ。これでいいか?」


「もう少し、感情を込めて。」


「……好きだ。愛している。」


「ふふ、嬉しい。」


「それは良かった。……というか、泣き止んでいるだろう。私が抱き締める少し前から。」


「そんなこと、ないけれど。」



嘘だった。彼の言う通り既に私は泣き止んでいて、それが分かった上で私の言う事を聞いてくれた彼が、また愛おしくなる。



「ねえ、クリスマス、楽しみだね。」


「そうだな。だが、私にとってこれ以上のプレゼントは無いだろうな。」


「そこまで喜んでくれるのは、嬉しいけれど。」



素直に喜んでくれるのが、少しくすぐったい。それに、少しプレゼントのハードルが上がってしまったのかもしれない。


常磐(ときわ)さんに相談して美味しいらしいワインを買ったのだけれど、喜んでくれるだろうか。



けれど、それでも彼への感謝を、何か形にして伝えたい。彼が喜んでくれるかは、分からないけれど。



「絶対、24日来るの忘れないでね。」



「ああ。分かった。」


「絶対だから。」


「分かった。何があっても君に会いに行くさ。」



冗談めいているけれど、優しい口調で涼は私を抱き締めたままそう言った。



私は、生きている事の喜びを、生まれて初めて噛み締めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ