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第五話 真紀ちゃん

 

 車の時計を見ると、10時55分を表示していた。

 「ああ、向こうに着く頃はお昼過ぎちゃうな。午後から手術入っていないといいけどな」

 次に向かう先は、真紀ちゃんの病院。

 途中にあったコーヒー屋さんで、ちょっと高めの豆を挽いてもらってお土産とした。


 

 真紀ちゃんの病院に着くと、やはりお昼をかなり過ぎていた。

 真紀ちゃんは数年前にやっと念願の自分の病院を建てた。敷地はかなり広いと思うんだけど、病院の建物はそれに不釣り合いに小さかった。

 広々とした駐車場に車を止める。

 手術してたら悪いなぁ、なんて思いながら病院のインターフォンを鳴らした。

 「はい」

 すぐに真紀ちゃんの声が聞こえた。

 「すいませーん、急患でーす」

 すぐにドタバタ足音が近づいて来たかと思うと扉が開いた。

 「もう!灯子ちゃんだってすぐわかるから」

 あはは、この手はもう通用しないか。

 「突然来ちゃったけど、手術とか大丈夫?」

 「大丈夫、大丈夫。今日は何もないんだ。だからVTさんたちも自由時間でいないんだよ」

 真紀ちゃんは手招きをして医局に案内した。

 「ここに引っ越した時以来だよね」 

 「そうだね。あ、これコーヒー」

 わたしは手に持っていた挽きたてのコーヒーを差し出した。

 「うわ、『ヒゲのマスター』のコーヒーだ。ここの美味しいんだよね。ありがとう」

 真紀ちゃんは嬉しそうにコーヒーを受け取ると、奥のシンクに向かった。

 6畳ほどの医局には、南に面した大きな窓からブラインドの隙間を通して暖かな日差しが入っていた。窓に向かって右には本棚、左にはロッカーが並んでいる。

 中央にはテーブルがあり、その周囲に椅子が数脚あった。

 わたしは適当な椅子に座った。

 「今日はどーしたの?何かあったの?」

 奥の部屋でカチャカチャと音を立てながら、真紀ちゃんが聞いて来た。

 「別に何もないよ。暇だから来てみたの」

 やがてコーヒーのいい匂いが伝わってくる。

 「暇だからって、ここに来るような灯子ちゃんじゃないでしょ」

 「ただ真紀ちゃんの仕事ぶりを見に来たんだよ」

 真紀ちゃんが戻って来た。

 「こんな時間に?はいどうぞ」

 いれたてのコーヒーとクッキーが差し出された。

 「ところで、どお?病院の方は。順調?」

 自分のことをごまかすようにわたしは真紀ちゃんに聞いた。

 「今のところ順調。まだ売り上げは伸びてるよ」

 わたしの向かいに座った真紀ちゃんがちょっと嬉しそうに言った。

 「いいねぇ。これから代診を入れて・・・。そっか、これだけ土地があれば病院も大きくできるね」

 「あはは。代診なんて入れないし、病院も大きくしないよ」

 「なんでぇ?もったいない」

 クッキーを手に取り、口に入れる。

 売り上げも順調だし、てっきり病院を大きくする野望を持っているとわたしは思ったんだけど・・・。

 「あたし欲張りだから、来てくれる患者さんを全部自分で診たいの。だから、あたしのキャパを超えないこのサイズの病院で十分なんだよ」

 真紀ちゃんの話ぶりから、真剣にそう思っているようだった。

 そーか、そんな考え方もあるんだ。

 「あはは。真紀ちゃんらしいね」

 満足げに笑う真紀ちゃんに向かって、わたしはそう言った。

 「でもね、入院室はもっと大きくしたいんだよね」

 「おっ、入院を増やして金儲け?」

 「違うよ」

 「それ以外に何かある?」

 「あのね。入院する動物ってさ、病気で体に負担がかかっているのに、さらに狭いケージで心に負担をかけちゃうからかわいそうだよね。だから、もっとリラックスできるような広い空間を与えたくって」

 「へぇ、そこまで考えたことなかったな」

 「それと、入院の子がもうそろそろかなって時にわたしは家に返したいんだけど、家じゃ急な時に心配なのでこのまま入院させて欲しいって飼い主さんがいるよね。そんな飼い主さんも本当は最後は一緒にいたいって思っているはず。だからそんな飼い主さんのために、一緒にいられる部屋があってもいいかな、なんて。今の入院室を広げて、その奥に一部屋作って・・・」

 真紀ちゃんは思い描く空間を両手で表現しながら、うれしそうだった。

 「でも、結局はそれに付加価値つけて入院費を上げるつもりだけどね」

 真紀ちゃんはえへへと笑った。

 「そーだよね。これからもどんどん動物病院は増えていくから、何か他との差別化を図らないと生き残れないよね」

 真紀ちゃんもちゃんとこれからの病院のことを考えてるんだな。

 「あ、そうだ。お昼まだでしょ。どっか食べにいく?」

 「忘れてた。お腹すいたよぉ」

 お昼がクッキーだけじゃ、この先もたないなと思った。

 「じゃぁ、食べに行こ。外で待ってて、病院閉めるから」

 わたしは自分の荷物を持つと待合室から外に出た。そして、振り返ると真紀ちゃんの病院を見た。

 最初に感じた小ささとは印象が変わっていた。

 

 これは、ほんとに真紀ちゃんの病院なんだ。





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