第208話 君に話したように、連花と買い物に行ったのだが。
もう夜の6時だというに、施設内は人でごった返していて蛍光灯はこういった場所にほとんど来る事がない私にはやたらと眩しく見えた。
すれ違う人にぶつからないようにしながら、私は連花の後に付いていく。
「それで、何を買うか決めていますか?」
「いや、何も決めていない」
信じられない、とでも言いたげな目を一瞬私に向けた。
「……もう一週間もないですよ?」
央にも連花にも同じような事を言われて立つ瀬がない。だが、一応私にも言い分はある。
「私なりに色々と考えたのだが、槿が何を喜ぶのかが分からないんだ。」
「まあ、そうですね。ですが、あなたが渡した物ならばどんな物でも喜びそうですが。」
「花束は断られたが。」
「この前聞きましたが、入院中だったからでしょう。今ならきっと大抵の物ならば喜んでくれると思いますよ。」
確かに、そうかもしれない。槿の反応を想像したが、安い物を渡した時も、高い物を渡した時も同じように喜んでいる槿の姿が見えた。だが、それではあまり意味がないような気がした。
「どうせなら、数多の選択肢から最も彼女が喜んでくれる物を選びたいじゃないか。」
「おや、意外とやる気ですね。先日まで『クリスマスプレゼント』という存在すら忘れていたのに。」
茶化すような口調の連花が鼻について私はそれに何も答えずに話題を変えた。
「そういう君は、椿木に何を買う予定なんだ?」
「冬ですから、マフラーにしようかと思っています。一応、ある程度どれにするかの目星は付けています。」
道理で、先程から足取りに迷いがないと思っていた。彼の事だから、恐らく下見なども済ませているのだろう。
「であれば、私は必要ないように思うのだが。」
「自分のセンスでいいのか、不安ではないですか。」
エスカレーターの左側に一列に並びながらそう言ってのける連花を見上げ、なんて情けない事を堂々と言うのか、と私は逆に感心する。
「それなら、桜桃姉妹の方が適切な気もするが。」
「……まあ、それもそうなのですが。」
おや、と彼の態度に少し引っかかる。何か意味があるのだろうか、とも思うが、意外と彼は抜けているし、ただなんとなく私を誘っただけの可能性もある。なのであまり深く考えないようにした。
何階かエスカレーターを上り続け、いまいち自分が何階にいるのか分からない程昇ると、どうやら連花の目当ての階に辿り着いたらしい。エスカレーター横にあるフロア案内を見ると、どうやら今私がいるのは8階で、婦人服のコーナーらしい。
自分と連花以外は店員含めてほとんど男はいない。いたとしても、彼女らしき相手の買い物に付き合っている人がちらほら見えるくらいだ。どことなく異物感を感じて、やはり桜桃姉妹と来た方が良かったのではないか、と思わずにはいられない。
だが、当の連花は一切その事について気にする様子はない。平然と何でもない様子で歩いていって、目当ての店の店内に入った。
そしていくつもマフラーが並んでいる陳列棚の前で、動きを止めた。
「……今更なのですが、マフラーをプレゼントにするというのは、『安上がりに済ませた』という印象を受けますか?」
急に不安そうな顔をする連花に思わず吹き出してしまいそうになる。必死に堪えながら、私は出来るだけ平静を装って答えた。
「椿木がそんな風に思うような気はしないな。君の言葉を借りるならば、『君が渡した物ならばどんな物でも喜びそう』だ。それに、畑仕事をするのならば、防寒着はこの時期使うのではないか?」
「そ、そうですよね……。」
神妙に頷き、並んでいるマフラーに手を伸ばす。その手は赤一色の生地が厚いマフラーの手前で止まり、再び彼は不安そうに私の方を向いた。
「……小春さんは、このマフラーが似合うと思いますか?」
「それは、自分で選ぶべきだと私は思うが。」
「もちろん分かっていますが、他人の意見を聞きたいというのは人情でしょう。」
今日の連花は随分情けなくて、本当に彼か疑ってしまう程だ。恋と言うのはここまで人を変えてしまうのか。私も気を付けなければならないな、と襟を正す。
結局、その後暫くそんな問答を続けた後、結局店員と連花が話し合い、先程の赤いマフラーにすることにしたらしい。
まさか、私が選ばれたのは、彼の情けない姿を見せてもいい相手として選ばれただけではないだろうな、と邪推する。




