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我が家の食卓革命~転生三つ子が白いパンを焼くまで~  作者: 石磨 輝
三つ子がいなくなった後
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神々が覗き見る 2

 武神が覗き込む湖が映し出す景色は、大きく移り変わっていた。



~~~


 場所は青々とした畑の大きく広がる、山際の農場。故郷へ返ってきた復讐者クガニの表情は晴れやかであり、安堵や喜びも全身から現れていた。


 武神らが見ていない間に移動したらしい。クガニの故郷にやって来た魔王討伐一行は、すぐそこの住宅を横目に山際へと向かい、三つ並んだ素朴な墓の前で止まった。

 その前でしゃがみこんだクガニは、とても柔らかな優しい顔をして、『ただいま』と告げた。潤んだ青い瞳から涙がポロポロと零れていく。


 クガニの表情に初めて、虚しさの色が現れた。


~~~



「はぁっはぁっはぁっ! なんて、なんて愛らしいんだクガニッ!!!」


 恍惚とした表情で湖の淵に手をついて齧りつくように覗き込む武神の後ろでは、その迫力に“イト”と呼ばれていた蜘蛛男が苦い顔をして押し黙っていた。思わず八本足で後ずさる程に。子供は不快感を隠しもせず、湖から離れて両手を頭の後ろで組んだ。


「ずるいのぉ、ずるいのぉ! リキばっかり悦びおって。我の愛し子らなんぞ、我に還元すべき加護を、よりにもよって、仇をなすように! 独占しようとしとったぞ! なんじゃこの格差は!」

「まぁまぁ。あの子達はまだ神殿で調べる年齢じゃなかったんだから、気付かなかっただけだってぇ。知恵の神の加護を受けてるってね」

「ぐぬぬぅ。リキに倣って、我もあの胎に神託を下しとくんじゃったのぉ」

「だからさぁ……」

「はぁ……。武神の加護を受けし者を孕んで無事じゃった胎じゃからと、期待しすぎたのかのぉ」


 知恵の神の物言いにうんざりした蜘蛛男は深い溜め息を吐いた。それから背筋を伸ばして、腕を組んだ。


「まぁ、チエの企みが果たされていたら、リキの望みが叶えられてないからねぇ。どちらかは涙をのむものだったんだねぇ」

「何を言う! お主が神らしく運命の糸を操って、ヤツが殺すところを、心変わりさせて誘拐、という展開でも良かったじゃろう!」

「あの時そう言ったじゃーん。でもチエ、『我に捧げものをしない愛し子なぞ要らん! 捨て置け!』って言ってたよぉ」

「じゃってぇ~」


 知恵の神は子供の姿らしく、草の萌ゆる地面に横になった。


「我に捧げられる供物、さほど美味くないんじゃもーん。しかし、下界の食文化が花開ければ、それだけ供物の質が良くなるじゃろう? その起爆剤としてあの三つの魂を、協力し合えるようにと一つの胎に詰めてやったのに!」

「あのさぁ……」

「まさか、神である我との契約時の記憶を無くしてしまうとは、とんだ誤算だ」


 寝転びながら足を組む知恵の神が、桃色がかった空に息をつく。そんな子供に運命の神も息をつく。


「いくら武神の加護持ちを孕んで無事だった腹だとしても、一つの腹に一度に詰めたから、いろいろ溢れたのじゃろうか?」

「まぁ間違いなく、3つ一気はやりすぎたよねぇ」

「はぁ……。己が何者であったかを、なぜ転生したのかを見失ったがために、愛し子らは慎重になりすぎた」


 見上げる先にある穴の空いた雲を見て、知恵の神は「あぁ、我もあの雲のような、“どーなっつ”とやらを食べてみたかったのぉ」と願望を零していた。運命の神が口を開く。


「そういえば、なんて言って送り出したんだっけ?」

「んー? 確か、『言の葉を操れるようになった暁には、我を崇める教会へ庇護を求めよ。その地でそなたらの使命を存分に果たせ。周りへの遠慮は要らぬ。我へお主らの発明した供物を捧げよ』、みたいな感じじゃったなー」

「あー、あんまり難しくもないねぇ。あそこの神殿は君も崇めてるし。第一は豊穣だけど、豊穣には知識も必要だからって感じで」

「そうなのじゃ! 環境も神殿も生まれも全て! 最適なものを設えてやったというのに!」


 当時の怒りが再熱したらしい。知恵の神が跳ねるように上体を起こした。


「我との記憶は飛ばしたクセに、自らが異世界の民であること、無闇に知識をひけらかすと厄介を引き寄せるという警戒心は大事に、大事に抱えとった! 己らの家族にさえ隠し、誤魔化した! 我がいつ、そんな窮屈な思いをせぇと言った! 子供なら保護者に甘えとれ! そうしても構わんのを選んだんじゃぞ!」

「随分じっくり見守ってたんだねぇ」

「そりゃそうじゃ! 生まれ落ちてからなかなか記憶を取り戻さんかった上に、ようやく目覚めたかと思えば、自らの名すら忘れとる有様! あやつらが使命を果たすかどうか怪しいのじゃなから、注視したくもなるわい!」


 長々と不満を垂らしながら、知恵の神は自らの膝をタシタシ叩く。その音の強さで、神の憤慨具合が伺える。


「あやつらは権力者に囲われることを恐れとったが、囲われとればよいじゃろ! あぁ、我の計画では、神殿経由で王都に行って、人の王に認められて! 今頃食文化を花開かせとる最中じゃったのに!」

「えー? あの子達が記憶をぼんやり思い出してから、3年経ったかくらいじゃない? そんなに早く開くものかな? 食べ慣れないものは受け入れにくいだろうしさ」

「あの地域は食材の種類が豊富で、かつ奴らの世界とそう変わらんものも多かったんじゃ! 輸送やらなんやらの問題も解決しやすいはずじゃのに! 人に受け入れられずとも、神である我が求めとるというのに! そう契約したというのに!」


 ずっと膝を叩いていた腕を広げながら、知恵の神は再び地面に勢いよく身体を横たえた。


「何が、“俺たちの、俺たちによる、俺たちの為の食卓革命”じゃ! 我の為に呼び寄せたのじゃ!」


 「それがどうして、あんな結末になるんじゃあ!」と泣く知恵の神。未だ湖に向かって興奮している武神との心情の温度差が激しい。運命の神も、何度目か分からない溜め息をつく。


「もうちょい待ってあげれば良かったのに。リキなんて15年も待ったよ? それを、ほんの数ヶ月で成果を挙げろってさぁ。もっと忍耐力を」

「喧しい! 小言は聞きとうない!」

「これ小言じゃないけど」


 発言を遮られて、運命の神は口端をピクリとさせた。そんな運命の神を見上げる知恵の神は一層不満で顔をしかめた。


「まるで自分は無関係のような物言いじゃが。お主も供物の質を上げる為に、我と手を組んだ仲じゃろ!」

「それは認めるけどねぇ。あの子達はチエの、神の愛し子だよ? 君が決めた運命の、その糸を操るなんて、まぁ無理なんだよねぇ」

「なっ、なんじゃと!?」


 知らされていなかった情報に目を見開く知恵の神。運命の神は「だからあの時も『それでいいの?』って聞いたでしょ」と首を傾げた。


「いくら君が生まれたてで、威厳を口調でしか示せないおこちゃまで、何度注意しても品性疑われる物言いしか出来なくて、僕より数段も神格が下がるとはいえ。君は神なんだよぉ? 同じ神なんだから、強い意志で抵抗されたら、こっちは手出し出来ないよぉ」

「い、言いすぎじゃろ……」

「反省してよね」


 運命の神からの容赦の無いダメ出しに、知識の神は背を丸くし、深く項垂れてしまった。元々小さな体が更に縮んだようだった。


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