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槁木死灰の私から  作者: 案山子 劣四
君と、初めてのクリスマス

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第10話 初めての失敗と、初めての成功

クリスマス前の日曜日、槿と別れてから、しばらく繁華街の方を歩いて何かいい場所がないか探した。


外に出たい、と言う槿の願いを叶える。それだけならば、催眠を使えば何とかなる。


彼からは教団の話をされたが、良く考えれば仮に彼の腕が教団で保管されていたとして、200年近く姿すら見せない化物をそこまで本気で追いかけている人間がいるとは思えない。


能力を多少使った程度では特に問題がないだろう。が、連れ出したところで、「はい外に出たね、病室に戻ろうか。」では、いくら彼女でもがっかりするだろう。


それにしても、『特別な事をしたい、という気持ちが愛すると言う事だと私は思うのだが。』と大分その場しのぎで言った理由がまさか彼女を納得させると思っていなかった。


兎にも角にもそのおかげで彼女の望みが聞けた。まあそのせいで今苦労しているのだが。


しばらく歩いたが、特にこれと言う店等が見当たらない。居酒屋や、喫茶店等の店は、入院患者には適さない気がするし、ゲームセンターなども彼女が楽しむイメージが湧かない。


そもそも、ほとんど引きこもりの上、彼女の病院は家のある場所から直線距離で60キロメートル程離れているこの辺の女性が好みそうな場所に詳しい訳など無かった。


一応手持ちのスマホでも調べたが、特に観光施設も近場にないらしい。あったとしても、夜の12時近くまで開いているとは思えないが。


しばらく歩いていると、「あれ、この間のプロポーズのお兄さんですよね!?」と言う声が聞こえる。


最初、自分を指している事に気付かず、気にせず歩いていたのだが、「お兄さん?」と先程より近くで声が聞こえる。


何処かで聞いたことがあるような声の気がして、声の方向を見ると、小柄の女性が私の方に向かって話し掛けていた。誰だ?と思うが、ふと思い出す。


「ああ、この前の花屋か。」


確か、この前薔薇を買った店の花屋だ。確かにプロポーズと勘違いされたのを否定しなかった覚えがある。


私を認識出来ている事も納得だ。彼女とは一度縁が出来てしまっているため、私を見ることができる。


「そうですそうです!花屋です!どうでした?この前のプロポーズ!」顔を輝かせながら、彼女は私に聞く。


仮に本当にプロポーズで、失敗していた場合彼女はどうするつもりなのだろうと疑問に思う。実際プロポーズでは無いが、失敗している。


「失敗した。」否定するのも面倒だし、今はあまり時間が無い。そう言って会話を終わらそうとした。


「え、なんでなんですか!?お兄さんこんなにかっこいいのに!」


気まずそうにする訳でもなく、純粋に彼女は聞き返してきた。特に他意があるようにも見えない。長槍を抱えて特攻するような、玉砕覚悟のコミュニュケーションに思わず慄いてしまう。


面倒だから逃げてもいいが、ふと思い立った。どうせ槿を連れて行く場所に心当たりがないのなら、彼女に聞くのはどうだろうか。


歳も20代前半に見えるし、槿とそう歳も遠くない。もしかしたら、どこかいい場所を知っているのかもしれない。


「実は、あの花はプロポーズ用じゃないんだ。入院している彼女へのプレゼント用で買ったんだ。」


大枠は真実を話して、説明が面倒臭い所は嘘をついて話す事にした。


「え、彼女さん入院してるんですか………!?どうやって夜お花を届けたんですか!?あと入院患者に赤い薔薇の花束は流石にやめた方が良くないですか!」


疑問が尽きないらしい。


通行人にジロジロと見られるのも鬱陶しかったので、繁華街を歩いている時に見つけた公園で話さないか、と伝えて、場所を移動して話した。


というか、入院してる人に赤い薔薇はダメだったのか。そこでも失敗していた事に少しショックを受ける。


「実は、そうなんだ。余命1年らしい。昼間は仕事で会えないから、病院に特別に許可を貰って彼女に夜会面会に行っているんだ。」


出来るだけ、切ない表情を浮かべながら私は言った。すらすらとよくそんな嘘が思いつくものだ、と自分でも思う。


言葉で人を誑かすというのは吸血鬼らしくもあるが。


「彼女さん……死んじゃうんですか……!?」


こうも純粋に騙される彼女を見ていると、少し心配になる。人間はこんなに単純だったのだろうか。あと流石に『死んじゃうんですか』は特攻が過ぎないだろうか。


「ああ……。実はその彼女、槿が、言ったんだ。『クリスマスだけでもいいから、病院を抜け出して、あなたと一緒にいたい』って。」


「彼女さん槿さんて言うんですね……。めっちゃ切ない話じゃないですか……。」


そう言いながら彼女は既に泣き出していた。


「せめて、その願いは叶えてあげたい。実は、病院を抜け出す算段はついたんだ。だが、この辺りの地理にあまり詳しくなくて。どこか、槿が喜ぶような場所を知らないだろうか。」


そう言って、本題に切り出す。


「任せてください……!絶対彼女が喜ぶ場所を見つけて見せますから!!」


最早号泣の域にまで達した彼女はそう言うが、慌てて私は「いや、知ってたらでいいんだが。」と伝える。


「ちなみに病院ってここから1番近いあそこの病院ですよね?」と、名前を確認され、確かに槿の入院している病院だったので肯定する。


「入院されてるって事は、あんまり身体丈夫じゃないんですよね……。抜け出すって訳だしあんまり遠い所はダメですよね。そう言えば、失敗したって事はあんまりお花は好きじゃなかったんですか?」そう言われて思い返す。


「いや、花自体が嫌というより、『病室に持ってこられても……。』って感じだったな。」


「じゃあお花は特に嫌いじゃないんですね……。あ!そしたら、私のおじいちゃんとおばあちゃんの家裏の農園とかオススメなんですけど!」


妙案を思い付いたかのように、彼女は言った。


「ん?家?」急な提案に思わず戸惑ってしまう。


「お店で扱ってるお花なんですけど、実はおじいちゃんとおばあちゃんの家の農園で扱っている露地栽培の花がほとんどなんですよ!種類によっては他の所から仕入れたりもしてるんですけど!で、めっちゃ綺麗なんできっと彼女さんも喜んでくれると思います!1回今から見に行きましょう!ここから車で20分くらいなんで!」


彼女の勢いに押されるまま、車に乗り込む。ミラーに映らないことを不審がられないか内心少し不安だったが、幸い気付かれなかったらしい。


車内でした会話によると、彼女の名前はは椿木つばき 小春こはると言うらしい。


「彼女さんに申し訳ないので椿木って呼んでください!」と言っていた。


実家では彼女の祖母と祖父が農園を営んでおり、両親は全く別の仕事をしていて、農園も継ぐ予定は無いらしい。だから、祖父母が亡くなったら自分が継ぐつもりだ、と言っていた。


さほど興味が無かったので、適当に相槌を打っていたのだが、「もうすぐ1時になるが、今から実家に言って迷惑にならないのか?」


と聞くと、彼女は「大丈夫です!自分のおじいちゃんとおばあちゃんなので!」と自信満々に答えた。


本当に大丈夫なのだろうか。


彼女の祖父母宅に着くと、「農園はこっちです!」と車から降りるなり彼女は私を誘導した。


家の裏庭の森の一角が農園となっており、確かに綺麗な光景だった。もしかしたらここなら槿も喜んでくれるかもしれない。


「綺麗だな。」


「ですよね!おじいちゃんとおばあちゃんめっちゃお花のお世話頑張ってくれてるお陰なんですよ!」と誇らしげに彼女は言う。


「後日25日の夜来てもいいか祖父母の方にお伺いしたいのだが、連絡先を教えて頂けないだろうか。」


「え、24日じゃないんですか?」


「そうなのか?」


どうやら、一般的には24日の夜にクリスマスは祝うものらしい。私の勘違いだったと椿木に伝えて、改めて祖父母に繋げて貰えないだろうかと聞く。


「いいですよ!そしたら善は急げです!今からお家行きましょう!」


と彼女は言って持っていた鍵でドアを開ける。


上がり込む彼女に、「入っていいのか?」と確認し、「大丈夫です!」と許可が降りたので入るが、間違いなく大丈夫ではない気がする。


祖父母は寝ているんじゃないかという思いと、こんな夜中に行っては相手を不愉快な思いにさせてしまうのではないかという気持ちが私の胸に過ぎる。


案の定寝ていた祖父母を起こして、彼女は私の事情を説明し、「そんな訳で、24日の夜農園に2人を入れて上げて欲しいんです!」と訴えた。


昼行性の人間を夜中に起こすのは少し心苦しい。


「まあ、そう言う事情ならいいよ。なあ、婆さん。」


「そうね、彼女さんの思い出として私達の農園が残るなら素敵な事だわ。」


2人ともあからさまに眠そうではあったが、そう言って許可を頂いた。


「あ、でもな、お前さん。」椿木の祖父が私にそう話し掛ける。


「24日来る時は、私達をわざわざ起こさんでいいからな。寝てるから。」


「やはりそうですよね。本日急にお邪魔して申し訳ございません。」思わず敬語で謝ってしまう。


「謝る事はないよ。どうせこの子が無理矢理連れてきたんだろう。」


仰る通りだ。この口ぶりから似たようなことは割とあるのかもしれない。


とにかく、このような経緯でここを見つける事ができた。結果として、薔薇を買った事は間違いではなかった、と思いたい。

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