神々が覗き見る 3
小さく項垂れてしまった知恵の神に、運命の神は居心地悪そうにソワソワと蜘蛛の足を動かしていた。
「まぁ、君だけのせいじゃないよぉ。魔王も元は神だし、そうじゃなくても強く念じた“それを成す”って決意を覆すのも、出来ないことはないけど、本当に大変なんだよぉ。神格のある2つの強い殺意を引っくり返せるくらいの救済の思いがないと、あの子達は助からなかったんだよぉ」
「おいおい、まるでクガニの思いがその2つよりも弱いって言ってるようじゃないか。聞き捨てならんぞ」
慰める運命の髪の発言が耳聡く入ったらしい。ヨダレを拭いながら武神が彼らの方へ向いて言った。運命の神は「そうじゃないってぇ」と首を横に振った。
「あの時のクガニ君にそんな時間はなかっただけ。空が黒い雲に覆われて異常に暗くなったくらいで、強く『三つ子に生きて欲しい』なんて、瞬時には思えないでしょ? 狙われるとも思ってなかったみたいだし。ね、リキ」
「……そうだな」
魔王がクガニや三つ子を襲撃した際も見守っていた武神は、運命の神の言い分を認めた。
「そうだ、イト。チエへの説教が終わったなら、お前に頼みたいことがある」
「んー、なぁに?」
八本足を動かして湖へ向かう運命の神。その背後では知恵の神がホッと息をついて丸くなっていた体勢から楽にしていた。
「クガニが私に祈りを捧げていてな。それが、『自分から加護を解いてほしい。田舎で畑をするのに過剰な力だから』という内容でな」
「あれだけ旅して修行して鍛えた後なら、確かに要らないかもねぇ。旅立つ前でも持て余してたし」
「だがな、私は嫌なんだ。加護を消したら召し上げられなくなるだろう? せっかく綺麗な金髪も茶色になってしまうし。それでもクガニは美しいだろうが、私の好みから外れるのは」
「何をお願いしたいのぉ」
武神の止まらなくなりそうな語りを、運命の神はその一言で止めた。遮られても特に気分を害した様子もなく、武神は「そうだった」と手を打ち鳴らした。
「下界においても傍迷惑な魔王でもあり、不名誉なことに私の前任であるあの存在を消してくれた褒美に、何か望みを叶えてやりたい。しかしクガニの望みにそのまま応えるのは難しい。なにか良い提案はないだろうか」
「そういうことね~」
すんなり出てきた相談の内容に、運命の神は合点がいくと共に思案した。腕を組んで、「う~ん」と唸る運命の神と武神の二柱。そんな背中に「それなら」としおらしい声がかかった。
「我の愛し子の三つ子と、再会させるのはどうじゃ?」
そう提案したのは、地面に胡座の格好になった知恵の神だった。
「あやつら、幽体となって未だに兄のそばでうろちょろしておる。生き返らせるのは当然無理じゃが、またこの世のヒトとして生まれ変わらせる位のことは、できるじゃろ」
「おお~! チエにしては知恵の神らしいじゃーん!」
「ぐっ……!」
運命の神の失礼な発言を浴びて、知恵の神は「許されてはおらんかったか」とまた俯いてしまった。
武神が顎に手を当て、うん、うんと頷くたびに笑みを深めていった。
「それがいい! いや、それしかありえない! これなら、クガニも三つ子も私も、三方良しだ!」
「あれ、リキもなの?」
「あぁ! 私の閃きを実行するならば、クガニは三つ子と再会できて! 三つ子はこちらの世界で食文化を花開かせられ! そして私は私の神殿を巡って旅をするクガニをまだ見届けられる!」
「君の神殿って、道場とかばっかりだよねぇ」
「まだ強くさせる気かの?」
「なっても良いし、現状維持でも構わんさ」
その後、武神は自らの閃きを歌うように語った。その内容に聞く二柱も感心している。
湖に地上のあらゆる場所を映し出させた運命の神が、蜘蛛の足で何やら、見えない糸を弄り始めた。
「僕はリキの発想、とても良いと思うよぉ。さっそく弄っちゃおう! まずは三つ子ちゃんたちを捕まえてっとぉ」
「うむ、我も素晴らしいと思う! イト、我の失敗を繰り返してはならぬ。早急に、しかし丁寧に、我の愛し子を下ろす環境を見極めねばならぬぞ!」
「あぁ、あまり以前の場所に近い場所はやめてくれ。せめて国境は跨ぐとか……」
武神と知恵の神からの注文に、糸を操る蜘蛛の糸は忙しそうに動いている。しかし運命の神もそれはそれは楽しげに微笑んでいる。
知恵の神は湖に映る厳選された候補を見下ろし、その一つを指し示した。まだ陽が登らない時間帯に、芋を収穫しているらしい。若い男女が談笑しながら土を掘り起こして芋を籠に入れていく。
「ほれ、あの大きい農村はどうじゃ? 丁度3組のヒトの番が出来ておるぞ! それも人同士の関係も悪くはなさそうじゃ!」
「なるほどな、今度は一つを一つに宿す作戦か。それならあの世界のことはともかく、クガニのことは抜け落ちないだろう!」
「それ大事だよねぇ。よし、記憶部分もちょっと強く繋いでおこう!」
興が乗った蜘蛛の足は踊るように見えない糸を繋いでいる。
約束の地は、武神を崇める道場が近くにあり、知恵の神を崇める教会も存在する町と定められた。その地は広い畑が広がる農耕地域でありながら、近くには活気のある市場もある。そこそこ離れてはいるが別の町には冒険者ギルドもあり、道路が整備されている影響か若者も多い地域だ。
三つ子がのんびりと新たな料理を開発し、世に広めるのに、適した環境だろう。
「僕は基本的に、ハッピーエンドが好きなんだよねぇ」
運命の糸を繋ぎ終えた神が、そうつぶやいた。
もう少しだけ続くんじゃよ。