第201話 p.s.そういえば、彼はこんな事を言っていた。
「そういえば、誕生日おめでとう。」
画面越しの不愉快な顔が、不愉快な笑みを浮かべて嘲笑うように私に伝える。そういえば、一年前もそんな事を彼は言っていたな。だが、あの時程苛立ちはしない。それも、槿のおかげだろう。彼女のおかげで、私は僅かだが前向きになれた、ような気がする。
「進歩がないな、君は。というか、私が吸血鬼になった日は明日だ。」
呆れたように見つめる私に、彼は嬉しそうな笑みを見せる。6月頃からずっと機嫌のいい央がいい加減に鬱陶しい。値踏みするように、パソコンの前で指を組み、そこに顎を乗せた彼の口角は上がっていた。
「いいじゃないか。変わらないというのも悪くない。4000年も生きると、無性に昔が恋しくなるのさ。君だって、きっとすぐに『このまま、変わらなければいいのに』と思うようになるさ。例えば、愛しの君の事とか。」
央のその言葉に、心の奥が痛む。槿はまだ元気そうだが、彼女の余命は、出会った時は一年と言われていた。出会って一年経った今、槿はいつ死ぬとも限らない。
「……槿は、自分の死を受け入れている。」
「眷属にしてしまえばいいじゃないか。そうすれば、君と彼女は永遠に生きられる。」
彼の言葉に、ない心臓が動機を打つ。その事に、考えが至らなかったわけではない。けれど、私と同じ苦しみを彼女に背負わせたくはなかった。それに。
「私達は連花と約束しているだろう。『食事目的以外の吸血はしない』と。」
ついでに言うと、そもそも私は吸血自体出来ない。連花とそういう契約を交わしている。つまり、私はもはや永遠に生きる化物ではない。そう遠くない未来に死ぬ化物になる事が出来た、というわけだ。
だが、そんな私の考えを覆すように、央は平然と言ってのけた。
「そんなの、司教君を殺せばいいじゃないか。」
「は?」
「あれ?言ってなかったかな?契約を交わした人間が死ねば、そもそも契約は破棄されるんだよ。ちなみに、契約を交わしたのは私だから、私が死んでも破棄させるよ。」
「そう、なのか。」
初耳だった。当然、だからといって『それなら連花を殺すか。』とはならないが、そういう選択肢が自分に生まれた事自体に嫌悪感を覚える。それに、つまり私は永遠に生きる可能性がまだ残っている、という事だ。
その事も私を気落ちさせた。
「もしどうしても愛しの君を化物に変えたかったら司教君を殺すといい。あ、私でも構わないよ?出来るのなら。」
出来るわけがない、という自信に満ちた笑い方に腹が立つ。だが、それは間違っていない。
この6ヶ月で私と連花は相当力をつけたと思うが、それでも私達2人で央を殺す事は不可能だろう。それ程までに実力に差がある。
「生憎、そんな予定は無い。」
「へえ、死ぬと分かっている想い人をそのまま殺すのかい?酷いねえ。どうでもいい人間を、1人殺すだけで、2人幸せに生きていけるというのに。」
連花はどうでもいい人間ではないと彼に言い返そうかかとも思ったが、言ったところでどうせ無駄だ。かえって彼を喜ばすだけで、私の苛立ちは募るばかりだ。
画面の右下に目をやると、6時と表示されている。
「もう6時だ。そろそろ切るぞ。」
時間を口実に、私は電話を切ろうとする。すると彼は、思い出したかのように口を開いた。
「最後に、一つだけいいかい?」
「……なんだ?」
ろくな事を言わないだろうな、とこの時点で私は察していた。なんでもないような表情しているが口の端が上がっているし、何より彼は央だ。そもそもろくな存在では無い。
「今年もクリスマスは、何がするのかい?」
彼の口から出た言葉から、思っていたよりロクでもない事を言われる予感がした。
「……一応、教会でクリスマスパーティをやろう、と言う話になっている。」
「へえ。それは私も行っていいの「駄目だ。」
「……まだ言い切っていないじゃないか。」
少し拗ねたように口を尖らせる彼に、私は嫌悪の眼差しを向ける。
「君が来てはいけない理由はいくつかあるが、一番大きな理由としては『皆が君を嫌いだから』だ。もちろんそこには私も含む。」
「つれないなあ。」
嬉しそうに笑いながら彼は言った。流石に本気ではなかったのだろう。落ち込んだ様子は見えなかった。
「まあ、君がそう言うのは分かっていたよ。ただ、今年のクリスマスイブは木曜日だからね。折角だし、と思っただけさ。」
「そもそも、吸血鬼がクリスマスを祝おうとすること自体が間違っていると私は思うのだが。」
「それを言ったら君もだろう?」
「……それは、そうだが。」
そう言われると、返す言葉もない。
「大丈夫。彼等主催のパーティに参加するつもりはないさ。私は私で楽しくやるつもりだ。」
彼が1人、樹海でクラッカーを鳴らして七面鳥にかぶりつく様子を想像して、少しだけ心が痛む。が、間違いなく私が彼に心を痛めつけられた事の方が多いのだから、誘う気にはなれなかった。
「そうか。お互い楽しいクリスマスになるといいな。」
「そうだね。じゃあ、また次の木曜日に。」
そう言うと、彼は通話を切った。
何処まで本気なのかは分からないが、『パーティに参加するつもりはない』と口に出して言っているのだから、少なくとも彼はそれを破れないはずだ。私はひとまず安堵した。
彼が何故そんな事を言い出したのか気にはなったが、きっと今悩んでも答えば出ないだろう。私は大人しく眠ることにした。




