第20話 吸血鬼と人間が話し合う理由
決着が着いた後直ぐに、彼は魅了と催眠を解除した。
二葉というシスターは魅了を解除された後も、少しの間意識が曖昧そうではあったが、すぐに普段の様子に戻ったのか、一果と呼ばれていたシスターは泣きながら彼女を抱き締め、傍らで司教はほっと胸を撫で下ろしていた。
二葉は困惑していたが、話し合いになった事をとりあえず承知したようだ。
彼は私を拘束していた分裂体も戻し、それを円卓と5つの椅子に姿を変えた。
「さあ、立ち話もなんだから、座って話そうじゃないか!メイド・イン私だよ!」
私達4人の地獄のような空気を無視して1人楽しそうにはしゃぐ彼に、各々が凍えるような視線を送る。
負けを認めたからか、司教達は意外にも素直に椅子に腰をかける。
私は、正直彼製の椅子に腰をかけることなどしたくなかったのだが、折角纏まりそうな話をご破算にしたくないので、諦めて座る。
「まずは自己紹介から、真祖にして最も永い刻を生きた吸血鬼、『適応のエディンム』。それが私だ。今は『藍上 央』なんて名乗ってるけどね。」
そう言って肩を竦める。彼に手で促されて、私は素直に自己紹介をする。
「岸根 涼だ。今年で300歳。セルビアで吸血鬼になった。彼の、第一眷属だ。」第一眷属、その言葉に3人が騒めく。
「第一眷属?第一眷属と真祖がまだ生きていたということですか!?しかも、300年前ということは『キシロヴァの悪夢』の!?」
眷属の第一とか第三とかは、どれだけ真祖に近いか、という事を表す単位だ。
真祖の眷属であれば第一、第一眷属の眷属であれば第二で、以下は第三、第四と続き、第十まで存在する。
ちなみに、第十眷属が人間を吸血し、眷属を作ろうとすると、処女であろうが、童貞であろうが、グールになる。
そして、数字は少ない程、つまり真祖に近い程吸血鬼の血は濃くなり、当然力も増す。
その最上位が生きていたという事は、ハンターからすれば忌むべき事実だ。
「まあ、そういう事になる。」『キシロヴァの悪夢』がなんだか知らないが、とりあえず同意した。多分、それだ。
「『悪霊エディンム』と『恐怖のアキレア』が今も生きていたとは…………。」信じたくなかった。そんな様子で司教は頭を抱える。
『アキレア』は確かに過去に名乗っていた名前だが、『恐怖の』などと言う2つ名を着けられていたのは初めて知った。
過去に私を襲ったハンターはさぞ驚いた事だろう。『恐怖のアキレア』が、まさか自分に恐怖して逃げ出す等とは思ってないはずだ。
私の2つ名に彼も思わず吹き出していた。司教とシスターは、彼を訝しんだ目で見るが、面倒なので私は何も言わない。
「何故、今日まで姿を見せなかったのですか?海を渡った手段は?」
「質問は自己紹介の後に受け付けようじゃないか。次は司教さんだよ。」笑いを堪えながら、彼は再び場を仕切る。
露骨に何か言いたそうではあったが、観念した様子で喋り始める。
「そちらの吸血鬼には先程も言いましたが。サリエル・連花 黎明。司教です。今年で22歳になります。」
「22歳とは随分若いねえ。それで司教とは大したもんだよ。本当に。」
皮肉がたっぷりと込もった口調で彼は言う。連花は思い切り歯を食いしばりながら、彼を睨みつける。
「相手にするだけ無駄だ。そうやって君をからかって楽しんでいるんだ。」
「分かってます。けれど……!」そうやって苛立つ気持ちはとても分かる。私も何度もやられてきたからだ。
「次、どちらでもいい。」会話の流れを変えようと、私はシスターに自己紹介を促す。
「じゃあ、私。桜桃 一果。歳は司教サマと一緒で22歳。司祭やってマス。」
一果は、未だに警戒した様子で、自己紹介をする。当たり前だ。あんな事の後で、朗らかに話せる訳などない。
「あの、未だに状況がわかってないんですが……?」
先程軽く説明を受けていたが、やはりまだ困惑しているらしい。魅了されていた事と、その時の行動は伏せたまま説明されていたから、話が飛んでいるのも大きい。
「後で説明するから、次、二葉の番。」一果は二葉に指示する。
「まあ、いいけど……。桜桃 二葉です。歳は22歳。一果の双子の妹です。司祭をしてます。」
「君、さっきまでと喋り方違くない?」空気を読まずに彼は訊ねる。
「は?さっきまで……?」
「気にするな。」面倒だ。そう思い本題に入る。
「自己紹介も終わった所で、君達の質問に答えたい。何が聞きたい?」
「では、まず1つ目です。あなたは、この病院で何をしていて、何をしようとしていたのですか?」連花は私を見て問い質す。
なんと答えようか。できることならここで槿の名前を出す事は避けたい。吸血鬼と人間のゴタゴタに、彼女を巻き込むのは違う気がした。
「『愛しの君』に会いに来たのさ。」彼は平然と答える。
「おい、央!!」私の気持ちは察している筈だが、彼は気にせずに言った。
「君たちの為さ。ここで下手に誤魔化そうとすれば、どうしても不自然になる。『李下に冠を正さず』って言うだろう。疑わしい行動はしない方がいい。今は誠意を見せる時だ。」
急に真面目な調子で、彼は言う。鼻につくが、確かに正論だ。
どちらにせよ、能力を病院で使用した時点でどんな言い訳をしようが疑われる。後で調べられて槿との関係を知られるくらいなら、今喋ってしまった方がまだ幾分かマシだ。
私は諦めて、何故病院に来ているのか、催眠を使用した訳を包み隠さずに話した。
「つまり、余命幾ばくかの彼女の為に能力を使った、そういう事ですか。そして、貴様は彼女が死ぬ後を追うつもりだと。」全てを聞いた後に、連花は総括した。
「まあ、そうなるな。」そう言われると、まるで美談のように聞こえる。
連花は半信半疑ではあるが、とりあえずは納得したようだ。
「じゃあ私からも1個質問いいデスカー。」
手を挙げて、気だるそうな調子で一果は質問する。
「今まで生きてるってことはさ、人を殺してるんだよね?」
鋭い視線を私と彼に向ける。であれば、貴様らは人類の敵だ、とでも言いたげだ。
「その質問には私が答えようじゃないか。」彼がまだ真面目な調子で続ける。
「一言で言うと、『はい』だ。私達は所詮血を啜る化物さ。だが、それは私達を殺す理由になるだろうか?」
「いや、なるでしょ。何開き直ってるの?」一果は苛立った様子で彼を睨む。
「聞き方を変えよう。多くの犠牲を出してまで、私達を殺す必要はあるのか?」




