33
借り物競争。
評価と感想下さい。
「え~!? あたしの勇姿見てなかったの!? あんなに頑張ったのに!!」
三年生が行う障害物競走、ムカデ競争、綱引きの三種目は午前中にプログラムを終え、昼休憩の時間が設けられた。
昼休憩は各々が学校の敷地内で取ることとなっており、僕と楠木さんはいつもの部室で昼食を広げていた。
そこに障害物競走に続いてムカデ競争でも先頭を駆け抜け、クラスに再び一位をもたらした遊佐さんが堂々たる凱旋を繰り広げるようにしてやってきたかと思えば、その活躍を「見ていなかった」という僕達の話を受けて彼女の失意の悲鳴が上がる。
「だって興味無いもの」
「あんたには聞いてないし! あたしは結月には応援してって言ったのに!」
「い、いや、盛り上がってるのは、見たよ……?」
「盛り上がりじゃなくて、あたしの勇姿よ。後続を付き従えて先頭で駆け抜けるあたしのかっこいいところ~!!」
肩を揺する遊佐さんに対して、クラスメイトの壁に阻まれて見えなかった、と言うのは真実であると同時に、嘘でもあった。
すっかり心を開いてくれている様子の遊佐さんに嘘を吐くのは心苦しかったが、例え遊佐さんがどんなに頼み込んだとしても、本当の理由は言えるはずがなかった。
「……」
僕ともう一人、その本当の理由を知る楠木さんは我関せずといった様子で優雅にお弁当を食している横で、楠木さんのせいで見ることができなかったなどとは口が裂けても言えない。
口にしたが最後、ようやく深まった楠木さんと遊佐さんの友情が決裂しかねない大問題に発展してもおかしくないからだ。
ゆえに、僕は口を噤む。
平和の為には、敢えて言葉を交わさない。
余計な荒波を立てる必要はない。
触らぬ神に祟りなし、である。
「涼村くんは私と話してたから、興味の無いことに目を向ける暇なんて無かっただけよ」
「んなっ……!?」
なんて思っていたら、ブロッコリーを飲み込んだ楠木さんが僕の努力も見て見ぬ振りするかのように爆弾を落としたかと思うと、何か問題でも? とばかりに悠々と食事を続ける様は正に傍若無人の一言に尽きる。
これは最悪を迎えてしまうのか、とパンを一口齧った状態で身構えた僕であったが、身体を固くした僕の予想とは正反対に、遊佐さんはどうしようもないものを見るような目で楠木さんに視線を送った後、深い溜め息を吐いた。
「はぁ……。ま、そんなことだろうとは思ってたよ。それに、結月はあたしに興味津々だもんねぇ? 見たくても見れなかっただけだもんねぇ~? あんたに付き合ってんのは社交辞令だって分かんないかなぁ?」
「は? 後から出てきた分際で何言ってんの」
「人間関係に早いも遅いもないんです~。そんなことも知らないの? 経験値あっっさ」
「喧嘩売ってるつもり? だとしたらお門違いね。あなたのような人は他人から興味を持たれる人間になれるよう努力する方が先じゃないかしら。でもまあ、相変わらず猿山の頂点に登るのだけはお得意のようだけど」
「残念ながらあたしってばあんたと違って人気者なの。そんな口利いても、独りぼっちなあんたの僻みにしか聞こえないのよねぇ?」
「無価値な大多数の声に価値を求めているようじゃ、程度が知れると言うものね。そんなだからあなたみたいな量産型の産業廃棄物が出来上がるんじゃ、今からこの国の未来が心配だわ。それと、私は一人じゃないから」
黙したままお弁当の中身と交互に言葉を重ねる楠木さんに対して、遊佐さんが悪い笑みを浮かべて僕を見る。僕もまた、予想外な方向で険悪な空気を作り出していく二人を見ていたお陰で遊佐さんと目が合ってしまう。
「結月のこと言ってる? だったらどうして、結月はクラスメイトの前で堂々とあんたと会話をしないのかしらねぇ? あの埃臭い部室でだけの関係なのだとしたら、それって本当に友達って呼べるの? クラスメイトもみんな、同じこと思ってると思うけど」
「っ、偽物の関係に振り回されて裏切られたあなたの口からそんな言葉が聞けるとは思ってもみなかったわ。含蓄のある言葉をどうもありがとう。それと、私達は教室でもちゃんとコミュニケーションは取れてるの。外から見た意見を大多数の意見のように主語を大きくするのはどうかと思うけど。それから、私達の関係にあなたが口を出す資格なんてないはず。そうでしょう?」
「……ご飯食べる手が止まってるけど? 結月のことには触れられたくない感じ?」
「ちょっと、遊佐さん、それ以上は……」
「ほら。またこうしてあんたは結月に守られてる。結月が周りからなんて言われてるか知ってる? あんたの保護者、だって。友達じゃなくて、保護者。でもみんな、言わないだけで思ってるよ。こんなの、女王様に従うだけの、奴隷だ、って」
「っ……!」
遊佐さんの言葉に息を飲んだのは、楠木さんだけではない。僕もまた、息を飲んで肩を跳ねさせていた。
「それは……!」
「でもま、あたしはそんなことが言いたかった訳じゃないの。結月も、ごめんね。あたしはただ、あんたの今の態度は、直すべきだって言いたかっただけ。そうじゃないと……必ず後悔することになるよ」
「あなたなんかに何が分かるの」
「分かるよ。あたしはあんたが行く道の先で後悔したんだから。先人からのアドバイスは黙って受け取っておきなさいよね」
それだけ言うと遊佐さんは立ち上がって、部室から去って行く。
思えば、彼女は昼食の一つも手にしていなかったのを見るに、単なる暇潰しで部室にやってきたのだろう。もしくは自分の成果を自慢するために。
それがまさか、こんなことになるとは思ってもみなかったのは僕も楠木さんもそうなのだが、残された僕達と重苦しい空気だけはどうにかしてから行ってほしいものだった。
「……」
「……」
そこから先はお互いに目線だけは交差するものの、どうしても言葉が出てこない。
何を言えばいいのかさっぱり思い付かないのは、遊佐さんが悪態として口を衝いていたように、人間関係の経験値が浅いがゆえの無力からだろう。
遊佐さんの言葉を真正面から受けて、珍しく落ち込んだ様子を見せる楠木さんに対して、僕は彼女に掛ける言葉を、お昼の時間が終わるまで何一つ見つけることはできなかった。
気まずい空気の中でさっさと外に戻ろうかと腰を浮かせば、「時間まで一緒に居て」という楠木さんの凛とした声に、浮き上がらせた腰を再び着席させるほかなく、結局時間一杯まで部室で静かな昼休みを過ごすのであった。
「行け~!! 大将首取ってこーい!」
そんな物騒な会話が聞こえてくるが、実際は首より上に巻かれた鉢巻の争奪戦。
昼休憩を終えて午後一番にやって来る競技は、全学年が入り乱れる騎馬戦であった。
見ている側からすればお昼ご飯を食べ終えた体にそんな激しい運動は「それなんて罰ゲーム?」と思えるのだが、やる気に満ち溢れた男子生徒達の眼差しは、クラス毎三組に分かれて爛々と輝く瞳で睨み合いを果たしていた。
若者の気力というのは、容易く推し量れるものではないらしい。
「頑張れー!!!」
僕達に重苦しい咎を背負わせた張本人、遊佐さんは僕達の空気に関して我関せずとばかりにクラスの席の前方で身を乗り出して応援しており、その声援に応えるのは、大将を担う陸上部の彼。
遊佐さんの声援に応えて歯を剥いて笑って見せた彼に対して不覚にも「かっこいい」と思えてしまったのは、やはり彼こそがこの体育祭の主役だからなのだろう。
そうして始まった騎馬戦はこの学校の体育祭における名物競技のようで、地鳴りのするような足音と共にわっ、と上がった大歓声は、体育祭において最高潮の盛り上がりとも言えた。
その最高の盛り上がりを見せてくれた競技は大接戦の末、陸上部の彼が率いる色の組、すなわち僕達の所属するクラスが勝利をおさめるのであった。
「……」
周りが騎馬戦で盛り上がる間も、楠木さんは後ろで日傘を差して微動だにしておらず、なんなら日傘で視界をシャットアウトすらしてしまう始末。
最後の体育祭だというのに、一人悪夢のような思い出として残ってしまうのは余りにも可哀そうであると思ってしまうのは、皆が言うように、僕の精神に染み付いた奴隷精神がゆえなのか。
「そんなの、違う。そんな訳、ない」
ふと浮かんだ思考に頭を振って否定する。
相変わらず人の意見に流されやすい僕だが、それだけは違うと、はっきりと断言できる。
何故なら、僕は楠木さんの友達だから。
釣り合いの取れない僕だから彼女の手を取って安心させてあげることができるような権利も資格も無いけれど、せめて、彼女の傍に居てあげることくらいはできる。
だって僕は、楠木さんの友達だから。
「楠木さん」
「……何」
だというのに、友達という札を首から下げてみたは良いものの、僕は彼女に掛ける言葉を持ち得ない。
当たり前だろう。
友達という札を持ち出したくらいで相手を理解出来る程、人間関係は甘くはない。それくらい、友人との関係を築くのに十年ものブランクがある僕にだって分かる。人はそんな簡単に、分かり合える生き物ではないことくらい。
ならば、どうするのか。
僕と彼女を繋ぐ友達としての証明は、ガラス細工の花だけ。
しかしそれも、体育祭で傷つき壊れるリスクを背負ってまで持ち込んではいなかった。
つまり、現時点で僕と楠木さんを繋ぐ友達の証は、二人を友達だと証明するものは、何一つとして無いということになる。
僕と楠木さんはただのクラスメイトで、ただ部活が一緒なだけ。それで終わりたくない、と願うのは傲慢と言えるだろうか。
僕と遊佐さん。
どちらが楠木さんの友人として近いかと問われれば、クラスメイトの大半は「遊佐さん」と、そう答えるに違いない。僕と言う存在は、所詮クラスメイトにとってその程度の認識でしか無いのだから。
そう考えた途端、僕は自分の両手が空っぽであることに気が付く。
それに気が付いてしまえば、口にしようと思っていた言葉に何の価値も無いことにも連鎖的に思い至ってしまうのは、僕の悪い癖だ。悪い癖だと分かっていても、一度でも気付いてしまったものは忘れようと思っても脳裏にきつくへばりついて離れてくれない。気が付く前の状態には、もう戻れない。
言おうとしていた言葉を狩られた僕は、友達として彼女に掛ける言葉を、すっかり失くしてしまったのであった。
「借り物競争に出る人は──」
そんな風に言葉も紡げずに考えてばかりいる内に僕達が出る競技の呼びかけが始まってしまい、楠木さんとの会話は半ば強制的に幕を下ろされてしまう。
「……はぁ。行くわよ」
「う、うん」
出会ったばかりの頃にすっかり逆戻りしてしまったかのように言葉が出てこない僕の目には、溜め息を吐く楠木さんはどこか失望したようにすら見える。
それが余計に焦りを生んでしまって、最早楠木さんに声を掛けることすら難しくなった僕は、黙って彼女の後を付いて行くのだった。
「お、涼村! こっちだこっち」
借り物競争に出場する予定の生徒が集まる中で男女分かれた集合場所。
そこで僕を出迎えたのは、先程の騎馬戦で活躍を見せた陸上部の彼だった。
「あれ? 出場するの?」
「一人病欠で見学だけのやつがいるだろ? その代打だ」
「疲れてないの?」
「運動部舐めんなよぉ? 最後のクラスリレーまで、きっちり走ってやっからよ」
「そ、それは……頼もしい限りで」
見てろよ、と肩を回して準備体操に余念のない陸上部の彼を見て、僕はふと、彼ならきっと僕みたいにみっともなく悩んだり、怖気づいて二の足を踏んだりなんてしないんだろうな、なんて考えてしまう。
結局は、僕は同年代の人と比べてずっと劣っている『レッサー高校生』に過ぎないのだ。そんな僕が楠木陽葵と言う、文字通りの高嶺の花に手を伸ばしたのは分不相応だということだ。これまでは取り繕えていたのが、ここにきて限界を迎えた。ただそれだけに過ぎないのだ。
であるならば、僕のこの思いは蕾のまま土に埋めてしまうのが正解だろう。
「位置について、よ~い……」
虚しき空砲は、まるで僕の心情を表しているかのよう。
校庭の端と端。その真ん中に乱雑にばら撒かれたお題の封筒に目掛けて一斉に駆け抜ける男子生徒の集団、というのは騎馬戦のものとは異なる別の迫力を感じられるもので、外周から声援が湧き上がる。
借り物競争、とは色物扱いの競技ではあるが、周りを巻き込んだ競技として人気を博している。
ルールとしてはクラスごと、三組に分かれた全員がゴールし終えた時点で順位が付くため、圧倒的にコミュニケーション能力が求められる競技でもあり、僕のような日陰者でも活躍できる、などという当初の考えはアイスクリームのように甘いと言わざるを得ない。
お題は一人二つこなすのがルールであり、そのお題の種類は多岐に渡る。
僕が最初に手に取ったお題は『教師のサイン』という比較的簡単なものであったが、顔見知りにしか話しかけられない僕の人見知りが発揮されたせいで些か時間を取られてしまったものの、無事に宮野先生のサインを手に入れることができた。
「よし。二つ目のお題行ってこい!」
公正な判断を求められるお題の成否の判別には教師陣が駆り出されており、各組二名の教師が判別係として置かれていた。
その先生に送り出された僕が次の封筒へと手を伸ばしたその時、同じ封筒に目を付けたらしい誰かと手が重なってしまう。
「あっ」
「わ、悪い、涼村! これだけは、俺に譲ってくれないか?」
「え? あ、うん、別にいいけど……」
「サンキュー! 恩に着るぜ!! 俺の勇姿、見ていてくれよ!!」
重なった手の持ち主は、陸上部の彼だった。
何やら封筒の中身が分かっているかのような反応であったが、当然中身など知らない僕にとってみれば校庭中に散らばる封筒なんてどれも同価値でしかなく、封筒を持ち去った陸上部の彼の背を見送った後に近くの封筒に手を伸ばす。
そうして中身を覗き見た瞬間、顔が引き攣るようなお題がそこに書いてあるのを見て、思わず息を飲んでしまう。
「……っ」
お題を見た僕は、顔を顰めて立ち尽くすのだが、次から次へとお題を浚っていく参加者を見て、いつまでも突っ立ってなどいられないと、唇を噛んでようやく動き出す。
うるさい程に鳴り響く心臓の高鳴りは、四肢の先から熱を奪うような緊張に包まれていて、その足取りは非常に重たいものだった。
それでも、僕は前に進む。
一度手に取ったお題は、変更不可なのだ。色物競技の癖に、審査が厳しいことに楠木さんみたいに舌打ちを打ちたくなるが、僕は一心不乱に脇目も振らずに、男子の次、女子の借り物競争で待機中の楠木さんの元へと駆け寄っていく。
「楠木さんッ!!」
「──っ!」
「……一緒に、来てほしい」
僕の顔も名前も知らないような周囲の女子生徒達が、あの楠木陽葵が誘われたとあって、「きゃあっ」と色めき立つ声が一斉に上がる中、僕は恥ずかしげもなく楠木さんに向かって手を伸ばす。
このお題には、自信があったから。
お昼から今まで、直視することができなかった彼女の瞳を真っ直ぐ貫くように見つめ、その時になってようやく楠木さんと目が合う。
そうだ。
楠木さんとは、話をする度に必ず目が合っていた。
彼女は、人と話すときに必ず目を見る人だった。
勝手に目を逸らしていたのは、僕の方だった。
「……うん」
少しだけ弱々しく頷いて見えたのは、僕達の間にある溝が原因であるのは違いない。
そんな中で周りの女子たちが楠木さんが僕の手を取ったのを見るや否や一際大きな声できゃあきゃあ言い出すものだから、余計に注目が集まってしまう。
それでも僕は、彼女の手を引いて校庭を大きく横切っていくのだった。
「随分と急じゃ、ないっ?」
「そう、かな。この際だから、ちゃんと言っておこうと思ったんだ。僕の、思いを」
「お、想いって……」
「僕一人じゃ、こんな機会手に入れられそうもなかったから。だから、与えられたチャンスを有意義に使って、いっそ勇気を出そう、ってね」
「そ、そうなの」
「だから、うん。……僕はもう、目を逸らしたりしないから」
「私も……」
お題目的で楠木さんに寄ってきた男子を振り切って、僕は公正な審美眼を持っているであろう教師の下へ封筒と共に楠木さんを連れて行く。
その先で、教師が封筒から抜き取ったお題を見て答え合わせをする──。
「お題は──好きな人!!」
教師の声に周囲がより一層、騒めき立つ。
なんだなんだ、という声に続けて、持て囃すような声援、煽るような笛の音に、喉が張り裂けんばかりの黄色い声が校庭中に響き渡った。
すぅっ、と大きく息を吸う音がしたかと思えば、続けて愛の告白が始まる。
「好きだ! 澪奈!! 俺と、付き合って下さい!!!」
「っ! もちろん! あたしの方こそ、よろしくお願いします!!」
「澪奈ッ!!」
──そう、隣で。
「……は?」
楠木さんの方から漏れ聞こえた声は、未だ鳴り止まぬ歓声によって掻き消されていく。
そんな中でも、僕達の方の借り物競争のお題進行は止まらない。
「……待たせたな。どれ、お前達のお題は──『一番の友達』と。これはまた曖昧なお題だが。どうなんだ? お前達は友達、でいいんだよな?」
「はい。楠木さんは僕にとってのヒーローであると同時に、僕の、一番の友達です」
「……期待した私が、恥ずかしいじゃない」
「どうした? 友人じゃ、ないのか?」
「……いえ。そうです、友達です。一番の」
「そうか。ならば良し。お題の二つ目も達成だな」
陸上部の彼と遊佐さんが堂々たる愛の告白を済ませた横で、僕は胸を張って「一番の友達だ」と答える。あのままじゃ絶対に嫌だったから。こんな機会を与えられなければ、僕はきっと後悔する選択を選んでいただろうから。
昼休憩の時に吐かれた遊佐さんの言葉は、楠木さんだけじゃなくて僕にも該当する言葉だと改めて理解した僕は、素直に隣で祝福を集める新たなカップルの誕生を祝福する。
なんてことを考えていると、肩に衝撃が訪れる。
それも、結構強めだ。そこそこ痛い。
「な、なんで怒ってるの?」
「……別に。自分で考えてみなさいよ。い・ち・ば・ん・の、友達なんでしょ」
「えぇ……。わ、分かった。考える、考えるから頭突きは止めて」
「あんたのせいで、二回も借り物競争出る羽目になったじゃない」
「それで怒ってたの?」
「全然違う!」
「ご、ごめん……」
僕が考えている間も、楠木さんはずんずん、と頭突きを繰り返してくるのだが、それも次第に間隔がゆっくりとなっていき、遂には僕の肩に頭を預ける形になっていた。
「……私の方こそ、ごめんなさい。気を、遣わせたわね」
「楠木さんのために気を遣うの、僕は嫌いじゃないよ」
「あんたはまた……っ。でも、そういうことを言ってるんじゃないの。問題は私の性格、ってこと」
「いい性格してる、ってこと?」
「あんたも大概な性格よね」
順位発表が残る僕と、次の女子組で借り物競争を走る楠木さんはそっと離れると、軽やかに身を翻したかと思うと悪戯に笑うのだった。
「……私は、あんたのこと、嫌いになったりしないから」
にっ、と笑ってそう言い放った彼女に対して僕は返す言葉も見つからないまま呆然と彼女の笑みに見蕩れていると、楠木さんはその笑顔のまま「べっ」と小さく舌を出したかと思うと、すたこらさっさと逃げるように去って行ってしまうのであった。
やっぱり、楠木さんには笑顔が良く似合う。
その後、女子の枠では楠木さんは最速でお題を終わらせるという活躍を見せ、三年生最後の競技となる学年対抗リレーでは楠木さんや陸上部の彼を含むクラスのリレー戦力組の活躍によって僕達のクラスは見事に一位を獲得することができた。
しかし、そんな奮闘も最後の結果発表では惜しくも準優勝という結果に盛大な溜め息が漏れたものの、それぞれが健闘を称え合っていた。
最後には軽い打ち上げと称して宮野先生からアイスの差し入れが待っていたのだが、宮野先生がただ一人だけ高級アイスを手にしていたのを見たクラスメイトによって宮野先生は吊るし上げられ、新たに人数分のアイスを配る羽目になったのは、きっと良い笑い話になることだろう。
こうして、体育祭はちょっとしたトラブルや騒動が起きつつも、それもまた体育祭の醍醐味であると思わせるような説得力を持った「青春」と言う名の雰囲気によって、無事に大団円へと導かれたのであった。
「なんで新規カップルのあたし達よりあいつらの方がイチャついてるのよ……」
「ん? 澪奈、どうかしたか? アイス、別の味が良かったか?」
「そんなことなーい。あたし達も負けずにイチャこらしよ? はいあーん。……流石にこれはあいつらよりあたしが先を行っているはず。恋人でもないあいつらには、一生迎えられないイベントのはず……!」
「ま、負けずに? 誰に対して……?」
「ううん、こっちの話っ!」