第211話 君がいなくなった後は、
「言うに事欠いて、それですか。」
連花の声には苛立ちがこもっていた。恐らく覚悟を決めて言った言葉を冗談で返されたからなのだろうが、今回に関しては完全にお門違いだ。
「いきなりそんな事を言われて、真っ当な返事が返ってくると思う方がどうかしている。大体ーーー」
『吸血鬼』、という言葉を口にする寸前、周囲に人がいる事に気が付いて私は思いとどまる。
「ーーー私のような者が、聖十字教団に入る事が出来る訳が無いというのは、君だって分かっているはずだ。」
「そのあたりは、私が何とかします。こう見えて、日本国内ではかなり上の権力を持っていますから。……天竺葵大司教に話さえ通す事が出来れば、何とかなります。」
天竺葵というのは、確か彼の上司だったか。話を聞く限り掴み所のない人物らしいが、連花がそういう人間を言いくるめられるようには思えない。
「言っておきますが、今すぐ、という訳ではありません。」
「それを先に言え。」
「言うタイミングを逃したんですよ。」
「それに、別に『いつならば入信する』という話でもない。一体何故そういう話になったんだ?」
私の問いに、彼はまた言葉を詰まらす。そんなに言いづらい話を、わざわざここで持ち出す必要があったのか、とも思ったが、むしろだからこそこういう場で話したのかもしれない。何かわかりやすく、変化のある場所でなければ、こんな話をする機会が掴めない、というのも分からなくもない。
「この1年程あなたと模擬戦を続けて思ったのは、やはりきゅーーーあなた達の身体能力は、えー、私達とは、かけ離れている、いや、優れている?という事です。」
「なあ、帰りながら話さないか?」
周囲を気にしながら話すのにはどう考えても無理がある。それに、彼が言いたいことがいまいち伝わってこない。
「……それもそうですね。」
連花は急いで残ったパスタを掻き込み、紅茶を飲み干す。私も慌ててコーヒーを飲み干して、食器の乗ったプレートを持って返却口に向かう彼に付いていった。
ーーーーーー
「それで、何故そんな話になったんだ。」
周囲に人が居ないことを確認すると、私は再び先程の話を切り出した。
一度仕切り直したからか、連花はどこか気まずそうではあったが、もう既に本題を先程話したからか、そこまで躊躇わずに口を開いた。
「先程も少し話しましたが、この1年程あなたと模擬戦を続けて思ったのは、やはり吸血鬼の身体能力は、私達とはかけ離れている。もし、これが味方側の戦力であれば、と思っただけです。そうすれば、あなたも暇な時間を有効に使う事が出来るでしょう?」
突き放すような態度で彼はそう言い放つ。真っ直ぐ進行方向に目を向けながら、こちらを一瞥もしていない。
「嘘だな。」
「……全てがそう、というわけではありません。」
案の定、と言うべきか。あまりにも彼の態度は不自然だった。大体、吸血鬼の真祖に勝とうとしている人間が、そんな負けを認めるような事を言うとも思えない。
「今日一日、ずっと変だぞ。どうしたんだ一体?」
思えば、今日の彼はやたらと情けなかった。もしかしたらその事にも何か意味があるのかもしれない。
「今日一日?」
と思ったが、別にそういう訳でもないようだった。連花は訝しげな表情で私を見つめる。
「いや、なんでもない。とにかく、何故そんな事を言い出したのか、本当の理由を言ってもらわなければ首を縦に振る事も出来ない。」
私がそう言うと、連花はまた言いづらそうに苦い顔をする。一体何がそこまで言い出しづらいんだ、と考えた所で、私はある事に思い至った。
「……槿に関係する事か?」
その言葉に、連花は図星を突かれたのか目を見開く。彼の反応から、おおよそ言いたいことを察した。
「つまり君は、槿がこの世を去った後の私を案じてそういう事を言い出した、という事か。」
「……そういう、わけでは。」
力無く否定する彼の歩みが遅くなる。相変わらず、嘘が下手だ。神父らしいし、なにより彼らしい。
「なるほど。確かにそれなら、『今すぐ』という訳にはいかないな。」
私はからからと乾いた笑い声を上げて作り笑いをする。きっと、彼なりに気を使ってくれたのだろう。槿がいなくなった後の私が絶望の中死ぬ事が無いように、他の人間と関わることが出来る環境を作ろうとしてくれている。
本来敵である私を聖十字教団に勧誘するなんて、少し前の彼では考えられなかった。そう思うと、嬉しく思う。
「だが、きっとその時が来ても私が聖十字教団に入ることは無いだろうな。」
それでも、私の答えは変わらなかった。
「まあ、あなたはそう言うと思いましたよ。」
あれだけ言いづらそうにしていた割には大して落胆したようには見えなかった。どこかで私がそう答えるのを分かっていたのだろう。
「槿がいなくなったら、私は当初の目的通り死ぬつもりだ。この機会を逃したら、いつ死ねるか分からないしな。最も、君と交わした契約のおかげで、どうせ5年も生きる事はないだろうが。」
今でも、死ぬのは怖い。だが、槿がいない世界など、考えただけでぞっとした。そんな世界で生きるならば、死んだ方がましだ。
そう考えると、央の『死ぬためのヒント』は、つくづく私にとって正解だったわけだ。どこかマッチポンプのようなものを感じるが、それでも私は彼のおかげで、ようやくこの長い化物としての一生を終えることが出来る、とどこか安堵のようなものすら覚えた。
「……そうでしょうね。」
連花は、それ以上その事について話すことは無かった。
「そういえば、クリスマスパーティーに小春さん来ないらしいですよ。仕事が忙しいらしく。」
その代わり、急にそんな事を他人事のように言い出した。
「だったら君は、一体何のためにプレゼントを買ったんだ?」
「直接渡しに行くんですよ。……はぁ。今年は小春さんと一緒に過ごせると思ったのに……。」
急に肩を落として、とぼとぼと歩き出す。どうやら言葉に出すことでようやくその事を実感したらしい。
暗い夜道の中、彼を慰めながら帰路に着く私達を、吸血鬼とヴァンパイア・ハンターだとは誰も思わないだろう。
そんな事を思った。




