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被服部。



「──た、助けて下さい!!!!!」

「何。涼村くんの知り合い?」

「いやいや、僕に後輩の知り合いがいるとでも?」

「それもそうね。悪いことを聞いたわ」

「ちなみに、楠木さんの知り合いでも……?」

「無いわね。私に後輩の知り合いがいるとでも?」

「いないよね。うん、そうだと思った」


 この高校では、赤・青・黄が学年ごとに振り分けられており、その色によって学年が判別できるようになっている。色は上靴だったり、校章、リボン、ネクタイ、ピンなどに振り分けられており、生徒の家庭はそれに応じて備品を購入するという形を取る。ちなみに、僕や楠木さんのいる三学年は赤色である。


 騒音被害で訴えられそうな爆音を響かせた目の前の少女の首元には、彼女を後輩たらしめる黄色のリボンが目を引くため、騒音少女の正体が一年生だと分かるのだが、二人してその少女と繋がりが無いとなると余計に絡まれた意味が分からない。

 となると、後輩の名前も顔も知らない少女が駆け寄ってきた理由として残る可能性は、楠木さん目当てのミーハーな新入生、ということになる。


 文化祭の時期は、言わば無礼講。一年生も二年生も、互いに協力してお客さんを捌いているのを見ればそれが分かるし、そもそもこれだけの規模での開催も一、二年生が中心となった新生徒会による手腕のもの。そこに今更受験で手一杯な三年生が顔を出して偉ぶるなんて大人げないの一言に尽きるもので、自分達が関わることなく作り上げられたこの文化祭に客として参加している以上、一年も二年も三年も、年齢の壁なんてあってないようなものと認識されていた。

 であるならば、下級生からすれば普段関わることのできない上級生の、それも学校中の噂をほしいままにする「完全無欠の女王様」として君臨する上、女子高生からすれば格上とも呼べる大人な女性向けファッション雑誌でモデルとしても活躍する楠木陽葵に近付くチャンス、と捉えてもなんらおかしくはない。


 今思えば、文化祭の看板がでかでかと掲げられた校門をくぐった際に賑わう下級生らが楠木さんを見つけた途端に息を飲んだのは、そのチャンスが到来したことを意識したが故の反応だったのかと思うと、腑に落ちるというもの。

 とりわけ、今日は特別に髪の毛は結わわれていて、手の込んだ編み込みは下手をすれば一目惚れする人を続出させる悪戯な悪魔の出で立ちかもしれない。


 とまで考えが飛躍した辺りで僕はそんな楠木さんの文化祭に向けて気合の入った髪型を褒めることも忘れていたことを自覚して、思わず反射的に褒めるための言葉を口にしてしまっていた。


「……楠木さん」

「何、この子のこと思い出したの?」

「いや、今日の髪型可愛いね、って言ってなかったと思って」

「なっ……ん、で、今、なの」


 もちろん、目の前でぜぇはぁ、と膝に手をついて呼吸を整える後輩少女には聞こえない声量で、楠木さんだけに聞こえるよう耳打ちしたのだが、楠木さんは驚いた様子で手に持った空き容器を取りこぼしそうになるくらい取り乱してしまっていた。


「……気付いていないのかと思ってさりげなく前を歩いたりしてたのに、あまつさえ言い忘れてた、ですって?」

「ご、ごめん……」

「はぁ……。このセット、初めてで一時間半もかかってるんだから。もっと褒めてくれないと割に合わないんだけど?」

「可愛いよ。すごくよく似合ってる。編み込みも大人っぽくて……それから」

「それから?」

「……う、うなじも、綺麗」

「……ふぅん?」


 次々と感想を求める楠木さんに、僕は遂に口にするのも恥ずかしい感想を引きずり出されてしまう。

 モデルの時も普段の時も滅多に見えることのない、楠木さんの真っ白で綺麗なうなじ。強いて言うなら運動する時にチラリと見える程度のもので、僕からすれば目を向けるのも失礼に当たるのではないかと思うような部位。

 それが、今日は燦然と輝く太陽の如く輝きを放って晒されているのだ。今日だけで何回楠木さんの視線を掻い潜ってそこに視線を向けたことか。

 普段隠されている部位が露わになるというどこかエロティックな雰囲気に喉を鳴らさぬよう、あくまでも友達としての立ち位置で隣に並ぶのだと、何度も自分を戒めたとしても、僕の視線を吸引する引力を放つ彼女の魅力的なうなじの誘惑に僕は敗北を喫する他無く、観念してその感想を口にしたのであった。


 ともすれば気持ち悪がられるような感想に、言われるがままに口を滑らせた自分に対して自己嫌悪に陥った僕は平手打ちの一つや二つは覚悟していたものの、予想外にも口元を緩ませる楠木さんの横顔が視界に映って僕は頭にクエスチョンマークを大量に浮かべるのだった。


「……何やら、甘い匂いを感じました!!」

「それで、あなたは何の用なの」


 呼吸を整えるのに必死で僕達のやりとりは聞こえていなかった下級生は、はて? と顔を赤くさせた両名を見上げて首を傾げながらも、驚くべき変わり身で取り繕ってみせる楠木さんの言葉にハッとした様子で背筋を伸ばす。よもや、楠木さんのその態度が取り繕われたものだとは思いもしないのは、女王様として振る舞う普段からのプロモーションのお陰だろう。


「お、お願いします!! 助けて下さい!!!」

「……その話、長くなりそうだから断るわ。さようなら」

「えぇっ!?!?」


 耳を傾けたかと思えば、楠木さんは容赦なく切って捨てる。

 それができるからこそ女王様なのであり、下級生の名も知らぬ少女は去って行く楠木さんを驚いたままの表情で固まってしまっていた。


「いいの? 聞かなくて」

「いいわよ。どうせ、ろくでもないわよ。それに、私は文化祭を楽しむって決めてるんだから。涼村くんも、付き合ってくれるんでしょ? なら、あんなのに構ってる暇なんて──」

「──お゛願゛い゛し゛ま゛す゛ぅ!!!! このままじゃ、あたしの友達が、あたしの部活がぁーーーっ!!!! 後生ですからぁーーーー!!!」


 そう、これは楠木さんへの受験合格のご褒美としての文化祭。

 だから、縋り付くみたいに僕達の後にぴったりとくっつきながら助けを請う下級生の少女のために足を止めよう、なんて僕が言える立場ではないのだ。


「……そんな顔で見ないでよ」

「……楠木さんも、同じ顔してると思うけど」

「……私以外に優しくしないで、って言ったら怒る?」

「うーん……。誰かに優しくした分だけ、楠木さんにも優しくするって約束するよ」

「それじゃあ、後夜祭まで一緒に居てくれる?」

「もちろん。楠木さんが望むなら、いつまでも」

「……本気にするわよ」


 殻になった容器をごみ箱に捨てる傍ら、そんな会話を繰り広げながら僕と楠木さんは足を止め、ゴミ箱の前までも付き従った下級生の少女へと身を翻すと、下級生の少女は希望を目にしたかのようにパァッ、と顔色を明るくさせるのだった。


「も、もしかして……!?」

「このままどこまでも付き纏われても迷惑だから、まずは話を聞くだけ。ひとまず場所を移動しましょう。静かに話せる場所、知っているかしら?」

「話を聞いていただけるだけでも……! ありがとうございます!!!!」

「話を聞くだけだから。それと、少し声量落としてくれない?」


 感無量、といった様子の下級生の少女はそれだけ言うや否や、僕に目もくれることなく、楠木さんを先導して校舎の方へと向かって行くのだった。

 辿り着いた先で、厄介なことが待っているなんて、一切考えずに。


「──お願いします! 私達を、被服部を助けられるのは楠木先輩しかいないんです!!!」


 僕達が向かった先は、家庭科室。

 爆音系後輩少女のことだからてっきり運動系の部活かと思いきや、ごりごりの文系の部活の活動場所に案内されて驚いていたのも束の間、僕達を、というか楠木さんを逃がさんとばかりに早速本題へと移っていった。


 楠木さんが家庭科室に入るや否や、中で待っていた子達が「本物だ……」「すっごい美人」など小さな声で囁き合っているのが聞こえて、改めて楠木さんのビジュアルの良さが際立って見えたのだが、当の本人はそれらの声援に反応を示すことすらなかった。

 そんな反応を見ると、僕の普段の飾り気のない褒め言葉に可愛らしい反応を見せてくれるのはてっきり演技なのかと思ってしまうが、あの反応が嘘では無いことを僕は知っている。


「──と、いう訳でして」


 僅か五名しか在籍していない部員を代表して二年生の部長が説明を買って出たのだが、その説明を要約すると『人数減少を受けて同系統の手芸部と併合が予定されており、併合された先では被服部としてのポリシーが掻き消されてしまうのに対して抗議したところ、被服部優位の条件を求めるのならば今回の文化祭での客入りによって判断するとの生徒会からの申し出を受けた勝負に負けそうだから楠木さんの力を貸してほしい』とのこと。

 正直聞く耳を持っただけでも偉いと言えるような、楠木さんが何で巻き込まれたのか分からないくらい楠木さんには一切関係のない話、というのが正しい感想であった。


「……お客さんの入りが悪いのは展示内容の未熟さか、呼び込みの効率が悪いんじゃないの? そもそも、手芸部と被服部って、何がどう違うのかも分からないし」

「ぐうっ……! た、確かに、手芸部はその圧倒的な知名度と人数差で、人目が集まりやすくて発表に有利な本校舎側の教室を勝ち取りましたが、私達被服部は決して、発表内容では負けていないと自負しています……!」


 手芸部と被服部。

 被服部部長が語ったように、手芸に興味がある生徒は大半が手芸部に入部してしまうお陰で、デザインに生地の選定、そして実際に縫合して服を作り出すという手の込んだ部活にはほとんど人が集まらず、こうして部室も与えられずに家庭科室を根城にしているのであった。

 ちなみに家庭科室は我々映像研究部が所属する技術棟の上の階にあるのだが、技術棟で上下間の交流は一切ないため僕も知らなかったのだ。


 そして、被服部部長の言う発表内容というのが、一年をかけて作り上げた一着の衣装。

 本来であれば部員一人一人が作り出す予定だったのだが、部員の減少の影響で部費も削減され、それならばと残る五人で力を合わせて一着のものに情熱を注いだのだとか。

 その自慢の一着が出来上がるまでの軌跡を写真付きで事細かに、けれども初心者にも分かりやすく解説されたのが発表内容のようだが、楠木さんが説明を聞かされている間に僕が一人で見て回ったのだが、なかなかに出来が良いものだと思えるものだった。


「手芸部と被服部で話し合ってちょうだい、と言うしかないわね。最初から話し合うことを諦めては駄目よ」

「は、話し合いは何度も繰り返したんですよ!? それなのに、手芸部の奴らは、私達が放課後に家庭科室を不当に占拠している、なんて言いだして……! 手芸部の奴らは私達を追い出して、自分達だけで家庭科室を使いたいだけなんです! 自分達は部室も、十分な数のミシンだってあるって言うのに……!」

「まぁ、私からすれば頑張って、と言ってあげることくらいしかできないけどね」

「そ、そんなぁ……!!」


 助けてくれ、というのはつまり、部の存続がかかっているということなのだろうけれど、被服部の子達では楠木さんの心を動かすには至らなかったようだ。

 それでも被服部部長は諦めきれない様子で楠木さんを引き留めている横で僕は、被服部の彼女たちが作り上げた精巧な一着が出来上がるまでの制作発表を眺めていた。


「……すごいなぁ」

「あ、ありがとうございます……!」

「ありがとうございます! 先輩!!」

「えっと……このドレスは、誰がデザインしたとかあるんですか?」

「タメ口で平気ですよ!!! これをデザインしたのはなんと、この子! 私の親友ちゃんです!!! あ、ちなみに私は生地の買い付けだったり、基本力仕事全般です!! 手先、不器用なんで!!」

「そ、そうなんだ……」

「人数合わせで入ってくれたんですけど、私が、不甲斐ないばっかりに……」

「私がやりたいからやってるんだよ!? 不甲斐ないとか言わないでぇ!! っとまぁ、見ての通りの自信無し子ちゃんなんですけど、贔屓目抜きにしてもデザインは完璧なんです! でも、被服部が無くなればこうしてみんなで何かを作り上げる場所っていうのも無くなっちゃうわけで……」

「確かに、実質廃部みたいなものだもんね」

「先輩、デリカシーないですね!!」

「うぐ、ごめん……」

「私は平気ですよ! でも、私以外の部員は、全員本気でこの衣装にかけてた、って言うか……」


 僕の失言一つで瞬く間にお通夜ムードに傾いていく被服部の面々。

 そしてそれを見て笑うのは、部長の魔の手から抜け出して来た楠木さん。


「後輩の女の子虐めて、酷い先輩ね」

「そ、そんなつもりじゃあ……」

「分かってるわよ」


 分かってる、と言いながら僕の目をジッ、と見つめてくる楠木さん。

 なぜか目を逸らしてはならないと直感が働いて、吸い込まれそうな彼女の瞳を見つめ合うこと数秒。楠木さんはどこか満足げな様子で息を吐いた後、僕の背後に鎮座する被服部の努力の結晶へと視線を移した。


「ふぅん。良く出来てるのね、もったいない」

「勿体ないって……」

「それで、あんたは何を見てたの?」

「何を、って言うか。デザインが可愛いだけじゃない、シャープなかっこよさがあるな、と思って」

「それから?」

「うーん。かといってかっこよすぎるわけじゃない、キュートな女の子らしさもあって」

「ふんふん」

「楠木さんに()()()()()()()()()な、って」

「仕事でもドレスは着たことないけど……、機会があったら見せてあげるわ。だから、その、連ら──」


 楠木さんに似合いそう、なんて考えてみたが、僕の頭に浮かぶ女性と言えば楠木さんかひめ姉の二択。

 となると必然的に目の前のクールな印象を抱かせるドレスが似合うのは楠木さんしか該当しないのだが、彼女は一体何を危惧していたのやら。

 ポツポツといつもの調子で感想を口にしたのであったが、その直後。僕達は更なる波濤に巻き込まれてしまうのであった。


「──そ、それだぁぁぁぁぁあああ!!!!!!!!!」

「「ッ!?」」


 家庭科室に響くのは、ガタン、と大きな音を立てて椅子を倒す勢いで突然立ち上がって叫んだ部長の声。

 僕達は揃って肩を跳ねさせたのだが、それを見て止まってくれるような人では無いことは楠木さんを離さなかったことで既に周知の事実。だがしかし、今回は部長のみならず、部長の興奮した様子で全てを察したかのような他の被服部員全員が似たような反応を示して僕達二人は瞬く間に取り囲まれてしまう。

 一体何が起こったのか、と目をしばたたかせたのも束の間、被服部員全員が揃って同じ台詞を口にするのであった。


「「「「「──モデルになってもらえばいいん(です)だ!!!!」」」」」

「…………は?」


 被服部にもみくちゃにされそうになりながら、僕の耳には楠木さんの呆気にとられたような声だけが聞こえるのであった。










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