第214話 そういえば、連花も。
それから、私と槿は、道中見つけた貝殻を槿が拾ったり、よく分からない形の流木に槿がはしゃいだりということを、彼女の希望通り全く身のない話をしながら、あてもなく歩いた。
途中休憩を挟みながら30分程歩くと、槿の足取りが少し重くなった。
「大丈夫か?」
普段出歩く事が少なく、身体が弱い槿はただでさえ体力が無いのに、足の取られる砂浜を30分歩くというのは、彼女からしたら相当な重労働だろう。
「まだ大丈夫だけれど、冬服って、重いね……。」
つい30分程前まではあれだけ輝いていた槿の瞳には疲労が滲む。やはり体力が限界に近いようだ。
「今日はここまでにするか。」
「えー。」
不満そうな顔をしながら、彼女は砂浜に座り込む。
「まだ1時間も経っていないのに。」
「まだ1時間も経っていないのに、君の体力が限界を迎えてきているから言っているんだ。」
「それなら、せめてもう少しここでお話しようよ。座りながらでもいいから。」
確かに、それなら然程彼女の身体にも負担はないか、と納得して彼女の横に座る。が、冷たい砂の感触はどこか湿っているように感じて、槿の身体を冷やさないか不安になった。
「身体が冷えないか?」
「ちょっと寒いけれど、大丈夫。一応、ホッカイロ持っているし。」
「ほっかいろ?」
「持ち運び式の湯たんぽみたいな物。」
傍目からは分からないが、どうやらそういう物をもっているらしい。それならば大丈夫、なのか?と少し不安ではあるが、一旦彼女を信じることにした。『怖くはないけれど、今はまだ死にたくない』とつい先日言っていた彼女が、自身の体調を省みずに寒空の下で過ごすことを選ぶとも考えづらい。大体、ただ話すだけなら彼女の部屋でも出来る。
「……わざわざ、ここで座って話す必要はあるのか?」
考えた末、槿の部屋で話せばいいのではないか、という疑問が浮かぶ。少なくともわざわざ体調に不安がある人間がする事ではない。
「一応、理由はあるよ。」
「どのような?」
「雰囲気。あと私の気分。」
「それは、『何も理由はない』と言っているのと変わらないと思うのだが。」
小さく笑った後、槿は達観した微笑を浮かべる。何か、覚悟を決めた時や何かを隠す時に彼女が浮かべる笑みだ。その目の奥には、不安な光が揺らいでいた。
「こういう雰囲気じゃないと、ちょっとしづらい話を、しようと思って。いつもの部屋だと、切り出すきっかけ、みたいなものがあまりないから。」
私は自分の身体が硬直するのを感じる。きっと、検査の結果についてだ。彼女の雰囲気から不穏なものを感じる。彼女に残された時間は幾ばくもないのか、それとも何か他の何かがあったのか。数回口を開いたり閉じたりした後に、ようやく私は言葉を発した。
「どんな、話なんだ?」
散々迷った挙句、何でもないような顔で無味乾燥な言葉を言う事しかできなかった。
「涼は、今でも『死にたい』って、思っているの?」
「……そうだな。長く生きるつもりはない。」
『君がいない世界で』という言葉は呑み込んだ。そんな事は槿も理解しているだろうし、言葉にすることで彼女に無駄な負担をかけることは、避けたかった。
「……そう、だよね。」
そう呟いて、また槿は黙り込む。私の胸を占めるざわめきから意識を逸らす為に、連花といい、やたらと今日は言い淀む人が多いな、と関係ない事を考えて目の前の物事から意識を逸らした。
波の音だけが鮮明に聞こえて、塩の匂いが鼻につく。
しばらくの沈黙の後、槿はまた微笑を携えて、覚悟したように口を開いた。
「実は、少し前に受けた、検査の結果、なんだけれど。」
ああ、やはりその話だ。やたらと深刻な槿の表情に、私の身体の内側から鳴る音が、波の音よりも大きく感じた。




