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感慨。


 

「ど、どう……?」

「…………っ! す、すごく、良く似合ってるよ!!」


 正紀さんと共に先に着替え終わった僕は、待合室で楠木さんの着替えを待っていた。

 僕を一人残した正紀さんは「また後で見に来るからね。見蕩れて感想忘れないようにしなよ?」とだけ言い残してひめ姉の元に戻って行ったのだが、まさかそれがただ茶化しただけではなく本当にアドバイスだったと思い知ったのは、楠木さんがドレスに身を包んで姿を現してからすぐのことだった。


 落ち着いた大人っぽさは、高貴の出で立ち。

 衣装としての派手さは無くとも、楠木さん自身の煌びやかさを引き立てるようなクロッカスのレース生地のドレスは、彼女のためにあるとすら思えるような着こなしようを見せる。

 参列者としての自覚を有しながらも、彼女の個性を消すどころかむしろ際立たせるようなミディ丈のドレスは、僕が一目見て言葉を失うには十分すぎるものだった。

 編み下ろしにされた彼女の栗色の髪を束ねる大きめのリボンもドレスと同じクロッカスの紫色で、ドレスだけではその余りにも神々しい出で立ちに近寄りがたい雰囲気を放つのをその可愛らしいリボンが柔和させて、楠木さんの年相応な雰囲気が前面に押し出される。


 文化祭の時に着用した現実離れした妖精のようなフワフワとしたドレスとは異なり、楠木さんを楠木さんたらしめるというべきドレスの選別は、間違いなくひめ姉好みのセンスであるといえた。


「何、その反応。本当はあんまり似合ってないの?」

「ち、違くて……! ただ、言葉を失うくらい、綺麗だったから……」

「そ、そう?」


 僕が余りにもドレスが似合い過ぎている楠木さんを見て息を飲んだのを彼女はネガティブに受け取ったのか、期待していた反応とは違った様子で悲し気に目を伏せる。

 せっかくの綺麗なドレス姿に涙は似合わないから、と彼女が納得できるような言葉を選んだところ、今度は体の前で組んだ手で指先を弄びながら口元を緩めて目線を逸らされる。

 喜んでいる、という認識でいいのかどうか。


「姫和さんが予め選んでくれていたみたい。サイズ、教えたことなかったのにピッタリでびっくりしたわ」

「あぁ、ひめ姉はね……うん」

「何、その反応。ちょっと怖いんだけど」

「ひめ姉はその人を観察しただけで細部に至るまでサイズが分かる! とかなんとかよく言ってるから、きっとそれのせいだと思う。僕も成長期に少し体重増えただけでひめ姉に見抜かれてたし、服とか足のサイズが大きくなったのもすぐに見抜かれてきたんだよ。不思議だよね」

「……不思議、で片付けていい能力なのかしら、それ。お仕事に生かしたら物凄いことになりそうね」

「ひめ姉が言うには、お気に入りの子じゃないと分からないらしいから仕事と趣味は別、って言い切ってたよ」

「それは本当に、不思議と言うしかないわね……」


 ちなみに、正紀さんは体重が三キロ太った時点で気付かれるらしいから体調管理がキツイ、と更衣室で嘆いていたが、今日の晴れ舞台のために整えてきた正紀さんのタキシード姿はとてもかっこよかった。


 二人きりの待合室。

 それも、普段とは服も、髪も、化粧も異なる何もかもが大人びて見える楠木さんと同じ空間にいるという事実は、僕の緊張を誘うには十分すぎるのもの。

 ひめ姉の不思議能力の話題によって和んだ空気の流れで、僕達は円卓に隣り合って腰を下ろすのだった。


 しかし、腰を落ち着かせたのは良いもののどうやら楠木さんはまだ落ち着かない様子で可愛らしいピンク色のリップが映える口元をソワソワさせながらこちらの方を伺うため、僕は仕方なく彼女の方に臍を向けて話を聞き出そうと身構える。

 すると彼女は「待ってました」と言わんばかりに背筋を伸ばし、頭を上げていよいよかと思ったところで、何故か口ごもってしまうのだった。


「えぇと」

「どうか、した?」

「その……涼村くんのスーツ姿……」

「! わ、分かる? 馬子にも衣裳、って言うか──」


 シルバーのラインが薄らと目を引くチャコールグレーのスーツ姿に加えて、ホテルスタッフさんに髪までセットしてもらった僕は鏡を見て一瞬「うわっ」と思ったものの、正紀さんからは「イケイケじゃんか!」と太鼓判を貰ってしまい元の無難な制服姿に引き返すことも出来なくなってしまっていた。

 完璧に着こなす楠木さんとは違って、見るからに分不相応な高級なスーツに着られているような僕の姿は見る人が見れば滑稽に映ることだろう。


 そう思って自分を卑下するような言葉を口にしようとした刹那。

 僕の言葉を遮るようにして楠木さんの声が被せられ、時を同じくして僕の手に彼女の手が重なるのだった。


「そんなこと、ないっ! 涼村くんは、ちゃんと、か、かっこいい……から!」

「そ、そっか……」


 化粧のせいだけではないくらい真っ赤に頬を染めて真摯な眼差し向けてくる楠木さんに対して、僕は危うくこの衣装を見立ててくれたひめ姉にも、褒めてくれた正紀さんにも無礼を働くところだった。

 二人は、このスーツに見合うだけの価値を僕に見出してくれたのだから、今のこのスーツに身を包んだ僕自身を卑下することは、二人の厚意すらも否定することになる。

 それはこの世でもっとも愚かな行為だと、学んだはずなのに今もまた繰り返そうとした自分に喝を入れるようにフッと息を吐いて丸まっていた背中をピンと伸ばしてから、それを改めて教えてくれた楠木さんの顔を真っ直ぐに見つめる。


「ありがとう、楠木さん」

「いえ……その、私も、自分から求めてばかりで、涼村くんにはあまり言って来なかったことを反省したから……。いつも、かっこいいって思ってるから」

「あ、ありがとう……」

「…………あんた、いつもよくこんな恥ずかしいこと涼しい顔して言ってたわね」

「そう言われると、そうかも……。じゃあ、これからは控えた方がいいかな?」

「それとこれとは話が違うでしょ」

「そっ、かぁ」

「何よ、その反応は」

「今更だけど、僕の周りは良い人達ばかりなんだな、って再認識して」

「当たり前でしょ。なんたってこの私が居るんだから」

「楠木さんは──」


 褒められて慣れていない自分が姿を現して面映ゆい心地を味わうのだが、これと同等とは言わなくとも似たような心地を普段から楠木さんが味わっているのだと思うと、余計に笑みが深まるのを抑えきれなくなる。

 そのお陰で頭の中で言葉を選定する間もなく次々と舌が言葉を送り出していくのだが、僕の口が次なる言葉を生み出そうとした、その時。

 コンコンコン、と開きっぱなしの待合室の扉を叩く音が聞こえてきて言葉を途切れさせるほか無く、音のする方へ視線を向けると同時に、今更になって僕たち以外の声や音が聞こえてきていることに気が付くのだった。


「歓談中すまないな。俺が来たことを伝えておかないとと思ってな」

「あ、父さん。その格好……」

「あぁ、空港で着替えてきた。お陰でこんな時間になったんだが、姫和たちはまだ来てないみたいだな。間に合ってよかった」


 重たい扉を叩いたのは、僕の父さんこと、涼村桔平。

 ただでさえガタイの良い父さんの半分はあろうかという大きなキャリーバッグと共に現れた父さんは、仕事から直接ホテルに向かってきたようだが、父さんが言うように式典用のスーツ姿で現れたのであった。

 一頻り言葉を交わした後、そこで父さんは楠木さんへと意識を向ける。


「は、初めまして。楠木陽葵、と言います。涼村くんとは、仲良くさせてもらっていて……」

「姫和から話は聞いている。結月がお世話になっている、と。お礼を言うのは俺の方だ。これからも、結月と仲良くしてやってほしい」

「はい、もちろんです」


 僕と父さんは、僕から見ると似ても似つかないように思えるのだが、傍目から見ると「よく似てる」という言葉を頻繁に頂戴する父さんを前にすると、流石の楠木さんも緊張する、という光景を目の当たりにして僕は俄かに緊張が走ったものの、二人の邂逅が無事に終わったことに胸を撫で下ろす。

 楠木さんが気に入られないとか、楠木さんが父さんに睨みを利かせるとか。そんなありもしない危惧をしていたのが馬鹿らしくなるくらい穏便に終わり、楠木さんは外に目を向ける。


「そう言えば、外が賑やかですね」

「あぁ……。どうやら姫和たちが顔を見せにやって来たらしい。隣にいたのを横目で見てきたからな」

「正紀さん達の家族も来てるんだ」

「向こうのご家族は勢揃いのようだったぞ。……それから、()()も来ていたぞ」

「いくみ、さん? 知ってるの」

「……九桜郁美。僕とひめ姉の生みの親。別れて暮らしてる母さんだよ」

「!」


 旧姓、和田。そして涼村を経て、九桜の姓に変わっていった母さんの名前。

 その話題を口にすると楠木さんは驚いた様子を見せた後、申し訳なさそうに顔を伏せる。

 父さんはその楠木さんの反応を見ただけで理解が及んだのか、楠木さんの不安を他所に感心した様子でお茶を啜るのだった。


「結月。この子には話したのか」

「うん」

「そうか……。そうか」


 それだけ言うと、父さんが珍しく笑って満足げに頷く。


「……怒ってるの?」


 しかし、普段の父さんを知らない楠木さんからすると、それだけ聞いて黙り込んだ姿は怒っているように映るのか、それがなんだか可愛らしく思えてきてしまい不安そうに耳打ちをする彼女の声についつい笑みをこぼしてしまう。


 それに怒って軽く肩を叩いてくる楠木さんが見れたりと、父さんの到来があってもいつも通りな僕達は父さんの見守るような目線も気にすることなく談笑していると、ようやくひめ姉と正紀さんがカメラマンとホテルスタッフに連れられて待合室にやって来るのだった。


「きゃ~!! ひまりちゃん可愛すぎるんだけどぉ~~~ッ!!!! ゆーちゃん、写真撮って写真!」

「プロが撮ってくれるんじゃないの……?」

「プロにはプロの、アマにはアマの良さってもんがあるの! そして今この瞬間の私の昂ぶりは、ゆーちゃんにしか撮れないと思うから……! さ! 早く撮って!!!」


 待合室にやって来て一番最初に聞こえたのは、他でもないひめ姉の黄色い声。

 僕達がひめ姉のウェディングドレスに反応を示すよりも早い反応速度は、最早人類最速と言っても過言ではないだろう。お供のホテルスタッフさんすら置き去りにして楠木さんの元に駆け付けたものだから、楠木さんも「大丈夫なの!?」と心配そうにして反応に困ってしまう始末。

 その中でただ一人平静を保っていられたのは、そんな暴走機関車であるひめ姉と永遠の契りを交わしたお相手である、正紀さん。

 彼はひめ姉の行動を予測していたかのように立ち回り、ひめ姉の行動がドレスで阻害されないようにと控える姿は、まるで姫に使える騎士のようであった。

 そして正紀さんが騎士であるのなら、お姫様はひめ姉で間違いない。誰よりもお姫様に憧れていたひめ姉のそんな姿を前にした僕は、知らずのうちに目に涙が溜まってきてしまう。

 目の前に翳したひめ姉のスマホのお陰でまだバレてはいないが、それもすぐに見つかってしまって。


「ゆーちゃん!? なんでもう泣いてるのぉ!!?」

「だって、だって……!」

「ええええええ! ひ、ひまりちゃん! 私の代わりに、頼んだ!」

「はい。姫和お姉さん、すっごく綺麗ですよ」

「ひまりちゃんの時も、呼んでよねっ」


 溢れた涙が、傍に寄ってくれた楠木さんの差し出したハンカチで拭われていくのだが、周りのスタッフが生暖かい目を向けてくるお陰で冷静さを取り戻したからか涙はすぐに引っ込んでしまった。

 それを楠木さんはどこか残念そうにしていたのだが、僕は見逃していない。っていうかそのハンカチ、前に僕が貸した──とまで思い至ったところで、僕は見て見ぬ振りを決め込むのだった。


「お父さん、来れたんだ」

「娘の晴れ舞台だ駆け付けるに決まってる。これ以上、父親として不甲斐ない背中は見せられないからな。……最後まで父親としての責務は果たせないが、俺はこの式を今後一生忘れないと誓おう。それと、良く似合ってる」

「ありがと。……お母さんのこと、説得できなくてごめんなさい」

「いや、いいんだ。これは俺の罪だ。俺が一人で背負っていく。お前や結月にまで、これ以上の苦労はかけさせないさ。……悲しいかな。これが親として俺が出来る唯一の責務だがな」

「そんなこと言わないでよ。泣くくらいはしてくれるんでしょ?」

「結月に先を越されてしまったがな」


 それから間もなくして、カメラマンの一声で僕達は横一列に並んで写真を撮られていく。

 初めは「家族水入らずで」と遠慮していた楠木さんであったが、強引なひめ姉と父さんの提案によって、僕達なりの家族写真が完成するのだった。

 その後はプロの手による自由な撮影タイムが入り、ドレス姿の女性陣だったり、バトンを引き継ぐ義理の男同士、姉弟だったりと、ひめ姉監督の一声でそれぞれがポーズを決めて行くという格式ばった服装とは打って変わって、随分とカジュアルな撮影会が開かれた。

 一度カメラを向けられると瞬く間に切り替わる楠木さんの撮られ慣れている様に誰もが唸る。そんな風に楠木さんが褒められているのを見ると、何故だか僕までも喜ばしく、そして鼻高く思えて仕方が無いのであった。


「それでは、移動します」


 いつものようにはしゃいで、いつものように写真を撮りまくったひめ姉はスタッフさん達と正紀さんの手によって回収されて行き、暫しの時を経て僕達は移動を開始する。


「あれが……」

「よく顔を出せたものね──」


 しかし、待合室を出て僕達を待ち受けていたのは、九桜郁美の洗礼。

 父さんの家庭を顧みない行動のせいで離婚したことを今でも、否、今後一生恨むつもりである様子の母さんの手によって向こうの家族はすっかり父さんを「ろくでなし」と認識しているかのようで、父さんを見る目が厳しいように思えるのはきっと気のせいではない。


「お久しぶりです、桔平さん」

「お久しぶりです」

「あなた……!」

「祝いの席だ。こう言うのは無しだって言っただろ」

「……後で、話がある。披露宴の前に時間をくれないか」

「私が話すことは──」

「郁美」

「……分かった。けど、許すつもりは、ないから」

「ありがとう」


 父さんの口から感謝の言葉が吐かれて会話に句点が打たれた瞬間、母さんが信じられないものを見たと言わんばかりに目を見開く。母さんが驚くのも無理はない。確かに、離婚したばかりの頃の父さんを考えれば、父さんの口から感謝の言葉が聞けるだなんて事実、到底信じられないものだから。


 それでも、互いに平行線を見せる両親が放つギスギスした空気感にホテルのスタッフが青い顔をしている中、二人の間でいったん話を終えたのを見てすぐさま次の行動に移っていくホテルスタッフは優秀と言う他無いだろう。

 幸運だったのは、新しくひめ姉の父親となってくれた男性がまともな人であることだった。


「……」


 そうしてスタッフに連れられて移動を開始する直前、一瞬だけ母さんの方から鋭い視線を感じて母さんの方に顔を向けたのだが、母さんはこちらを向くどころかすっかり取り繕った様子で向こうの家族様方とホテルの内装に目を向けてきゃいきゃいとはしゃいでいるのが見えて、僕は気の所為だったかと切り替える。

 ひめ姉の新しいお父さんが言うように、今日は祝いの席なのだ。

 いつまでも剣呑な雰囲気を漂わせていないで、不要な思考に塗れていないで、今はただひめ姉達の婚姻を祝うことだけを考えるべきだと、笑顔を浮かべるために表情筋のストレッチをしていると、たまたま見られた楠木さんに「変な顔」と笑われてしまうのだった。


 そんな風に「無事」と呼ぶには些か無理があるような道のりで辿り着いたホテルのチャペルにて、二人の結婚式が執り行われる──。








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