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彼のこと。


三時間オーバーの遅刻です。ごめんなさい。

 

「──ごめんなさい!」


 電話口から聞こえたお母さんの謝罪の声に、私は全身から血の気が引いていく感覚に見舞われていた。


 時刻通りとは言わないまでも、数分の遅れで東京の大地に降り立った私はキャリーバッグを転がして急いでタクシーに乗り込んだ。

 待たせていたタクシーの傍には、今回のこの仕事を持ち込んだ諸悪の根源とも言うべきマネージャーが立っていたのだけれど、タクシーに乗り込んで行き先を伝えた後すぐに謝罪の言葉を押し付けてきたため、嫌味の一つすら言う暇がなかった。


 彼女曰く、こちらと向こうとで話の行き違いが起こっていたらしく、こればかりは事務所の不手際であると説明された。

 マネージャーは「今日の日には帰ってこれるよう」日程調整をしたはずが、向こうのスタッフには「今日帰る」と伝わっていたようだと聞かされても、私の怒りは収まるどころか勢いは増すばかり。


 ということはつまり、向こうにいたスタッフからすれば、私はただ早く帰りたいがために我儘を言って恫喝をした傲慢なモデル、と思われただけということになる。


 その事実も相俟って、東京に残って仕事をしていたマネージャーに対して報連相を怠ったことが加わって余計に腹が立つのだが、こうして全面的に非を認められるとこちらも怒るに怒れなくなってしまう。


 そうして行き場のない怒りが、圧縮されてより一層濃くなった激情となって私の中に堆積していく中でマネージャーはスマホを取り出してお母さんに連絡を入れる。

 スマホが使えなくなったという事実すらも伝わっていなかったらしく、その話をしただけでもマネージャーは青い顔をしていた意味は、電話口でようやく理解した。


 お母さんには卒業式の話も、結月くんとの話もしていたからきっと心配しているだろう、と思っていたのだが、いざお母さんに電話がつながった時には「は~い」と言う軽いトーンで出てきたことに疑問を隠せなかった。

 そしてその疑惑は話を進めていく内に明らかになっていき、私は信じられない話を聞いているかのような気分を味わわされるのだった。


「ごめんなさい……。向こうの人からひまちゃんの携帯が壊れたから連絡が取れません、って連絡と、今日帰ることはひまちゃんも納得してるから心配しないで、って聞かされたから、てっきり……」

「ま、待って……? 全然……全ッ、然、意味分かんないんだけど。納得なんか、してないんだけど。……つまりは、何。あの人達が、適当言って、お母さんはそれを信じちゃった、ってこと?」

「あんなに卒業式の日を待ち遠しくしてたのに、変だなとは思ったの……でも、ひまちゃんとは連絡が取れないから確かめようがなくって……」

「……学校には、なんて言ってるの」

「宮野先生に時間内には行けないってことだけは伝えたわ……。後日でいいから卒業証書を取りに来てください、って言われたんだけど……。あの連絡が来た時点で、高城(たかぎ)さんにちゃんと聞けばよかったわよね。本当に、ごめんなさい。私の方から学校に連絡しておくから、今日は真っ直ぐ帰ってきなさい」

「……少し、寄り道してから帰る」

「そう……。気を付けて帰って来てね」


 借りていたスマホをマネージャーに返した後、マネージャーとお母さんとでいくつかの会話がやり取りされていたようだが、周りの音が遠く聞こえるようになる。


 ……私はもう、疲れてしまった。


 後部座席の背もたれに体重を深く預けて、眉間に寄った皺を揉みながら深い溜め息を吐く。

 どうすればいいか、なんて考えたところで、最早私にできる手立てなんて何一つとして存在していないことを思い知らされ、じわっ、と涙腺から熱いものが湧き出してくる。


 今日の日をどれだけ心待ちにしていたことか。


 私の方が少しズルをしたとは言え、ようやく彼の想いが聞けると思っていたのに、それも全てが台無しにされてしまった。

 誰が悪いか、なんて考えるだけ無駄なことであり、大本を辿れば「この道を選んだ私が悪い」という結論に行き着いてしまう。これも全て、由夢先輩が言っていたことに通ずるのだろう。この世界で生きていくには、何かを犠牲にしなければならない。それはきっと、芸能の世界に限らずとも、夢を叶える人であれば誰しもが迫られる取捨選択の話だと思っていた。

 それがまさか、こんなにも早く自分の身に降りかかるだなんて思ってもみなかった。


 覚悟なんてできていないどころか、そんな覚悟は要らないとすら思えていた私にとっては大人に振り回されるばかりで、由夢先輩の言葉の意味なんて分かろうとしなかった。

 けれども、その分岐点に立ってようやく私は分かった。


 ──大切な人を捨てる選択なんてしたくない、と。


「……最悪。本当に、最悪──」

「……」


 大好きな結月くんと一つになりたかった。


 思い出の詰まったあの場所で、二人の思いを重ねて重なり合いたかった。


 卒業式には出られずとも、結月くんが待ってくれているあの場所にさえ行ければ、他のことなんてどうだってよかったのに、私は今、数時間も遅れてあの場所に向かっている。

 否、最早学校も閉まっている時間で、行ったところで無駄足だということも分かっている。

 マネージャーが気を利かせて学校に連絡を取ってくれたから知っている。


 学校には、誰も残っていないということを。


 その事実が何よりも悔しくて、苦しくて、憎い程に腹立たしいというのに、私はモデルと言う仕事を嫌いにはなれなかった。


 結果的にとはいえ、結月くんではなく、モデルを選んだ自分。


 その事実には腹を立てているものの、モデルの仕事を嫌いになったわけではないという事実に混乱して、わけもわからず自分を攻撃したくなる。


 こんな仕打ちをされたにもかかわらず怒れない自分がいることに疑問を抱きながらタクシーに揺られること、約二時間。

 その間、私は一切口を開かず、自分の置かれた立場にただただ気が滅入る思いに苛まれ続けた。

 いっそのこと、これが全て悪い夢であればいいと、今ここで意識を失って昏倒すれば事態は変わるか、なんて突拍子もない馬鹿なことを考えている間にタクシーは私の家の前までやって来ていた。


「……お疲れ様でした」

「お、お疲れ様! また、仕事の連絡するからね!」

「スマホ、壊れてるから無理です。直ったら言うので」

「そ、そっか。そうだよね……。本当に、ごめんね」


 タクシーのトランクから荷物を引きずり出す傍ら、悲観に暮れる私に気を遣って話しかけてくるマネージャーに対して、私は甚く鬱陶しく思って仕方がなかった。

 もしここに人目が無ければ「お前が仕事を入れたからだ!!」と、腹の中で渦巻く怒りの衝動のまま口汚く罵っていたかもしれない。

 それをしなかったのは、辛うじて残った理性が人目を気にしたのとは別に、自分の思い通りにならなかったから感情的に誰かに当たるなんて行為が、私がこの世で最も憎むべき存在である父親と同じであったから。忌むべき父親と同じ血が流れているというだけでも反吐が出るというのに、その血を肯定するかのような行為そのものすらも忌避する私は、自らを突き動かそうとする衝動を理性で飲み下すのであった。


 しかし、去り行く私の背にかけられた謝罪の言葉が、どこか他人事のように聞こえてならず、私はマネージャーに背を向けながら奥歯を噛み締める。

 まるで、「どんまい、次行こう」とコート上で慰め合うスポーツ選手のような気軽さで放たれた謝罪は火に油を注ぐかのようで、キャリーバッグの持ち手を握る手に筋が浮かび上がるくらい、力が込められる。


「……ッ」


 けれども、アンガーマネジメントの如くきっかり六秒を待ってから振り返った先には既に乗り去って行くタクシーの後ろ姿が見えるだけだった。

 そしてその強い感情というのは長くは保たず、今度は激情の反動とばかりに約束一つも守ることが出来ない自分自身の不甲斐なさからくる惨めさに見舞われてしまい、玄関に入ってすぐに私は膝を抱えて蹲ってしまうのだった。


「ひまちゃん……」


 玄関の扉が開く音に気が付いて駆け付けてくれたお母さんの声に振り向くこともできないまま、私はただただ嗚咽を漏らすばかり。


 お母さんには、結月くんと出会ってから今日までのことを、全て話していた。


 ──勉強を見てもらうようになったこと。少し変わった子だということ。気になる子が出来たこと。私のモデル姿を手放しで褒めてくれて嬉しかったこと。守ってくれたこと。お姉さんと知り合ったこと。体育祭でのこと。テスト勉強で彼の家に行ったこと。テストの後にご褒美をくれたこと。一緒にお出掛けしたこと。お揃いは恥ずかしかったこと。私をカーネーションに例えてくれたこと。一方的に傷付けて嫌われたかもしれないということ。彼のオープンキャンパスについて行ったこと。大学生になった彼を想像して浮かれていたこと。文化祭を一緒に回ったこと。舞台袖で見守ってくれていたこと。ツーショットを撮ったこと。お姉さんの結婚式でのこと。彼のお父さんに会ったこと。彼が成長して増々かっこよくなっていたこと。ホテルで同じ部屋に泊まったこと。初詣に一緒に行けたこと。おみくじで笑い合ったこと。彼の受験が無事に終わったこと。


 キスしたことまでは恥ずかしくて言えていなかったが、お母さんには彼のことを全部話していた。

 彼がどんな人なのか。彼の何処が好きなのか。彼の良い所も、悪い所も、全部打ち明けていた。


 だから、私がどれだけ彼のことを……結月くんのことを好きなのかを知ってもらっていたからこそ、お母さんは私が今日この日をどれだけ心待ちにしていたかを知っていたからこそ、背中に感じるお母さんの温もりに、私は涙を流さずにはいられなかった。


 本当は今日、お母さんに紹介するつもりだったのに、全部、全部台無しになった。

 それが悲しくて、悔しくて、虚しくて。


 お母さんの「ごめんなさい」という、マネージャー達とは異なる誠心誠意心のこもった謝罪の言葉を耳にしながら、私はお母さんのことを責めるつもりもないままその日は涙を流し続けたのだった。


「……行ってきます」

「待って、ひまちゃん」


 翌日。


 再び制服のブレザーに袖を通した私は、卒業証書を受け取るために学校へと沈んだ気持ちのまま向かおうとしたのだが、お母さんの声に振り向いた私はお母さんの手で両頬を持ち上げられてしまう。


「最後は、笑顔で送り出させて。ね?」

「……うん。行ってきます!」

「行ってらっしゃい」


 明らかに無理をしていると自覚のある作り笑顔だったが、それでもお母さんは笑顔で私を送り出してくれだ。


「卒業おめでとう、楠木」

「ありがとうございます。お世話に、なりました」

「世話になった、ねぇ……。確かに、お前には相当世話を焼かされたよ。一、二年次は先生がどれだけお前のために奔走してやったことか……。だけどまあ、今年は良いお目付け役が出来て先生も楽させてもらったけどな」

「……」

「涼村には、連絡したのか?」

「いえ──」


 校長先生からファイル型の卒業証書を受け渡され、一言二言激励の言葉を受け取った後、私は宮野先生と対峙していた。


 その中で、興味本位ではなく至って真剣な様子で尋ねてきた宮野先生に対して、私は素直にスマホが壊れたこと、事務所との行き違いがあったことなどを答えると、話に出てきた私の所属する事務所に対して胡乱な目を向けてくれるのだった。


「大丈夫か、その事務所。まあ、第三者の俺が口出しする訳にはいかないと思うが、少し距離を置くか、とことんまで使い潰すつもりで身構えた方がいいかもな」

「使い潰す……そういう手もあるんですね」

「ま、候補の一つにして考えてみるといい。楠木の中で一番大切なものが何かを決めておくのも大事だぞ……とまぁ、こうして最後に先生らしく振舞ってみたわけだが、楠木はもう自分の身の振り方を知っているみたいだからな。余計なことは言わんよ。ただ、最後のお節介だ。鍵を返す前に部室には寄って行った方がいいぞ」

「っ! ありがとう、ございました!!」

「変わり身早ぇ~……」


 先生の日と声を聞いた途端、私はすかさず頭を下げて最後のお礼を口にして去って行く中で背後から呆れた物言いが聞こえたような気がしたが、私は気にせずに人の気配が普段より少ない校舎の中を駆けていく。

 今の私を止められる者は誰一人としていない、と逸る気持ちを前面に押し出して部室へと急ぐ。

 いつだって部室に向かう足取りは軽かったものの、今日は殊更軽いような気がして私は部室への道を急いだ。


 そうして部室の前に辿り着いた私は、扉を隔てた向こう側から感じる人の気配に高揚すると同時に、今まで感じたことのない程の緊張に見舞われつつも、今この瞬間に「逃げる」などという選択肢は存在していないがゆえに、乱れた呼吸と前髪を整えてから、深呼吸を一つして部室の扉をスライドさせる。


「結月くん──」


 まずは謝罪の言葉を、といきんで踏み込んだ先で私を待っていたのは、


「結月じゃなくて、悪かったね。待ってたよ、あんたのこと」

「……遊佐、澪奈。なんで、あなたがここにいるのよ」


 結月くんが座っているはずの席に座って頬杖をつく、遊佐澪奈の姿がそこにはあった。


「昨日、結月とお姉さんと連絡を交換してね。それであんたから連絡が来てないか、っていうのをやり取りしてる間に、みやのん先生にあんたが明日学校に来るって話を聞いて私はここで待ってたの。もちろん、てっしーから許可はもらってるからね。ってか、あたしもあんたに連絡したんだけど? 待ってるよって。見てないの?」

「……スマホ、壊れてるのよ」

「ったは~っ! なんちゅうタイミングよ。結月には連絡したの……って、スマホ壊れてちゃ連絡しようがないか。電話番号も、イマドキ使わないもんねぇ」

「……私が来るって分かってたなら、どうして結月くんや姫和さんを連れて来てくれなかったの……いえ、これは過ぎた失言だったわね」

「へぇ……。やっぱ、あんた結月と関わるようになってから変わったよ。しかもいい方向にね? まぁでも、結月とお姉さんも連れて来ても良かったんだけど……、あんた、今の状況で結月と会って、普通に話せると思ってんの?」

「何それ、どう言う意味」

「お姉さんから聞いたんだよね。結月の今の状況」

「!?」

「知りたい、って顔してるけど、いいよ、教えてあげる。っていうか、それを伝えるためにここに来たんだけどね」

「……結月くんは、やっぱり昨日、ここに、いたのね」

「お姉さん曰く、帰って来たのが二十時って言ってたから、卒業式が終わったのが十二時前って考えると、八時間? 少なくとも七時間はここで待ってたんだろうね。来るかも分からないあんたのことを、来るって信じて、ず~っと」

「っ!!」


 遊佐澪奈の口から聞かされた言葉は、私から言い訳に使うつもりだった数多の言葉を奪うには十分過ぎるものであって、激しさを増す呼吸と心拍を前に私はその目に涙を浮かべる。

 頬を伝う涙の熱は、冷え切った頭には熱すぎるくらいだった。


 それでも、遊佐澪奈の言葉を遮ることはなく、話が進めば進むほど私は彼の信頼を裏切ったという事実を突き付けられて身動きの一つも取れなくなるのであった。


「──とまぁ、トラウマって訳ではないだろうけど、結月ってば繊細だからね。昨日のは相当堪えてるみたい。そんな状況であんたに会わせるって言っても逆に撥ねつけられるかもしれないって思ったら、あたし一人で来るしかないじゃん? これは言わば、あたしなりの優しさなわけ。分かった?」

「……」

「まぁ、もちろんあんたにも色々な事情があると思うよ。でもね、正直ど~っ、でもいい。あたしは、あたしの友達である結月が傷付いているから動いてるの。その状況であんたには会わせない方がいいと思ったの。正直、あんたも冷静じゃなさそうだし、これは我ながらグッジョブな判断だったっぽいし?」


 遊佐澪奈の言葉に、私はハッとさせられる。

 謝るなら早い方がいいという考えが私をせっつかせていたのだけれども、私はそれは間違いだったと思い知らされる。


 今の私は、精神的に追い込まれている。

 遊佐澪奈に指摘されるまで自覚が無かったことも含めて、私はとにかく焦っていた。

 だから彼の気持ちも考えずに行動ようとしているのを自覚し、自己嫌悪に陥る。


 結月くんのことを誰よりも知っていると自負していたつもりなのに、ぽっと出の遊佐澪奈なんかよりもずっと浅はかな行動を取ってしまっていたことに酷く落ち込まざるを得ない。


「……なら、私はどうすればいいの」

「さぁ? 新しい恋でも探せばいいんじゃない?」

「無理よ。私が好きなのは結月くんだけ。今後彼以上に好きになれる人なんて存在しないの」

「うっわ、おっも」

「なんとでも言えばいいわ。でも……、もう会えなくなるかもしれないと思うと、怖くて、とても恐ろしくて、たまらないの。もし叶うのなら、遠くから見守るだけでもいい。一目見るだけでもいいから、彼に会いたいの……」


 自分で言っていて、こんなにも恐ろしいことがあるものか、と自覚した途端、私は体の震えが止まらなくなる。

 彼に拒絶されることも、彼に嫌われることも、彼に会えなくなることも、どれか一つをとっても恐ろしくてたまらなくなる。


 そんな私を見て、遊佐澪奈は音を立てて椅子から立ち上がる。


 失望されただろうか。笑われただろうか。

 だが、失望されてもいい。笑われてもいい。

 彼に繋がる唯一の希望とも言える彼女の協力無くして、私は彼に到達することは叶わないからこそ、恥も外聞も捨ててでもいいから縋りついてでも彼女の協力を取り付けなければならない、と覚悟を決めた途端、彼女の、遊佐澪奈の姿が目の前に迫っていることに気が付いた。

 直後、私は両頬を片手で摘ままれ、遊佐澪奈の顔と真正面から対峙していたのだった。


「──しっかりしろよ、楠木陽葵!!! 私が憧れたあんたは、結月が惚れたあんたは、こんなことで折れるようなやつじゃないはずだろ!!!」

「っ!! こんな、こと、って……! 私にとっては大事なの!! あなたに何が分かるのよ!!!」


 真正面から私のことを射貫く遊佐澪奈の眼差しは、宝石のルビーを直接嵌めたような輝きを宿していて、結月くんのことを理解している風な素振りも相俟ってその輝きがどうしようもないくらい羨ましく思えて、私は遊佐澪奈の手を振り払って反論しようと動いた。

 その直後、私の怒りに怯む気配など微塵も感じさせずに更に被せてくるような彼女の熱のこもった声に、私は完全に沈黙せざるを得なかった。


「分からねぇよ!! あんたみたいに、何でも持ってるような人間の考えてることなんて、これっぽっちも分かんねぇ!! でも、あたしには一つだけ分かることはある……。あんたは、暗い夜の海を照らす灯台みたいに、あたし達の届かないような高い場所まで行って、キラキラ輝いてくれればいい。そうすれば……、あたしが一歩を踏み出せたように、変われたように……! 結月だって、きっと立ち上がれるから。結月はもう、一人じゃ何もできない子供じゃないって、あんたが一番分かってるはずでしょ!? なら、あんたがやるべきことは、あんた自身を証明し続けることなんじゃないの? その先で、結月の信頼を取り戻すことなんじゃ、ないの? 違う!?」

「──」


 こんなこと言わせるなよ、と言ったように泣きそうな顔を見せた遊佐澪奈に、私は自分の不甲斐なさを思い知って下唇を強く噛む。

 強く噛んで、大きな深呼吸を一つした後、自分の両頬を強く叩いた。


「……あなたの言いたいことは、良く分かったわ。私が、まだまだずっと結月くんのことが大好きだってこともね」

「ハッ、今更惚気とか、正気かよ?」

「……面倒をかけたついでに、もう一つ頼んでもいいかしら」

「ぁんだよ。乗り掛かった舟だし、あんた達二人の未来までは見届けてやらんでもないけど?」

「結月くんが元気になってからでいいから、伝えて欲しいの。──待ってるから、って」

「それだけでいいのか~? もっとこう……好き好きダーリンラブちゅっちゅ~、くらい言っても罰は当たらないと思うけど?」

「……そんな低俗なこと、言うわけないでしょ」

「そう? 結月ってばこういうストレートな方が好きだと思うけど?」

「……それも、そうかもね」

「なら、あたしが適当に伝えといてあげる。感謝しろよ~?」

「えぇ、とても。それはもう、とても感謝してるわ」

「本当かよ。あ、そだ、てっしーからこれ。処分しといてくれ、ってさ」

「これって──。……もっと別の言い方無かったの?」

「てっしーも心配してたよ、って話。あと、一緒にあたしの連絡先も入ってるから。スマホ新調したら、一番に連絡しなよ。相談乗ってあげるから。ついでにモデルの友達がいるって大学で自慢したいから」

「最後のが本音でしょ。別に、好きにすればいいんじゃないかしら。それじゃあね、()()

「は、え、ちょっ……! 最後に爆弾置いてくなし──!!」


 私は澪奈から手渡された、大量の雑誌が丁寧に詰められた紙袋を手に、部室を後にする。


 次にここに来るのは、また来年だ。来年が駄目なら、そのまた次の年。次の年も駄目なら、そのまた次の次の年。


 彼が来ようと来なくとも、私は彼を待ち続ける。


 彼の覚悟を踏み躙り、彼の信頼を裏切ったのだ。それくらいしても罰は当たらないだろう。

 それに何よりも、私は彼を待つ時間だけは好きなのだ。いくら待っても、待ち足りないくらいだ。


 でも、もしも叶うのならば、私がおばあちゃんになる前に、会いに来てほしい。

 そう思いながら、私は二人で歩いた道を、一人で歩く。

 家に帰ってスマホを買い替えた後に、私はマネージャーに連絡を入れるのだった。


「──誠意、見せてよね」


 彼の目に留まり続けるために、私はマネージャーを、事務所を使い潰す。


 私の大切なものは、彼ただ一人だけ。


 そう心に、決めたから。


 もう私の目には、涙は浮かんでいなかった。










評価と感想お願いします。


次回、最終回……かも。

明日の更新はお休みです。

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