今の固いパン、どうにかしたい!
小麦粉ゲット狙いで好感度アップの為に手伝いづくしで、兄ちゃんに神話系の絵本を読み聞かせてもらいながら眠りに就いた、翌日。今日は兄ちゃんがまた山に入る日だ。
「「「おはよ~……」」」
「おはよう。顔洗いに行こう。朝ごはんの用意は出来てるよ」
「「「はーい」」」
俺らが起き出す頃には準備が出来てる兄ちゃんに付き添ってもらって、外のみずがめそばまで顔を洗いに行く。あっためるついでに煮沸消毒してくれてるの、ありがたいよなぁ。目に雑菌は怖いもん。三つ子で桶を囲んで、温くなった水で顔をパシャパシャしてすっきりしたら、朝ごはんを用意してくれてる父ちゃん母ちゃんの待つ家の中に戻る。
母ちゃんにウサギ肉と根菜のスープを木の深皿によそってもらって、父ちゃんにくし切りのゆで卵が入った蒸し野菜サラダを持ってもらって、兄ちゃんに牛乳を注いだカップをテーブルに置いてもらった。テーブルの中央にはパンかごがあって、今日も今日とて、しっかり硬そうな茶色パンだぜ! 薄切りにされててもな!
「「「いただきます」」」
三つ子揃って手を合わせて、挨拶する。最初は『急にどうしたの』と驚かれたものだが、一週間近くも経てば、大人組の方が付き合ってくれるようになった。そんじゃあそろそろ、兄ちゃんとお喋りしよ!
「なーなー兄ちゃん! 次はいつ帰ってくるのー?」
「ははっ、いつも分からないよ。ギルドからの依頼品を回収するまでだからね」
「ギルドからの依頼品ってー?」
「えーっと、冒険者ギルドからは、オスのボア1体・引き続き二角ウサギ10体・スライムの核魔石が10個。商人ギルドからはギヨモを10束・赤ゾシを10束・タビマタの虫コブ果実100個、だね」
「依頼受けすぎじゃない?! 大丈夫なのー?」
「魔物・魔獣は商人ギルドからの依頼のついでだからね。だけど、早くて3日かかるかな」
「「「ながーい」」」
ギヨモも赤ゾシもタビマタも、そんなに見つけづらいもんなの? マタタビは分かんねぇけど、あとはヨモギと赤紫蘇だろー? そこらへんに生えてそうじゃーん。うーん、俺らに言えない、他の仕事もやってんのかなー? 罠とか仕掛けてんのかなー。
クスクス笑いながら「ごめんな」と謝った兄ちゃんが、「でも」と続けた。
「ティーチ、ターチ、ミーチが作ってくれたろ過器で、きっと水の確保がしやすくなるよ。ありがとう!」
「「「へへへ~!」」」
兄ちゃんが俺たちの作ったものを使ってくれるの、嬉しいな! 三つ子揃ってデレデレしちゃうぜ!
「もう、スープ冷めるわよ。さっさと食べちゃいなさい」
「「「はーい」」」
「はい」
まだサラダしか手をつけてないのにうるさくしちゃったから、母ちゃんに怒られちった。でも、父ちゃんに「最近はお前たちも野菜を食べるようになったね。偉いな」って褒められた! へへっ、計画の下地は整ってたぜ!
スープを食べようってなって、三つ子揃ってパンかごに手を伸ばす。取ったのは、薄く切られた茶色いパン。いただきますする前に兄ちゃんが切ってくれてた。……よし! 今回こそ!
「「「はぐっ! んぎぎ……いっ!」」」
あぁくっそ! 噛み切るのにまだ苦労する! 母ちゃんたちの「しょうがない子達」と言わんばかりの生暖かい眼差しを受けながら、俺たちは残りのパンをスープに浮かべた。浸すってかもう、ふやかしてスプーンで切って食べるのが、俺たち5歳児のやり方だ。スープはウサギ肉もガジャ芋もジンニンも柔らかく食べやすくて、美味しかった!
「「「ごちそうさまでした!」」」
「あら、パンがまだあなたたちの分、残ってるわよ?」
「「「硬いんだもーん……」」」
母ちゃんの言うとおり、俺たちの方に寄せられたパンかごの中には、スライスされた茶色パンが六枚。一人二枚残っているけども、お腹いっぱいだ。ゆで卵って、腹に溜まるくね? それに、硬いし。
「しょうがないわねぇ」と言いながら、母ちゃんはパンかごに布をかぶせた。これで朝食の時間は終わり。さーて、食器をバケツの水に浸してー。歯磨きしよー。……て、あれ?
「「どうしたの、ターチ?」」
椅子から降りないターチは、俺とミーチが声をかけても、パンかごから目を外さなかった。見ているのに、パンかご自体を見ていないような、ちょっとだけ虚ろな目だ。
「……どうした、ターチ。また何か、思いついたのかい」
「! えっと、ねー?」
朝食の時間には珍しく、父ちゃんが話しかけてきてびっくりした。俺らと一緒で肩をはねさせたターチは、いい機会だとばかりに身を乗り出した。
「パンがね、硬いならね、ふやかしちゃえばいいじゃん?」
「そうだね」
「だからね、パンをね、焼かないで、茹でちゃえばいいと思って!」
「「「「えっ!?」」」」
「……ほう」
パンを、茹でて作る。うん、驚いてみせたけど、それってベーグルだよな。おいおいターチ、小麦粉の駆け引き、今すんのか! 一言欲しかったぜ!
受け止めて尚、無表情の父ちゃんが、「続けてごらん」と促した。ちょっと緊張してるターチだけど、負けずに口を開いた。
「卵は茹でたらゆで卵になるでしょ? 固まるでしょ? だから、このパンと、パンの材料と卵を足して、布で巻いて固めて茹でたら、ふわふわのパンが出来ると思うんだ!」
「溶けないか?」
「わ、分かんないっ、やってみないと!」
「……そうか」
熱い。想いが熱いぜ、ターチ! そうだよな、ろ過器と一緒で、やってみなきゃ、分かんねぇよな! ……んっ? 卵が、ベーグルにいるって話、あったっけ? ……別にいっか! 栄養価アップだぜ!
ターチの後ろから俺とミーチもギラギラと視線を送れば、父ちゃんは悩むように目を閉じ、「やってみなさい」って言ってくれた! やったぁ!
「ヒティ、いいの? あまり余裕は……」
「マリア。この子達がやりたいなら、させよう。ろ過器や木炭の実績もあるしね。ただし、ティーチ、ターチ、ミーチ。しっかり考えて作るんだよ」
「「「ありがとう! 父ちゃん!」」」
よっしゃ! これで柔らかいパンへの道が開かれ……っ!?
「「「に、兄ちゃん!?」」」
「どうして、今、なの……」
目を見開きながら俯く兄ちゃんが、悲壮感にまみれた声でそう言って、項垂れた。う、うわぁ。そんなに落ち込むぅ?
「俺、これから、山に……。見届けられないの……?」
「に、兄ちゃん、茹でパンが成功するか、まだ分かんねぇぜ?」
「そうだよ。僕ら、兄ちゃんには美味しいものを食べて欲しいし!」
「楽しみにしてて! 次のパンは私たちが作るから!」
「……うん。ありがとう。ティーチ、ターチ、ミーチ。生きがいにするね」
「「「うん! 気をつけていってらっしゃい!」」」
おっっっっも。生きがいって。中途半端なモンは作れねぇ。気合い入れなきゃなぁ!