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槁木死灰の私から  作者: 案山子 劣四
虚実古樹の私

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212/220

第212話 そういえば、この日も君は拗ねていたな。

「それで、連花(れんげ)さんと楽しくお買い物してきたんだ?」



槿(むくげ)はまたわざとらしく拗ねた。勿論、何を買ったかは話していないし、そもそも何も話していない。帰って来るや否や、槿は拗ねだした。恐らく拗ねたいだけだろうな、と私は薄々察していた。


いつもは寝巻を着ているが、今日はベージュのニット生地のワンピースを着ている。改めて、彼女の私服はほとんど見ることがないので少し新鮮だ。



「……あれ?聞いてる?」


彼女の服装をまじまじと眺めていると、槿が不安そうに私の顔を覗き込む。



「すまない。返事をするのを忘れていた。」


「え、なんで?」


「いや……。」


私はそこで言い淀む。


「もしかして、見惚れてた、とか?」


からかうように微笑む槿の言葉を否定しようとするが、あながち間違いではないな、と気付いて私は帰す言葉に困った。ので、話を切り替えることにした。



「そんな事より、どこか行きたい事はあるか?」


「今、話逸らした、よね?」


「……それで、どこか行きたい場所はあるか?」



元々そういう約束だったし、早めに『KBタワー』で買い物したとはいえ、既に8時を過ぎていた。彼女の体調の事も考えれば、あまり遅くなるのも良くない。別に話を逸らしたいだけではない。



槿が受けた検査の結果についてはまだ聞けていない。槿もきっと切り出す機会を窺っているだろうし、何より私がまだ聞く覚悟が出来ていない。帰り道にさりげなく連花にも聞いてみたが、彼も聞いていないようだった。



恐らく槿の様子から、そう悪い結果ではなかったのかと思うが、無理して明るく振舞っている可能性だってある。結局何もわからないままなので、槿から教えてくれるまで、私も出来るだけ普段通りを装う事にしている。



「逆に聞くけれど、どこか私を連れて行きたい場所とか、ない?」


「ないな。出来るだけ君に会わせたいと思っている。」


「それはそれで嬉しいけれど。私だって(りょう)が行きたい場所に行ってみたい、かな。」



そう言って、どこか楽しそうに顔を覗き込む槿の顔が少し赤い。そのせいで私まで気恥しくなり、目を逸らした。



「だが、今回は君の願いを叶えるためなのだから、私の行きたいところに行ってもあまり意味がないように思うのだが。」



「……それは、そうかも。」



納得したように頷き腕を組んで考え込むように目を瞑る。数秒後、あ、と呟いて、目を開き私の方を向く。


「また、海に行きたい、かも。」



『また』と言っているが、以前彼女と海に行ったのは随分前だ。確か5月だったような気がする。しかも、確かその時は心中しようとしていたので、あまりいい思い出とは言えない。


もしかして、あまり良い結果ではなかったのか、と嫌な予感がするが、出来るだけそれを表に出さないようにした。もしかしたら、彼女なら気が付いているかもしれないが、それでも出来るだけ気が付かれないように必死に押し殺す。



「ああ。わかった。ここから5分も飛べば海に着くが、近場でない方が良いか?」


「それでも、良いけれど。」



一瞬考えるようにして、彼女はいつものように微笑を携えて続けた。



「前行った場所と、同じ所が良いかな。」


「……別に、構わないが。何か意味があるのか?」



『例えば、つい先日の検査結果とか。』


喉元まででかかったその言葉を私は飲み込んだ。だが、一緒に心中しようとした場所を指定されるのは、流石に心中穏やかでは無い。平静を装う薄い仮面の下で私の内面はざわついていた。



「今なら、この前より素直に楽しめるかなって。今日はちゃんと靴を持っていくし。」



「……ああ。分かった。」



何故『今なら素直に楽しめる』のか、とは聞かなかった。恐らく、その答えはこの後彼女が答えてくれるはずだ。



「良かった。それなら、今すぐ行こうよ。」



嬉しそうに顔を緩ませて、いそいそと私が去年のクリスマスに渡した白いダッフルコートを羽織り、胸を弾ませる。


あまりの浮かれっぷりに私は先程までの不穏な胸騒ぎも忘れて思わず吹き出す。


槿に手を差し出すと、彼女が慣れた様子でその手を取った。彼女の腰に手を回し、槿を抱えて私は窓から飛び出し、羽根を広げた。


瞬く間に冬の澄んだ空気が私達を包む。手を伸ばせば届きそうな程鮮明な星が空に浮かんでいた。



「あ、ちょっと待って。靴持ってくるの忘れた。」


「……そう言えば、そうだったな。」



先程その話をしたばかりだったのに。私と槿は顔を見合わせて、お互いの間抜けさに声を上げて笑った。

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