第七話 決めた
亮子ちゃんの病院からの帰り道。
サンクは夜の高速を滑らかな排気音とともに疾走する。
追い越し車線に入り、トラックをパスする。アクセルを踏むと過給機の音が響いた。
帰りの車の中、ずっとわたしは今日みんなと話したことを思い出していた。
やっぱり、みんなに会いに行ってよかったな。
一通り回顧が終了したところで、今度は今までの自分を振り返ってみる。
わたしはどうして獣医になったのだろう?
もう、昔のことすぎて思い出せないな。
なら、獣医になって、その後何がしたかったのだろう。
ジャンクションで左に大きくカーブする。速度を落とさず、パワステのないハンドルを押さえ込む。もうすぐ出口だ。
代診で病院に勤め始めて、毎日がほんとに忙しくって。
開業して、休日も夜中も働いて、毎日病院で過ごして・・・。
出口へのアプローチ。アクセルを煽り、5速から4速へ入れる。
ほんとに、いったい何がしたかったんだろう。
いつも病院のことを優先して、患者さんのことを優先して・・・。
速度を落とし、ETCのゲートを抜け一般道へ。
結局、そうすることで自己満足してただけじゃないのかな。
仕事が好きなままなら、それでも良かったのかもしれない。
けど、今は仕事から逃げ出したい気持ちの方が強い。
もう、なんのために獣医をやっているのかわからない。
今日、みんなに会いにいく前、みんなの病院に行ったら、みんなの姿を見たら、昔みたいにわたしもがんばらなきゃって、やる気が出るんじゃないかと期待していた。
みんなはすごく頑張ってるけど、期待に反してわたしはそんな気には全くならなかった。
どーしてだろう?
赤信号で止まる。
みんなの話を聞いて、動物病院って獣医がいるだけじゃダメなんだなって感じた。
開業して、当たり前のように院長になったけど、院長っていうのは、獣医師でもあるんだけど、それと同時に経営者なんだよね。
経営者は、ちゃんとその組織が続いていく術を考えないといけないんだ。
わたしは、かろうじて院長にはなれても経営者にはなれなかった。
ああ、ひょっとして、院長にもなれていないのかも。
ずっとずっと、単なるひとりの獣医師だったんだ。
信号が青に変わる。
わたしの病院に着く頃には、考えすぎたのか頭は虚脱していた。
駐車場にサンクを入れる。
車から降りると、病院には入らず正面にまわり、夜空を背景に暗闇の中でうっすらと浮かぶ病院を見上げた。
病院が建って引っ越した夜も、こうして病院を見上げたっけな。
そんなことはついこの間のように思い出されるのに、その時の気持ちの高ぶりはもう感じられなかった。
ああ・・・、なんだか、魔法が切れた感じ。
魔法が切れて見える世界は、もう今までのように色付いたものじゃない。
もう、わたしの心はその世界にはないんだ。
見上げた病院の背景で、一瞬、星が流れた。
いや、気のせいだったかもしれない。
わたしはゆっくりと深呼吸をした。
決めた。
わたしは病院を辞める。