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好きな時間。

 


「よ、よくないよッ!?」

「大きい声出るんじゃない」


 部活に入るために必要なものが欠けている、とのことで戻って来た楠木さんは、変わらず不遜な態度で腰を反らしていた。


「入部には部長の許可が必要なの? それとも、部長には新入部員の入部を拒絶する権利があって言ってるの? もしそうでないのであれば、あなたは随分と傲慢で図々しい人間なのだと私は認識するけども」

「ぅぐ……!!」


 図々しいのはどっちだ、と思わず口走りそうになったのを留めると僕の口からは代わりにぐぅの音が出る。

 仮に、もしもそんなことを口走った日には口下手な僕は、数多の老若男女を切り捨ててきた切れ味抜群の女王様からの口撃によって返り討ちに逢うのが目に見えている以上、余計なことを口にするのは憚られた。

 不毛な争いならまだしも、勝ち目の見えない勝負に乗るほど僕は怖いもの知らずではないし、三年生の今さらになって心を病んで不登校になるような状況に自ら飛び込むほど愚かでもない。

 その代わりと言っては何だが、僕は疑問に思ったことを口にする。


「な、なんで、今更部活に入ろうと……?」

「都合が良いから」

「つ、都合が良い?」

「……あんたの言った通り、私が、その……、アレだってことがバレるのは、なんていうか……嫌なのよ。これまで保ってきた矜持、ってやつね。特に私よりも可愛くないくせにあちこちに媚び売ってヘラヘラ笑っているだけのような連中には、絶対にね! 教室にたむろされてるとおちおち補習課題にも取り組めないもの。課題には期限だってあるのに。その点、この部室は生徒が滅多に寄り付かないようななめくじが這い回るみたいな場所にあるし、隠れて課題に取り組むなら都合が良いわ。それに、もし万が一この場所がバレたとしても、怪しまれずに出入りするためにも部員っていう建前も用意できるでしょ? それにプラスして、課題が終われば幽霊部員でいいって言うし、まさに私の隠れ蓑にぴったりなの。だから、入部する。文句ある?」

「褒めてるのか貶してるのか、どっちなの……」

「褒めてるに決まってるでしょ。これから都合よく使わせてもらうんだから」


 生真面目な顔で言ってのける彼女は、身に纏う雰囲気も相俟って本当に同年代とは思えないような風格を見せる。

 だけども、それと同じくらい、大人であろうとする等身大の子供の影も見えるようで、いつまでも子供なままの僕は不躾にも踏み込んで行ってしまう。


「……でも、必ずしも完璧でいる必要なんて、あるの? 勉強が出来ないことなんて、当たり前だし、普通のことだと思うけど」

「そうね……。いつまでも隠し通せるなんて、私も考えてないもの。バレるのは時間の問題だと思ってる。でも私は、私が私であるために完璧を演じるの。その為には、勉強が出来ない、なんて秘密は隠し通さなきゃいけないし、あんな目先の快楽の為に生きているような発情期の猿みたいな連中を相手になんてしていられないの。それに……あんたがバラさないとも、限らないしね」

「それはつまり、入部するのは僕が秘密をバラさないかどうか監視するため、ってこと?」

「自惚れないで。あんたにそんな度胸があるなんて一ミリも思ってないし、確実に守り通せるとも期待してないから。私の目的は、この部室。そして、あんたは私がこの部室を都合よくつかわせてもらうための体のいい外看板、ってところ。勘違いしないでよね。分かったならほら、早く入部届出してちょうだい」


 ツンとデレが両立してこその「勘違いしないでよ」であるはずが、たった今放たれた言葉に含まれている要素は警戒度100%。つまりは『デレ』が芽生える隙間すらない、『ツン』オンリーの状態で紡がれるその言葉に含まれるのは、明らかな拒絶の意。

 僕の中で一生に一度は言われてみたい台詞ランキング第十七位の王道の台詞であるはずが、実際に言われてみた立場からすれば嬉しくもなんともないものだった。むしろ苛立ちすら覚えるというもの。あれは好意が垣間見えているからこそ意味を成すべきものだと、そこでようやく知ることが出来ただけでも収穫と思おう。そう思っていなければ正気を保てないから。

 僕の心を犠牲にしての収穫ではあったが。現実は小説ほどに甘くはない、ということだろうか。


 本来であれば新入生のために一か月前に出番があったはずの入部届が、少し遅れた今の時期に陽の目を見ることになるとはまさか卒業した先輩たちも思ってもみなかっただろう。一年でも長く残してくれ、と託されたものの、結局僕の力では先輩たちが残してくれたこの部活を存続させることは叶わずに廃部が決定しているのだが、それでも入部届が一枚でも役目を果たせたのなら僕は嬉しく思う。


「……何ニヤついてるの。気持ち悪い」

「へっ!? あぁいや、そういうつもりじゃ……。ただ、映画とか、好きなのかなって思って……」

「映画、ね……。まぁ、流行りものくらいなら見るけど……。見たところ、ここにはそういうの置いてなさそうね」

「あはは……。ここにあるのは先輩たちが置いて行った、それこそ王道の外国映画ばっかりなんだ。そういうのも面白いけど、もし見たいのがあれば自分達で持ってきてもいいんだよ。ほら、簡易のプロジェクターとかもあるし」

「別に、部活に興味があるから入ったんじゃないって言ったでしょ」

「うっ……」

「私はあくまでもここには補習課題をするために入るの。それ以上でもそれ以下でもない。そこんところ、勘違いしないでくれる?」

「はい……」

「それじゃ、勅使河原先生に渡してくるから」

「あ、き、気を付けて!」

「気を付ける? あぁ、あいつらね……。まぁ、大丈夫でしょ」


 彼女がふとした拍子に戻ってくるかと思うと、なんて傲慢な人なんだ、と独り言ちる勇気すら僕にはない。


 それでも女王様が去った隙を狙って、一週間ぶりに浴びる僕にとっての楽園の空気を胸いっぱいに吸い込む。

 掃除の行き届いていない部室は楠木さんが言うように少しだけ、埃っぽい。生徒が滅多に通らない技術棟が故に、かび臭さを微塵も感じないわけではないが、放課後の西日が差し込むこの時間帯は僕の一番のお気に入りの瞬間だった。

 外で部活動に励む声や友人と駄弁って騒ぎ立てる放課後の解放感が生み出す特有の声たちが、部室の中にいる僕にはくぐもって聞こえるおかげでまるでこの部室の中だけは周りから隔絶された違う世界のように感じられる。その特別な空気感に身体は勝手に小躍りさえもしたくなる。

 誰にも邪魔されずに一人で想像力が掻き立てられるこの瞬間はなにものにも代え難く、今この時だけは、僕は孤独を感じずにいられるのであった。

 その瞬間を胸いっぱいに溜め込むように何度も深呼吸を重ねて外の生徒達とは異なる特別な解放感に浸っていると、突如としてその至福の時間に終わりを告げる音、つまりは部室の扉が開かれる音が無残にも僕を現実へと引き戻す。


「ただいま――って、何黄昏れているのよ。主人公気取り? 気持ち悪い」

「ぅわっ!?!? ず、随分と早いお帰りで……?」

「……何、してたの」

「あ、えっと……部室の空気を吸って、踊ってました……」

「……キモ」


 油が切れたロボットみたいにギギギ、と振り返った先では僕の奇行にあからさまに引いている楠木さんの姿があって、僕と言葉を交わす度に表情を険しくしていく。

 端正な顔立ちを引きつらせて軽蔑するような視線を受ける僕は、背筋が凍るような目付きをした楠木さんの思考が手に取るように分かる。ずばり、彼女は間違いなく僕が楠木さんの残り香を嗅いで興奮していると勘違いしているに違いない、と僕の冴えわたる脳細胞が答えを導き出したものの、それは非常にまずいのではないかと慌てて否定に差し掛かる。

 とは言え、確実に警戒モードに入られた相手には僕の言い訳など聞く耳を持ってもらえない、と半ば諦めつつもここは改めて、短時間に二度目ともなる僕の尊厳を守るべく、悪辣な女王に立ち向かわなければならなかった。


「こ、これは違くて……決して、やましい気持ちがあるとかじゃなくて、純粋に、この部室の空気が好きなだけで……!」

「部室の空気? そういうのって、複数人で集まってるときに使うようなもんじゃないの? それとも、何。まさか、この埃被ってる部室の空気がいいって言いたいの?」

「え?」

「何。弁明があるなら聞かせてもらうけど。この私の残り香を嗅いでハイテンションになっていた訳じゃないんでしょう? 他に理由があるなら言ってみなさいよ」


 聞き耳を持ってくれるとは思ってもいなかった女王様からの催促に、僕は慌てて言葉を並び立てていく。舌の上で言葉を転がす暇もないままつらつらと述べられていく言葉の数々は、普段の僕の口ではないみたいによく回った。


「あ、あぁいや……。僕はただ、この時間の部室の空気が好きなだけで。その……ここは正面玄関も近いでしょ? だから、体育館だったり校庭だったりで部活している声が聞こえてきたり、放課後の気の抜けた話し声とかが、西日と一緒に聞こえてくるんだよ。……この瞬間は、なんだか特別に思えてきて、すっごく好きなんだ。色んな想像力が掻き立てられるというか……あぁ僕もこの学校の一員なんだな、って思えるような気がするんだ。それから――ぁ……、こ、こんな話、つ、つまんないよね……。長々しく話しちゃって、ごめんなさい」


 まるで一瞬だけマジックアワーの魔法にかかったみたいに口が回るようになった僕は矢継ぎ早に自分の好きなことについて語ったはいいものの、興味のない退屈な話を聞かされた女王様は話している僕ではなく西日が入り込む窓の方を向いて佇んでいることに気が付いて、僕はハッとして我に返る。

 こんな話、誰にしたこともなかったがゆえに、ただ静かに黙って聞いていた楠木さんの不興を買ってしまったのではないかと慌てて謝罪の言葉を口にして一人語りにピリオドを打つ。


 すると、僕の声が止んだのに遅れて気付いた様子の楠木さんは、さっきまでの険しい目付きはすっかり鳴りを潜めた様子で向き直ると、小さく口元を緩めて笑って見せた。


「いいんじゃない? あんたの言ってることは正直半分も分かんなかったけど、聞こえてくる喧騒が緩やかに聞こえる感覚が心地好い、っていうのはなんとなく分かる気がするし。まぁでも、こんな埃臭い空気が私の匂いよりも上回られるのは、なんか釈然としないけどね」

「……自意識過剰では?」

「過剰なんかじゃないのよ、これが。私ってばモテるからね、そういう変態共とは何かと縁があるの。最悪なことにね」


 何故だか機嫌を良くした楠木さんは部室の中を散策するみたいに歩くと、積もった埃を指で掬い取ってフッ、と吐息で舞い上げる。差し込む西日が舞い上がった埃でさえもキラキラと反射させる様は、まるでダイヤモンドダストを想起させる。見たことないけど。

 そして、その中にある彼女の姿は正しく女王の佇まいで、この一瞬を切り取るだけでも価値が生じるような光景であった。だがそれもほんの束の間、彼女は自分で舞い上げた埃に鼻先をくすぐられて軽く咳き込んでしまうのであった。


「変態、って……」

「ケㇹっ。そう、変態。私の残り香でも興奮できるような変態とは違って、あんたはまとも。それが分かっただけでも安心できたってこと。誇っていいわよ」

「埃、だけに?」

「……今ので全部台無しね」

「そんなぁ」

「そう言えば、入部届を出しに行った時、宮野先生も一緒にいて、部室で補習課題やることを伝えたら相変わらず気の抜けた返事で許可出してくれたわ。とりあえず、今日やった分は最後に見せに来い、だってさ」

「それまでにどれだけ終わらせられるか、だけどね……」

「何が心配なの」

「いや……うん、頑張ろうね」

「当たり前でしょ」


 渇いた笑いも全て西日に溶けていくかのようで、僕と楠木さんは部室の机で向かい合って座る。

 当初の張り詰めた空気が嘘のように明るくなった部室の中で、二人で補習課題を並べて解き始める。僕は黙々と、楠木さんは「うーん、うーん」とその美しく整った顔を何度も顰めながらも課題に向き合っていく。


「微分と積分っていつ、どこで使うのよ……!」

「あはは……。答え、見る?」

「あんたのが正答とは限らないから却下だし、もし仮に答えだったとしても見る訳ないでしょ。自分でやらなきゃ、意味無いんだから……。全然分かんないけどさぁ……!」

「……意外と、真面目」

「何!? 言いたいことあるなら、はっきり言って!」

「いや、な、なんでも、ない……です」

「あっそ! 次はここ、分かんないんだけど!」

「問1の次は問2? これは微分係数の問題で──」


 昨日は突然の出来事でびくびくしていたから分からなかったが、こうして勉強中に彼女が不機嫌な理由は、自分が出来ないことに関して腹立たしく思っているからであり、決して僕が不快だからではない……と願いたい。

 本人に直接尋ねたわけではないから確証は持てないが、楠木さんが理不尽に腹を立てているわけではないと分かれば怯える必要も無くなった。

 むしろ、負けず嫌いな一面に加えて勉強に真摯に向き合う姿勢は、女王様として君臨する彼女に人間らしさというか、親しみやすさすら感じさせるものだった。

 例えば、彼女の字は想像していたよりも少し歪んでいて、平仮名の「そ」を旧字体で書くんだ、とか、漢字の書き順が少し違ったり、勝手に神格化されていた彼女の印象から角が取れていくのを短い時間で理解していった。

 とは言え回答を見て解き方を理解するのも一つの勉強法としてあるのだが、彼女にそれは向かない様子。問題が解かれていく速度と残りの課題とを照らし合わせると、補習課題が全て終わるまでにまだまだ途方もない時間がかかるのだと予測でき、僕は何も見なかったことにして自分の課題を進めながら、時折彼女の課題に手を貸していくのだった。


 二人してうんうんと唸っていると、気付けば西日は姿を消し、蛍光灯だけが部室を照らしていることに気付いたのは、第三者が介入してのことだった。


「あらあら。まだ勉強してたの? もうすぐ最終下校の鐘が鳴るから、もう終わりにして帰る支度しちゃいなさい」

「あ、勅使河原先生」

「もう、こんな時間? 昨日も思ったけど、あんた教えるの上手だよね」

「うん、自分でもびっくりしてるよ」

「……そこは謙遜しなさいよ。でも、あんたの課題の手を止めちゃうのは申し訳ないような……」

「そんなこと無いよ。教えることで自分も勉強になるから、むしろやりやすいくらいだから」

「そう? それじゃあ、明日からはもっと質問していくから」

「そこは遠慮しても……いや、そっちの方がむしろ早いか……」

「うふふ。青春してるわねぇ」


 映像研究部の顧問、勅使河原先生が顔を見せに来てようやく手を止めた僕と楠木さんは、二人してン~っ、と伸びをすると、座りっぱなしで凝り固まった身体が音を立ててほぐれていくのが分かる。この一瞬が気持ちよく感じるのは、僕らがまだ若いからだろうか。宮野先生はいつも「腰が痛い」と繰り返しているくらいだから、この感覚を楽しめるのはあと数年といったところか。

 様子を見に来た勅使河原先生の声で、荷物と一緒に今日進めた分の課題を手に宮野先生の元に向かう最中、僕は気になっていることについて勅使河原先生にひそひそと尋ねる。


「……あの、楠木さんって、本当に映像研究部に入部するんですか? 普通、三年の今からだと認可されないはずですけど……」

「本来なら駄目だけど、それは顧問の一存でどうとでもなるのよ。それに、先生からしても涼村君が一人で青春を終わらせちゃうのはなんだかかわいそうだ、ってずっと思ってたのよ」

「せ、青春って……」

「だから良かったわね。遠慮なく、青春しちゃいなさいな」


 正直勅使河原先生の言っていることはよくわからないまま職員室に辿り着き、失礼しますと言って職員室に入って宮野先生の元に向かうのだが、その最中、ずっと温かい視線が背中に注がれていて少しばかり居心地が悪かった。


「おー、ちゃんと進んでるな。さっさと答え合わせしてやるから待っとれ」


 教師の数も少なくなった職員室で、僕と楠木さんは宮野先生のサインペンがきゅ、きゅ、と小気味良い音を立てて動いていくのを手持ち無沙汰なまま待ち続ける。

 それから五分もしない内に採点は終わったようで、宮野先生は感心した様子で僕達を見上げた。


「ちゃんと自力で解いてるみたいだな。感心感心。ただまぁ……このペースだと終わるまでにまだだいぶ時間かかりそうだな。特に楠木」

「分からないんですから仕方ないじゃないですか」

「決め顔で開き直るな」

「え゛……? もしかして、数学以外にもあるんですか?」

「あぁ、涼村は数学だけだもんな。ただまぁ、楠木は五科目中四科目赤点だからなぁ」

「……」

「な、何よ、その目は」

「とりあえず、このペースだと期限までには終わらなさそうだから、担当の先生には俺からそれとな~く伝えておくが……まぁ、伸びたとしても体育祭前までだろうな。来週末、ってところか」

「……終わるの?」

「……むり」

「なぁ涼村、お前さえ良ければ楠木の課題手伝ってやってくれないか? もちろんタダとは言わないからよ」

「え、えぇと……」


 宮野先生から告げられた衝撃の事実に僕は開いた口が塞がらない状態に人生で初めて陥った。

 言葉を失う程の衝撃に狼狽えていると、宮野先生から悪魔のような取引が引き出された。

 ここで「NO」と言えるほど心臓に毛など生えていない僕は、縋るような目付きではないにしろチラチラと横目を見せる彼女の前では「YES」と言わざるを得なかった。


「わ、分かりました……」

「おぉそうか! 楠木からもお礼を言っておけよ。さて、それじゃあ移動すっか」

「移動、って?」

「今日の分のお礼だよ。先生はだらしなく見えるだろうが、こう見えても義理堅い男なんだ。見習えよ、涼村ぁ」

「はぁ」


 そう言って困惑したままの僕と安心した様子を見せる楠木さんの二人を連れて、宮野先生学校の自販機の前にやってくると「好きな物買っていいぞ」と笑って見せてくれる。


「えぇと……」

「じゃあ私はこれで」

「遠慮なしかよ。まあいいか、涼村はどれにするよ?」

「じゃあ……これで」

「おっ、先生もそれ一時期ハマってたなぁ。でももうおじさんなのかなぁ、甘い飲み物はちょっときつくなってきてよ……」

「「ごちそうさまです」」


 楠木さんは遠慮なしに紙パックのジュースを、僕は缶のサイダーを買ってもらって二人で礼を言うと、宮野先生は嬉しそうに笑って「気を付けて帰れよ」と言って見送ってくれた。


 楠木さんは電車通学。

 僕は自転車通学であるため、自転車を取りに行った僕のことを楠木さんが待っているとは思わず変な声を上げてしまったのだが、「夜道を一人で歩かせるつもり?」と言われては頷く他無かった。

 彼女のことを駅前まで送って行く道すがら、二人の間で特にこれといった会話は生まれず、春の匂いが消えて少しずつ梅雨の気配が近付く空気の中を二人で並んで歩いて帰った。最後、別れるその時だけ彼女は「また明日」と簡素に言い放った後、振り返る事無く改札に消えていく背中を見送った僕は帰路につくのだった。


 自転車で風を裂いて進む中、昨日は別々に帰ったのにな、なんて思いながら愛車に跨り夜道を駆けて行くのであった。








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