神々が覗き見ていた
「──こうして、別れた三つ子は再会した武神の愛し子とも、今の家族とも仲良くして、世界に異世界の知識を広めたのでした。めでたし、めでたし! いやぁ、ちゃんとハッピーエンドになったねぇ! よかったよかった!」
「まだ終わっとらんわ。あのカバンの中には米も醤油もあるんじゃぞ。そこまで見届けんか」
「あれ、元の世界で言うところのタイ米と魚醤じゃん。あの子達ならどうにかするだろうけどぉ」
「ふははっ! 理想を求めて、まだまだクガニは旅をしてくれそうだな!」
桃色がかった空の下で、地上の様子を映す湖を覗き込む3つの影。下半身が蜘蛛の男に、筋骨隆々な女、そして性別不明の子供。運命と武と知恵の神だ。
運命の神が三つ子の運命を操作した後も、彼らはその行く末を眺めていたのだ。
「へぇ、なにか盛り上がってるわね」
その時、別の影が湖にさした。それは豊満な肉体をしていながら少し背が丸くなり、どことなく陰気であった。頭部は白で毛先が黒い頭髪は、筆を連想させる。
「あ、アヤ。残念だったね、もう起承転結の結。一区切りついたとこだよ」
「あら、それは本当に残念。まぁいいわ、湖ちゃんにお願いしたら、かい摘んで見せてくれるもの」
“アヤ”と呼ばれた神はそう言いながら、彼らと少し離れた位置で湖に指先を付ける。すると柔らかな光が指を伝って流れていき、瞼を閉じた彼女の頭部に流れ、染み込んでいった。
伝う光が弱くなっていくと、女は微笑んだ。
「ふふふっ、面白いじゃない。神々に振り回される人の子たち。哀れで、その中で懸命に生きて、死んで。そして生まれ変わる。次はこの一連をネタに、一つ書かせたいわね」
「さっすが文学の神。遠慮が無いねぇ」
「インスピレーションを下ろすなら……この子達の居た世界にかしら」
「ホントに遠慮が無いね!?」
運命の神の驚く声に耳を貸すことなく、文学の神は湖の淵から立ち上がると背を向けた。「善は急げよね、さようなら!」と、足早に去ろうとする。そこに運命の神も続いていった。
「僕も帰るから、君の思いつきを聞かせてよぉ」
「あらやだ、作品になってから見ればいいのに」
「まだ磨かれる前の原石を眺めるのも、僕は好きなんだぁ」
「ふふ、あなたで磨かせてもらおうかしら」
運命の神は「光栄だなぁ」と言い放つ口を少々ヒクつかせた。少し前を歩く文学の神は気付くことなく、ご機嫌に笑う。
「とは言ってもねぇ。まだ語れるほどの石にもなってないわ。今のところ閃いたのは、あの三つ子ちゃんが魔王に殺されるんじゃなくて、誘拐される、くらいかしら」
「おおー! いいねぇ、僕も見守ってる時、そうして欲しかったんだよぉ! でも愛し子認定してるチエがあっさり見捨てたもんだからさぁ」
「そして魔王城でも美味しいものを開発して、魔族たちにも認められていくの。そもそも嫌われないでしょうけど、情が芽生えて、胃袋も掴むの」
「いいねぇ、いいねぇ! 場所が変わっても、やることを変えないのは好きだよぉ!」
「魔族を対象に開発するの。アヒージョに、ラーメン、コーラにポテトチップス。お菓子のようなパンもたくさんね」
「あっちの世界の食べ物をたくさん再発明してほしいね!」
「──あるとき、気づくの。三つ子が開発するもの、高カロリーじゃない? って」
「え?」
興奮していた運命の神は、突然語られる不穏な展開に、8つの単眼を丸くする。文学の神は続ける。
「疑いはやがて確信に変わり、宰相気取りの魔族が尋ねるの。『どうしてそんなに、栄養過多なものばかりを?』『君たちは質素なままで、私たちだけが肥えていく気がします』ってね。……三つ子ちゃんたちはそれには答えず、こう言うの」
うっとりと微笑む文学の神の眼には、昏い喜びが宿っていた。
「『魔王さまは、喜んでますか?』ってね」
「……宰相君は、どう答えるの?」
「予想つくでしょう? 『魔王に食事は必要ない。君らの発明品は食していない』。そう答えるの。だから三つ子は泣いちゃうの! 『意味がなかった!』って! 『太らせて弱体化させたかったのに、クガニ兄ちゃんの役に立ててない!』って! はぁん! 可愛いわねぇ!」
「……」
紅潮する顔を両手で覆って身を捩る文学の神のとなりで、運命の神は溜め息をついた。息の音は小さかったが、落ち込み具合は顕著であった。
「しかも三つ子ちゃんは魔法適性検査も受けられないから、6歳を過ぎても魔法が使えないの! 研究が出来るだけの、窮屈な環境で! 目的もバレて肩身の狭い思いをして! 魔族との間に溝もできて! はぁ、本当に、本当に可愛いわぁ……! あぁそうよ、ちょっと時間軸弄って、インスピレーションを下ろす作家作品を、三つ子ちゃんに読ませておきましょう! 思い出したら怯えるでしょうねぇ! うふふふふっ!」
運命の神は「たった今思いつくだけで、こんなに悲惨なの……?」と戦慄していた。振り向いて、湖を見つめて口を開いた。
「……やっぱり僕は、ハッピーエンドが好きだなぁ」
完結です! 運命の神がハピエン厨で助かった!
長くなった番外編までご覧いただき、誠にありがとうございました! ご評価下さったら、飛び跳ねて喜びます!