205話 きっと、意味はあったのだろう。
彼が腕を振るうと同時に、『連なる聖十字架』は姿を消す。もはや私の目でも追う事が出来ないそれを、腕の向きと手首に注視して私は上方に躱した。
だが、それを読んで連花は十字を手前に引き寄せ、私を追撃するのを躱す。更にそれを彼は読み、追撃。それが繰り返される。
距離を詰めようと近づこうとしたが、彼の追撃をかわしている間、彼に距離を取られるせいで近づくことが出来ない。出会った時は『連なる聖十字架』に振り回されていた彼が、随分上達したものだ、と感慨深い思いに浸る間もなく彼の聖十字が私を狙い続ける。
最近、時折聖十字を振るう彼の姿が、過去に出会ったヴァンパイア・ハンターと重なる事がある。吸血鬼を殺す為にのみ生き、吸血鬼を殺す事が使命だと信じている、私にとって、恐怖の象徴のような、彼等に。むしろ、彼等と違い『聖十字の奇跡』を使える分、連花の方が厄介である可能性はある。
それでも、央に勝つ未来が見えない。私と力を合わせても、全く。
「防戦一方の割には随分余裕そうですね!」
私を煽るように言った後、右薙ぎに合わせるように彼は身体を回転させる。『あれ』が来る。察した私は、急いで彼から離れる。
瞬間、私の身体は右に弾かれた。遅れて鈍い痛みと音が私の身体を通り抜ける。連花の全体重と遠心力を乗せた、彼が『一閃』と呼ぶその技が私を胸部を僅かに掠めた。それだけで、私の身体が飛ばされる程の衝撃と速度は、まさに一閃だった。
「くっ!」
地面を引きずりながら必死にブレーキを掛けながら連花に目線を向ける。反動で彼が姿勢を崩しているのを見て、私は止まる力を利用して連花に駆けた。
反撃が間に合わない事を悟った彼は、距離を取りながら私と自分の間に結界を張る。思い切り殴るが、一撃では壊れなかった。もう一度殴った瞬間、結界は砕けた。が、それと同時に貫くような軌道で彼の聖十字が私を狙う。
私はそれを左に躱した。
「さっきの『一閃』当たりましたよね!?」
卑怯だ、とでも言いたそうな口調で、連花は再び私から離れるようにしながら、手首を切り返して後ろから私に追撃を加えた。
「掠めただけだ。」
追撃を躱して、彼の隙を伺うが近づけそうにない。
「死にはしない。」
「そうですか。それでしたら、素直に認めるまで当てて見せますよ。」
「よく言う。まだ一発しか当たっていないぞ。」
「こっちはまだ近付かれてもいませんよ!」
そう言いながら、彼は『連なる聖十字架』を振るった。
ーーーーーー
「今日は勝てると思ったのですが……。」
地面に寝そべり、息を切らしながら悔しそうに連花は呟いた。冬場とは思えない量の汗をかく彼からは湯気が昇っていた。
「やはり、長期戦になると君達は不利だな。」
あれから1時間後、体力が切れて動きが鈍くなったところを私が接近し、連花は防御が間に合わずに負けた。
「これでも、体力はある方ではあるのですが……。」
実際、彼の言っている事は間違いではないだろう。10数mある金属の鞭を全力で振り回しながら、1時間以上動くのは、私でも流石に疲れそうだ。それが出来る時点で、彼は十分こちら側だ。
「それにしても、今回は分身を使いませんでしたが、何か理由が?」
身体を起こしながら、連花は私に訊いた。『手を抜いたわけではないだろうな?』と言いたげな目をしていた。
「最近気が付いたのだが、分身をすると身体の強度が落ちるんだ。本来耐えられる衝撃でも崩れそうになる。君相手ならあまり関係ないのだが、央相手だと影響がありそうだからな。」
「悪かったですね。簡単に耐えることが出来るような威力の技しか出せない雑魚で。」
「そういう話はしていない。純粋に、銀製の武器を喰らったら私は強度など関係なく死ぬからな。それに、一撃の威力は央より君の方が高いと思う。」
「そ、そうですか。」
拗ねたような仕草をしているが、どこかその表情は嬉しそうだ。素直に気持ちが悪いが、それは言わない事にした。
「全く話は変わるのですが。」
汗が冷えてきたのか、少し寒そうにしながら、再びストレッチを始めた連花はそう切り出した。
「槿さんへのプレゼントは何か考えておりますか?」
言われて私は気付く。
「そう言えば、クリスマスはプレゼントを贈るものだったな。」
「それ以外何があるんですか……。その様子だと、槿さんにプレゼントとか贈った事とかないでしょう?」
「いや、出会って2回目の時に赤い薔薇を送った。」
「思いの外積極的ですね。」
「『いらない』と言われたが。」
「なんですかその話。後でちゃんと聞かせてください。」
話が脱線しているのに気付いた連花は、小さく咳払いをして、真面目な表情で続けた。
「もしよければ、今度一緒にプレゼントを買いに行きませんか?」
「え?」
私は耳を疑う。私と、君が?確かに仲良くはなったが、吸血鬼とヴァンパイア・ハンターという事に変わりはない。見ると彼もその事は理解しているようで、少し恥ずかしそうだった。
「仕方がないでしょう。生まれてこの方、女性にプレゼントを贈った事が無いのですから!」
ああ、と私はそこで合点した。彼は椿木へのプレゼントを一緒に選んでほしいのだな、と。
……本当に、その人選は私でいいのか?一度プレゼントを『いらない』と言われた私で。




