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槁木死灰の私から  作者: 案山子 劣四
あの日、私が遅れた理由

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第21話 私が彼に感謝する理由

「私の一族は、飢えに強い。普通に生きている分には、数十年に1度、1人の人間の血を啜れば生きられる。そして、今は樹海で自殺をしようとする者にのみ対象を絞っている。これから先、未来の無い命だけを対象に、だ。」


円卓の周りを歩きながら、彼は捲し立てる。


「それでも私達を殺す?結構だ。今回のように簡単にあしらえる程度なら、私達としては特に危害を加えるつもりは無い。だが、もっと多くの人員を導入して、本気で殺しに来られたら、どうするだろうか?何度も何度も、こちらが危害を加えない事をいい事に、殺しに来られたらどうだろう?」


彼は一果の後ろで止まり、首元で囁く。


「きっと、眷属を増やしながら、必死に抵抗するだろう。そしたら君たちは、かつての仲間と同じ顔をした化物と殺し合いをする事になる。」


不快そうに顔を避ける一果を見て、満足そうな顔をすると、また円卓の周りを歩きながら捲し立てる。


徐々にその声は、大きく張りを持ったものになっていく。


「もちろん私の眷属達も吸血鬼する必要がある。弱い眷属はすぐ怪我をする。怪我を治す為、人間の血を必要とするだろう。樹海の自殺者では賄えないなあ。そうだ、街で人を殺そう!幸い都心部にはゴロゴロ人間がいる。隠れる場所も豊富だ。ついでに自分の眷属も作ろうか。気が付くと雪だるま式に吸血鬼の数が増える。1人の吸血鬼当たり、2人の眷属が作れる。皆が眷属を作れば、2000人近くまで増える!きっとその頃には1つの街や都市は消えるくらいの人数が死んでいる。直ぐにグールの大行進が隣町を襲い、人々は阿鼻叫喚で逃げ惑う!気が付くと日本は吸血鬼に支配され、人間は数える程しか居なくなり、地上をグールが埋め尽くす、間違いなく!!!!……それが、だ。」


次第に大きな声で捲し立てていた彼は、指を立て、少し黙った後に、小声で囁く。


「余計な事をしなければ、数十年に2人で済む。しかも、もう死のうとしている人間だけだ。」


彼の演説の後、少し沈黙が流れた。


沈黙を壊すように、連花は言い返した。


「まず、自殺者のみを狙う理屈にも、見解の相違はありますが、そこはどう説明しようが貴様が納得するとは思えません。1度置いておきます。」


「聡明だねえ。」からかうように彼は呟く。


彼を睨んだ後、連花は続ける。


「後半の話に関してですが、一見正当な様に聞こえます。しかし、今少人数で済んでいるのは結局は、貴様等が『今そういう気分でないから』という、至極不確かな根拠でしかないわけです。」


彼の指摘は最もだ。それがこの後も続く事を証明する担保は何も持ち合わせていない。


「つまり、貴様等が生きている限り、一生吸血鬼による大量殺人のリスクを抱えながら過ごさなければいけない。そうですよね?」


「君の言っている事は何も間違ってはいない。だが、どうする?私を殺せるのかい?」そう煽る彼に、連花は何も言い返せない。


「とはいえ、私達も正面切って教団とやり合うつもりは無い。もうとっくにそう言うのは飽きてるんだ。信じてもらう気もないが、それは本心ではある。だから、こうしないか?」


「涼の『愛しの君』が生きている間は、休戦としよう。その間は、絶対に眷属を増やしたり、快楽を目的とした吸血をしない。」


そこ言葉を聞いて、私は思い切り机を殴り壊す。


大きな破壊音と、粉々になった机、もとい彼の分裂体が地面に散らばった。私の急な行動に、司教とシスターは目を丸くして、彼はにやにやと愉快そうに笑う。


「痛いじゃないか、一応これも私の身体なんだよ?」


「ふざけるな。何故ここで槿が出てくる?彼女は関係ないだろ。」


「ええ、私もそう思います。」連花は私に同意し、こう続けた。


「しかし、条件付きの休戦という案は呑まざるを得ないでしょう。あなた達を私の実力では殺す事ができない。悔しいですが、それは事実です。」


あなた達、と連花が言ったことに意識が向き、私は少し落ち着きを取り戻す。連花の話を聞く為に、再び座り直した。


「意外と冷静じゃないか。」


私も同じ事を感じた。あれだけ私達を憎んでいたにも関わらず、思いの他冷静に状況を把握している。


「あなたに褒められた所で反吐が出るだけです。」


連花にそう言われて、彼は嬉しそうにする。本当になんなんだこいつは。


「そしたらご褒美として、いつまで休戦かを君に決めさせてあげよう。どうだい、嬉しいだろう?」


「嬉しくはありませんが、そう言うのでしたら。」


本当に別に嬉しくなさそうに連花は続ける。


「アキレア、今は岸根 涼でしたか。彼が死ぬまで。それでどうでしょう?あなた達の条件は先程エディンムが言った条件で構いません。」


唐突に自分の名前が出た事に少し動揺するが、それを聞いて彼はさらに嬉しそうな表情をする。


「いいねえ、本当に君はいいよ。惜しいなあ、後300年早く君が産まれてたら。」


「おい、どういう事だ?」いまいち状況が掴めない。


「分からないのかい?君は本当に勿体ないねえ。逃げる時にしかちゃんと物事を考えないんだから。」


そうため息を吐き、彼は私に教える。


「司教君は、君への信じようって言ってるんだよ。」


「……は?」


全く意味が分からない。連花の方を見るが、彼は悔しそうに目線を逸らす。


「……あくまで、今はそれがベストだと言うだけです。」


「そう。確かに今はそれがベストだ。司教君は涼、君が僕のストッパーになると言う事を見越したんだ。君がいる限り、私の暴走は防げると踏んだ。忌むべき吸血鬼が、忌むべき吸血鬼を止める希望になると。そして、それを休戦の条件にする事で、君にそれを示したんだ。ま、君は気付かなかったけどね。」


そう言って彼はからかうように笑う。


「恨んでいる相手に、そう出来ることじゃないよ、本当に大したものだ。」珍しく、本当に彼は連花を褒めていた。


彼等の言っていることが分かった。。そして、胸に灯るはずのない何かが、熱く込み上がったような気がした。


彼、連花は、私の必死の訴えを信じたんだ。戦う気はない、話し合おうという訴えを、信じてくれた。許すべきではない、許されるべきでない人の血を啜る化物の言葉を、信じてくれた。


「ありがとう、連花。」頭を下げる。


忌むべき吸血鬼に感謝された連花は、どうすればいいか迷った様子だったが、


「何度でも言います。吸血鬼を許す気はありません。殺せるならば今すぐ殺したい。ですが、今の私にはそれが出来ません。だから、利用出来るものは利用する。それだけです。」


そう、感情を殺して私に言い放つ。


「分かっている。許さなくていい。許せる存在で無いことも理解している。私も死ぬ勇気が持てるなら、今すぐにでも死に、君の希望に応えたい。だが、それが出来ない。だから、せめて感謝の気持ちを伝えたい。」


それが、偽りのない私の本心だった。


「……そうですか。」連花が、そう言った。それだけで充分だった。


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