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槁木死灰の私から  作者: 案山子 劣四
虚実古樹の私

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215/219

第215話 飛花落葉の私から、あなたと私が出会ったのは。

消毒液みたいな匂いと、白い無機質な壁。座り慣れた黒い回転式の丸椅子に座りながら、相変わらず無表情な、私のお父さんの前に座る。


向日葵(ひまわり)さんは彼の後ろで姿勢を正して立っていた。忙しいだろうに、今日一日検査に付き合ってくれて彼女には感謝しかない。



お父さんは私の検査結果を眺めて、何やら考えているようだった。本来私の命はそろそろ潰えるはずだけれど、特に体調が悪くなっている実感はない。徐々に弱っていくのか、それとも発作で急に命を落とすのか、私にはそのどちらかなのかすら分からない。この20年間、それだけ自分の命に無頓着だった。



「あの、お父さん。」


私の言葉に、今私がいることにに気が付いたような仕草で私に顔を向ける。


「すまない。少し考え事をしていた。まず、今日一日、ご苦労だった。疲れはないか?もし体調に少し不安があるのならば、数日様子見の為に入院をしてもいい。」



そう言われて、自身の内側に意識を向ける。確かに少し疲れているけれど、特に疲労困憊、という程ではない。



「ううん、大丈夫。」


「それは何よりだ。教会での暮らしは問題ないか?何か困っている事があれば言いなさい。」


「特には、ないかな。二葉(ふたば)一果(いちか)も、常盤(ときわ)さんも優しいし。強いて言えば、無愛想なおじさんがあんまり会いに来てくれない事が不満、かな。」



少し意地悪だったかな、と思いながらもお父さんの顔を覗き込む。気まずそうに目を逸らす彼を見て、私は満足する。月に一回くらいしか会いに来てくれない彼に対するちょっとした復讐だ。後ろで見ている向日葵さんは、必死に俯き、口元に手を当てて笑いを堪えていた。


「……申し訳ない。もう少し、会いに行く頻度を増やそう。」


「ふふ、冗談だよ。お父さんが、忙しいのも分かっているし。」


『仕事と私、どっちが大切なの?』なんて訊くつもりもない。私の事も大事にしてくれているのも、もう分かっているから。それに、友達といる場所に頻繫に出入りされるのも気まずいし。



「……そうか。」


そこでまた、私の検査結果に目を落とした。


「だが、確かに、教会での暮らしは君に合っているのかもしれないな。」


「私もそう思う。楽しいよ。」


「そういう事ではない。……いや、そういう事でもあるのかもしれないが。」


「どういう事?」


「体調に関しての話だ。」


そう言って、彼の口角が一瞬だけ上がったように見えた。



「後日改めて正式な検査結果を伝えるが、現時点で分かった事を伝える。君の心臓だが、寛解こそしていないが、想定よりも悪化していない。」


「……そう、なの?」



確かに、特に体調が悪くなったとか、そういう自覚はない。お父さんは続けた。



「ああ。何度か伝えいると思うが、君は心臓の形が人と異なり、血液を身体に送る力が弱く、強い負担がかかる。だから、長くても20歳だろう、と思っていた。」


「ああ、確かに、聞いたかも。」


何となく心臓の形のせいで、20歳までに死ぬと言う事は覚えていたけれど、確かそんな理由だったな、と思い出した。



「本来であれば、君は既に立つ事すら叶わなくなっていてもおかしくない。だが、どうやらそのような事はなさそうだし、発作の回数も減っている。恐らく、環境の変化が、心因的要因か肉体的要因か、あるいはその両方かは分からないが、好影響となっている事は間違いないだろう。」


彼の声はいつもより張っているように聞こえた。きっと喜んでくれているのだろう、と思うが、表情はいつもと変わっていないのが彼らしい。お父さんは続けた。


「もちろん、急な発作で命を落とす可能性もなくはない。予断を許さない状況であることには変わりはないが、あと数年は問題ないだろう。」


良かった。まだ、皆と別れなくても済むんだ。そう思ったのと同時に、(りょう)はどう思うのだろう、という事が気になった。彼は吸血鬼としての生を苦痛に感じていて、今はそれだけではないかもしれないけれど、最終的には死ぬために私といてくれている。



私がもう少し生きるかもしれないと知ったら、彼は喜んでくれるだろうか?流石に今更私を見捨てる事などしないと思うけれど、もしかしたらがっかりするかもしれない。


もし、私の命が伸びた事でがっかりされたとしたら、流石の私でも辛い。



「槿ちゃん、どうしたの?」


私が考え込んでいる事に気が付いたのか、向日葵さんが心配そうに私の顔を覗き込む。



「い、いえ。なんでもないです。ただ、少しびっくりしちゃって。でも、すごく嬉しいです。」



私は笑顔を取り繕って、大したことは無い、というそぶりを見せる。『私がもう少し生きるとしたら、涼ががっかりするかもしれない、と思って。』と伝えたら、別の意味で心配させてしまう。



もしかしたら、結局大して生きないかもしれないし、伝えようかとも迷った。けれど、伝えなくてはいけない。



だって、涼は、私がすぐに死ぬから、愛そうと思ってくれたのだから。そこで嘘を付くのは、違うような気がした。



だから、言いづらくても伝えなければならない。次に彼に会う時に伝えよう。『一緒に生きていこう』と誓ったあの場所で。

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