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待ち合わせ。


「ちょっと早かったかな」


 日曜日の午前。

 時計の針が9時を少し過ぎた頃。


 楠木さんと出かける、という話をしたらすっ飛んできたひめ姉によって「女の子より先に着いて待つのも男の子の仕事!」といわれて家を追い出された僕は、約束の時間から一時間近く早い時間にもかかわらず約束された駅前に到着していた。


 約束を取り付けられた日から数日、楠木さんと体育祭の練習でも部室でも今まで通りに変わりなく顔を合わせていたものの、日曜日の約束に関する話題は一切出てこないどころか、僕の方から切り出そうとすると楠木さんの方から即刻会話を打ち切られる、もしくは話題をすり替えられるという始末。

 ゆえに僕は今日、楠木さんが何をするのか、何を考えているのか全く知らされていない立場にあった。そのため、もしも彼女が「今から密漁をします」と言い出しても驚かないよう心構えを決めてきたのは秘密であった。


 一週間の最後の帰り道まで約束に関して黙秘をし続けた楠木さんであったが、その日も駅前で別れる直前だった。

 いつものように「また学校で」と帰路へ身を翻そうとしたその時、制服の裾を引っ張られる感覚を覚えたかと思えば、振り返った僕に釘を刺すかのように「日曜、駅前、十時」と駅前の往来にて僕達二人だけに分かる暗号を言っているのかと思う程不自然に約束を告げてきた時には驚きを隠せなかった。

 それを聞かされた僕は片言の暗号に思わず吹き出してしまいそうになったが、楠木さんが喉を鳴らす程に緊張しているのを見て「分かってるよ」と笑顔で頷き返すにとどまった。


 そんな様子の彼女を見れば、いやでも分かるというもの。

 今まで緊張していたからこの話題に触れようとしなかったのだろうと思うと、あの女王様とまで呼ばれて恐れられている楠木さんがまさか友達を誘うだけであそこまで緊張するとなると、誘われている僕にまで緊張が伝播してしまい、当日の朝から緊張しっぱなしであった。


『デート!? デートだよね!? デートじゃん!! それってデートで確定じゃん!!!』


 メッセージアプリにてその話を伝えてから三十分もせずに駆け付けたひめ姉が興奮と歓喜に沸いた状態で家に飛び込んで来たかと思うと開口一番に放った言葉がそれであり、僕が敢えて考えないようにしていた言葉を遠慮なしにブッ込んで来た。


 男女二人で出かけるなんてイベントはデートだ、と言い張るひめ姉と、友達同士でただお出掛けするだけ、という主張の僕らが真っ向からぶつかり合った結果、『親しい男女であれば例え下心が無くともデートは成立する』というひめ姉の、ある種の答えのようなものの前に僕はそれ以上の反論が出来なくなってしまった。

 そのため、僕は今からデート(下心無し)をするために待ち合わせの場所に向かっているのであった。


 そんな今日の召し物は楠木さんが何を目的にしているのか分からないため、もし万が一「これからバンジージャンプをします」といわれても問題無いようひめ姉にコーディネートされていた。

 初め、僕はいつも通りの恰好で良いと言っていたのだが、僕のファッションについて一家言あるひめ姉によって僕のあるかも分からないファッションセンスは無情にも悩む素振りすらない程に即刻切り捨てられた。

 結果、ひめ姉の趣味全開ファッションを押し付けられそうになったものの、今回はそういう場所じゃない、という盾を構えたお陰で無難な格好に落ち着くよう方針を定めることが出来た。


 一体全体、どうしてただのお出掛けに派手に装飾された軍服やら袴やらが出てくるのか。

 無難とは言ったものの、それはあくまでもひめ姉基準での無難である。

 ひめ姉の解説が無ければお洒落ポイントなんて分からないような小物も持たされたところで僕にそれを生かすことができるかどうかわからない。しかし、ひめ姉の彼氏である正紀さんが仕事用のスーツでも私服でも変わらずにいつ見てもお洒落な理由が少しだけ分かったような気がした。


「お礼、って言ってたし、流石に変な所には行かないだろうとは思うけど……」


 ひめ姉に追い出され、もとい送り出される際に「帰ったらいっぱい聞かせてね」と言われているので、細かなことまで記憶に収めようと、日曜の朝の駅前をうろつく。

 学校のない週末に外に出るなんて……、と思うくらい僕は出不精であり、友達のいなかった僕はひめ姉や正紀さんに誘われない限りは基本的に家で暇を潰すのが土日の過ごし方であった僕の目には日曜朝の駅前の光景と言うのは珍しく映った。

 何せ、朝と夜のラッシュ時の人に溢れた駅前の光景しか知らない僕にとってみれば、これから遊びに行くのであろう人達がちらほらと見える駅前は物足りなさを感じる反面、少しだけ綺麗に映って見えた。


 駅前のパン屋さんも、ファストフード店も、喫茶店も。

 ラッシュ時の地獄のような目まぐるしさから解き放たれた時間はこんなにも落ち着く良い環境だったのか、と錯覚してしまえる程に違和感を覚える。否、それは錯覚ではなくこちらが本来の正しい姿だと言えるのだが、普段であれば日曜のこの時間はまだまだベッドで寝転がり続けていたはずの僕には今後一生目にすることができないような光景に驚きを隠せなかった。


「時間まで、何してようかな」


 ひめ姉には楠木さんが来たらまず最初に服を褒めること、と言われているが、どうやって待っていればいいかなんて教えられていない。

 そもそも、誰かと出かけるときの一挙手一投足というのは、一体いつ、どのようにして、誰に教えてもらうのかを教えて欲しい。クラスメイトの面々もきっと友達同士で出かけているのだろうが出会うまでの一連の流れは一体誰に教えてもらうのかが知りたくて仕方がなく、作法の一つも知らない僕はとにかく不安に駆られていた。


 駅前ってどこ?

 東口? 西口?

 待ってる間は何をしていればいいの?

 駅を出てどこで待っていればいいの?


 等々。

 こんこんと湧き出る疑問に押し潰されそうになると、途端に溢れ出す孤独感に不安はやがて恐怖へと変わっていく。

 だがしかし、それを深呼吸を繰り返すことで落ち着きを取り戻した、その時だった。


「あれ、結月じゃん。こんなとこで何してんの?」

「ぴゃっ……!?」


 突然かけられた声に、僕は肩を跳ねさせて驚きふためく。

 俯いた視線を恐る恐る持ち上げると、そこに居たのは思いもよらぬ人物、遊佐さんだった。


「へぇ、結月って私服そんな感じなんだ。結構イケてんじゃん。どっか行くの?」

「お、おはようございます……?」

「何それ、硬すぎんでしょ。慣れて無さすぎ」


 遊佐さんは、学校での彼女のイメージをそのままくり抜いたかのような緩い恰好で、大きなトートバッグを肩から提げていた。


「ってかこんな時間から何してんの? あっ、もしかしたあたしのこと待ってたとかぁ~?」

「ち、違いますけど……」

「は? そこは嘘でも頷くとこだろっての」

「遊佐さんも、こんな時間に何処に?」

「スルーすんなし……ってか、見て分かるでしょ。勉強よ、べ・ん・きょ・お。その感じだと忘れてるっぽいけど、あたしら一応受験生なんですけど? 来週模試もあるし、余計なことにも時間使っちゃったからその分も取り戻さないとだしね」


 女性特有の細い手首に巻き付いた腕時計に視線を落とした後、遠慮なく鞄の中身を広げて見せてきた遊佐さんのバッグの中は参考書と筆記用具でいっぱいで、これから遊びに行く僕に現実を見せつけてくるかのようであった。


「楠木さんを、待ってるんだけど……」

「え? は? あいつと? え……、ってか、結月とあいつ、そこまで進んでたの……? え、マジで? いつから? 何回目なん?」

「何回目とかじゃなくて……」

「え!? もしかして初めて!? うっわぁ~、超見たいんだけどそれ……! あいつがどんな顔すんのかめっちゃ気になるわぁ……。思いっ切りからかいてぇ~~!!」


 僕の言葉に遊佐さんは一瞬怪訝な表情を浮かべた後、様々な感情が綯い交ぜになった顔付きから転じて、好奇心に満ちた様子の表情へと切り替わる。

 コロコロと変わる顔色に面白いものを見たような気になっていたが、遊佐さんの悔しそうでもあり、楽しそうな顔を見て、思わず口を滑らせてしまったけれども口を滑らせてよかったんだっけ、と思い至る。


「……心配しなくても言い触らさないし。精々、あたしらが受験勉強で必死になってる傍らで女王様は優雅に男の子とデートですかい、って思うくらいだし」

「で、デートってわけじゃ……」

「はぁ!? 男女が二人きりで出かけるってあんた、デート意外のなにものでもないでしょ!! むしろこれでデートじゃないとか言われたら、あたしだったら泣いてるね。普通、好きじゃなかったら誘わんし」

「いや、でも楠木さんはお礼だって言ってたし、僕達はただの友達だし……」

「結月、それ本気で言って──そうだなぁ。結月はそうだよなぁ……。解釈一致過ぎてむしろ余計な口出しすら烏滸がましく思えてくるわぁ」


 会話の途中で、途端に頭を抱えだした遊佐さんは「うーん、うーん」と唸った後、再び顔を上げて僕の肩に手を置いてくる。


「……ガンバ」


 あからさまに態度を変えて目を細める姿は、何かしら微笑ましいものでも見るかのようで、バカにされているようにしか思えなかったが、僕はまともな反論を口にすることもできなかった。


「そう言えば、約束の時間は? この時間だと、九時? 大分遅刻したねぇ。こんなとこにいていいの? あの女なら、あっちで映画のチケット握り締めて待ってたけど。ソワソワしてたから声かけなかった、っていうか、休みの日まであいつと口利きたくない、っていうか」

「え。もう来てるの!?」

「え、何その反応。こっちが困るんだけど。ってかそれくらい、普通にスマホで連絡とってるでしょ」

「い、いや……連絡先は、知らないから……。それに、約束は十時だし……」

「はぁ? なん、っそれ……! 初々し過ぎるでしょ……!」


 人目を引くような大袈裟なリアクションをかました遊佐さんは再度一人の世界に入り込んでブツブツと何かを呟き始めたかと思えば、遊佐さんは僕の背後に回って背中を押し出す。


「行ってら。月曜覚悟しとけ、ってあいつに伝えといて」

「う、うん……! 遊佐さんも、勉強頑張って」

「結月たちも同じ受験生なんだけどなぁ?」

「あ、あはは……」


 遊佐さんに送り出されて、彼女が指差した方へと歩いて行くと、まばらに見えていた人垣の奥に、決して埋もれることはないような輝きを放つ一輪の花が君臨しているのを、僕は目の当たりにする。


 その花の名は、楠木陽葵。


 気の所為でなければ、僕の目に映る彼女は、毎夜の帰り道、僕が自転車に乗って去って行く方を見つめてソワソワとしているように見える。

 生憎と、今日は自転車ではなく最寄りの駅から電車に乗ってやってきたため楠木さんの思っている方向とは真逆の場所からの登場となってしまったのだが、手放すまい、と握られたチケットが遠目からでも確認でき、頻りに腕時計に目線を落とす彼女の姿は何時までも見ていて飽きないものがあった。


 時刻は、九時二十分を間もなく時計の針が指し示す頃。

 彼女もまた電車でやってきたのだろうが、どこにいようと僕の目を引く楠木さんを見逃すはずがない以上、彼女は僕よりも早く約束の場所にやって来ているということになる。

 そう考えるとそこはかとなく嬉しさがこみあげてくるのは一体、何故なんだろうか。

 ひめ姉には先に着いて待っていなさい、といわれたものの、楠木さんが先に着いて待っていた場合はどうすればいいのか。そんな時のことまでは教えてもらっていないと内心では大量の汗をかきつつも、これ以上彼女を待たせるわけにはいかない、と思考を切り替える。


 落ち着きのない様子の楠木さんの姿をいつまでも見ていたい気持ちを抑えて僕は、すぅ、と息を吸って楠木さんの背後から声を掛ける。


「おはよう、楠木さん」

「っ! は、早いのね、涼村くん。私も、ちょうど今、来たところなの」


 僕の声にバッ、と振り返った楠木さんの目には驚きと安堵の二つの感情が混在していて、手に持った二枚のチケットを慌てて背中に隠す様はどこか微笑ましい。それに何よりも、不安そうな横顔だったのが大輪の花を咲かせたかのように明るくなっていく瞬間は、脳内にて余裕でコマ送りで再生可能なほど目に焼き付けた。

 ちょいちょい、と不安そうな手付きで指先で前髪を弄る彼女を見て、いつもとは異なる目線の位置に気が付く。


 今日は楠木さんは厚底の靴を履いているのか、目線が同じ高さになるのだが、伏し目がちになったことで少しだけ目線が低く感じられるのは彼女も緊張しているからだろうか。

 いつだって自信に満ち溢れた彼女らしくないと思う反面、楠木さんでさえも緊張するんだという事実に、僕は改めてこの場の特別感を噛み締めるのだった。


「楠木さんは、今日はかっこいいね」


 お互いに言葉に詰まって僅かな沈黙が訪れるも、僕はまず最初にひめ姉によって与えられたミッションの一つをクリアすべくまずは彼女の服装を褒めることに従事する。

 このままでは何か別のことを考えていないと、すぐに緊張してしまいそうだったから、という逃避の意味合いもあったのは秘密だ。


 今日の楠木さんは、ハイウエストのワイドパンツに、デニムのジャケットを肩に掛けるという出で立ちは一言でいってクールそのもので、楠木さんの長い脚がとてもよく映えているのが一目見て分かる。

 かと言ってクール過ぎる訳でもなく。


「でも、髪は巻かれてて可愛いね」

「っ、そう。よく、みてるじゃない」


 楠木さんの丁寧に手入れされた髪は、くるくるとうねりを打つように緩く巻かれていて、クールに整えられた彼女の服装に一匙のかわいらしさがエッセンスとして加えられているかのようで、楠木さんの出で立ちだけでギャップが成立していた。

 顔を背けて口元をもにょもにょと動かしているような反応を見る限り、初めての褒め行為に関してはどうやら正解を選べた様子。


 これで良かったんだよね、と遠くにいるはずのひめ姉に頭の中で問いかけつつ、最初の関門を突破したところで楠木さんがおずおずと背中に回した手を前に運んできて、少しだけ皺の寄った映画のチケットを胸の前に翳す。


「……映画に、行くわ」

「最初は映画? なんだか、映像研究部っぽいね」

「ぽい、って言うより、ちゃんと映像研究部でしょ」

「そう言えば、そうだったね」

「涼村くんは、この前みたいな服じゃないのね」

「あれは……ひめ姉に着せられた、というかなんというか」

「姫和さんの……なるほど」

「楠木さんも、ああいうのに興味あるの? ひめ姉が聞いたら喜ぶと思うよ」

「あんたと一緒なら、してもいいわ」

「えー、僕はあんまり注目浴びるの好きじゃないんだけどなぁ」

「それじゃあ、今日のファッションはあんたのセンスなんだ」

「……いや、今日もひめ姉に頼らせていただきました」

「ふぅん……」

「な、何か、変?」

「別に? 早く、行くわよ」


 すっかり口を尖らせてしまった楠木さんは、口では何でもないと言いながらも不服さが拭いきれない様子。けれども、どうにかして聞き出そうにもこれ以上はしつこくなってしまうため、僕にとってこの真相は闇の中へと消えていくのみ。

 その代わりと言ってはなんだが、彼女の気も逸らす意味合いも含めて、僕は先導して駅の改札を潜っていく彼女の背に気になっていたことを尋ねるのだった。


「そう言えば、楠木さんは何時に着いてたの?」

「……言わなくちゃ駄目かしら」

「いや、言いたくないなら別に無理して言わなくても」


 現在の時刻は九時三十分を少し過ぎた頃。

 合流してから出発するまでの時点で、約束の時間よりも三十分以上も巻いているのだ。

 悪いことではないのに言い渋る楠木さんに僕はこれ以上聞くつもりはないよ、と意思表示をしたのだが、楠木さんは言うべきだと判断したのか、ポツリと呟いた。


「……九時前には、着いていたわ」

「一時間以上早かったの!? ごめんね、結構待たせちゃって」

「私が早く着いただけだもの。涼村くんが謝ることなんて無いの。それに、私は待つ時間って嫌いじゃないの。まあ、あんまり長いと嫌になっちゃうけど」


 その分、あんたも早く来たけど、なんてすっかり元の調子を取り戻した楠木さんが肩をぶつけてくると同時に、僕達を目的地まで運んでくれる電車がやってくるアナウンスが流れるのだった。











「こんなん、追いかけるしかないっしょ……! なんのための日曜なの、って話! このためにあたしは毎日机に向かっているんだよ……! そう、この日を迎えるためにね!! 勉強なんていつでもできるけど、あいつらのデートを追えるのは今日しか無いの……って、なんか変な人いるんだけど」


「はぁはぁ、ゆーちゃん、いいわよ、その調子! くぅう……! そこは、『今日も綺麗だね』ってひまりちゃんの髪に触れて匂いを嗅ぐくらいしないと──って、はぁぁ!! 私ってば痛恨のミス……! そうだよ、これはひまりちゃんとゆーちゃんのデートじゃない。しかもひまりちゃんが誘った……。なら、私が洋服選んであげる、とかできないじゃん……!! くぅう、完璧が故のミス……! 痛恨の、ミス……! ぐおぉぉぉ……!!」


「え、やば、通報した方がいいんかな……」



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