第204話 暇だった私は、彼に。
「という事なんだが、私と槿は恋人という関係でいいのだろうか。」
「知りませんよ。勝手にしてください。」
呆れ果てた声で、手足を軽く揺らすように動かしながら連花はそう言った。
「私と槿よりは君の方が俗世間的な価値観には詳しいだろう。」
「貴方は槿さんをどう思っているのですか?」
「好ましく思っている。が、それはそれとして変わった人間だと思っている。」
「……。それでも、恋愛への興味や知識は私以上にあると思いますが。」
「否定はしないのか?」という私の問い掛けを、両肩を大きく回す動作で無視をして、連花は続けた。
「それに、そんなの告白すればそれで解決する事でしょう。告白という文化がない所から来た貴方からすれば、違和感があるかもしれませんが。もう250年もいるのですから、郷に従わせる側でしょう貴方は。」
「その250年間、ただ気の合わない化物とだけ関わって暮らしていたのを『郷に入った』と言うのならば、そうだな。」
私がそう言うと、急に木々のざわめきが良く聞こえるようになった。身体に纏わりつく冷たい空気は、今が12月の寒空の下だから、というだけではないだろう。
「とにかく、告白をするのが一番手っ取り早いと思いますよ、私は。」
「それもそうだが、『一緒に行きていこう』と誓い合って、今更告白と言うのもおかしくはないか?」
「それが告白ですよ。むしろ貴方達がその事に疑念を抱いている事自体おかしいと思いますが。」
「誓ったのが、生きるか死ぬかの瀬戸際だったからな。自業自得だが。」
「ええ。どちらも自業で自得でしたね。お互いの業も分け合っていましたが。」
指を組んで肩を伸ばすストレッチをしていた連花はそれを辞めて、私を冷めた目で睨みつける。その目は、『自分は今でもあの時の事は許していないからな。』と雄弁に語っていて、まさしく墓穴を掘ってしまった事に気が付いた私は慌てて話を戻した。
「だが、告白をするというのは確かに悪い手ではないな。このまま曖昧な関係を続けるのもどうかと思うし、機会があればそうするのも悪くないな。」
分かりやすく話を逸らした私を、再び呆れたような目線を向け、小さくため息をついて彼は再びストレッチに戻る。そんな彼の様子を見て、私は内心胸を撫でおろした。
「というか、どうしたんですかいきなり。」
膝を何度も屈伸させながら、連花は私を怪訝そうに見つめる。どことなく表情と動作が合っていないので奇妙だ。
「仕方ないだろう。君がそれをしている間は暇なんだ。」
先月頃から、私との模擬戦前に彼はストレッチをするようになった。最初の方こそ彼の動きが見慣れないものだったので興味はあったが、毎回5分近くこの動作をやるものだから、とっくに飽きて、今では暇で仕方がない。
「冬は特にストレッチをしないと怪我をするリスクが高まります。いつエディンムが襲ってくるか分からない以上、出来るだけそれは避けなければなりませんから。」
「そういうものなのか。」
「そういうものです。」
振り上げたつま先を対角の指先で触りながら連花は答える。人間の身体にはあまり詳しくはないし、彼がそう言うのならばきっとそうなのだろう。
「そういえばこの前、央がクリスマスパーティーに参加したがっていたな。勿論私は断ったが。」
「はあ!?」
彼も意外だったのだろう。目を見開いて、信じられない、と言いたげな表情を見せた。
「最後には『参加する気はない』とか、負け惜しみとも何ともつかない言葉を言っていたから、来る事はないと思うが、正直何故そんなことを言い出したのか、気にはなるな。」
「ええ、そうですね。槿さんとエディンムの約束もありますし。」
「なあ。いい加減、その約束を私に教えてくれてもいいだろう?」
以前、何か2人は約束をした、と言う事を央から聞いたが、その内容は槿は何故か私には教えてくれなかった。その事を央に伝えると、彼も面白がって私に言わないようにしているせいで、私だけ蚊帳の外のような扱いを受けていた。
「色々と理由がありまして。時が来ればお教えしますから。」
そう言われても、気になるものは気になる。が、無理に聞き出すのも違うような気がして、毎回腑に落ちない思いだけが残る、と言うのを繰り返していた。
「とにかく、もしエディンムが何かを考えていたとしても、対応出来るように準備はしましょう。そろそろ準備運動も終わりましたし。」
カバーに包まれた連なる聖十字架を取り出して、彼は構えた。
「まあ、それもそうだな。」
私は立ち上がり、軽く伸びをすると、コートを羽根に変えた。




