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我が家の食卓革命~転生三つ子が白いパンを焼くまで~  作者: 石磨 輝
三つ子がいなくなった後
62/70

神々が覗き見る 1

※人外表現や復讐描写の為にモラルのない発言や行動が多々あります。今作はそれらを推奨するものではありません。

 ほんのりと桃色かがった空に、新緑色の雲が浮いている。青緑色の木々で囲まれた湖の辺では、3つの人影が集まっていた。

 右に、筋骨隆々で赤黒い髪を一つ結びにした若い女。左に、下半身が蜘蛛になっている異形の男。中央に、くすんだ白髪を目の上や肩の上で切りそろえた子供。彼らは揃って食い入るように、湖を覗き込んでいた。


「いけ……! やってやれ……! よしっ! よくやったぞアルコ!」

「おぉ! なんて鮮やかな両断。勇者の称号にふさわしい太刀筋だねぇ」

「ふはははっ! 間抜けな顔が真っ二つだ!」


 三者三様の反応。歓声を上げる彼らが見る、湖が映し出す景色は、血生臭いものであった。


~~~



 巨大化した聖剣を振り下ろした格好の勇者アルコ。その正面には魔王が、頭から真っ二つに切り裂かれていた。


『臓物は無し、かよ。血と魔力しか無いんだ、どおりで心も無ぇワケだぁ!』


 神通力か、魔力か。魔王は夥しい量の血を流す断面から糸状の何かを伸ばし、再び一つになろうとする。そんな断面が、血が、凍りついた。


『兄様の仇、取らせてもらう……ッ!!』


 魔王の血を凍てつかせたのは、魔術師ジャバラ。深い憎しみの募った一手は、魔王を血の色の氷で覆わせた。

 しぶとい魔王は身体や血に熱を持たせて溶かしたが、それを狙ったかのように聖女の詠唱が響いた。

 聖女ペチュニアはなんと、魔王に治癒魔法をかけたのだ! 目が眩むほどの光の後、魔王の身体は──断面に黒い皮膚が作られていた。


『くっつけたければ、ご自身で痛い思いしてお剥がしになられて?』


 慈悲のない治癒。それに狼狽えた魔王は、背後の存在に気付くのが遅れた。気付いたところで、振り向く間もなく、真っ二つの体にいくつもの風穴が空いていく。

 凄まじい衝撃波、破裂音が魔王の間に何度も轟く。巨大な空間が魔王の血で濡れ染まっていく。復讐者クガニが拳を振るうのをやめたのは、ほぼ吹き飛んだ身体が崩れ落ちた時。下ろされた拳はしかし、油断なく握られたままだ。

 辛うじて形が残る半分の口が、わなわなと震えている。


『なぜ、だ……。これでは、ただの、殺し、では、ないか……』

『なに言ってんだ? テメェの望みなんざ、叶えてやるもんか』


 “新たな武神の加護を受けた者との死闘”の為に、三つ子の命を奪った魔王。己の欲に忠実であった堕ちた神は、三つ子の兄に復讐を遂行され──塵となって消えた。


 漂う黒い塵の中で、復讐者クガニはぽっかり空いた天井から覗く空を仰いだ。暗い雲が晴れて現れた月明かりが、彼に優しく降り注ぐ。


『ティーチ、ターチ、ミーチ……。兄ちゃん、やったよ。君らのお父さん、お母さん、守りきったよ』


 やっと力を抜いたクガニは、達成感に満ちた表情を浮かべた。



~~~


 そんな、見事目標を果たした魔王討伐一行の姿を、3つの人影は湖越しに見ていた。最初に拍手をしたのは、下半身が蜘蛛の、顔にも蜘蛛の目が8つある男だった。


「はぁ~~~、良い見世物だったねぇ」

「うむ、思わず観戦に力が入ってしまったぞ!」

「流石は、我が加護を授けし者! 理想的なはたらきをしてくれた!」


 半身蜘蛛の男に続いて、見た目と口調に違和がある子供と筋骨隆々な若い女が感想を述べる。特に若い女が感心から大きく頷いている。


「これで、あの迷惑で目障りな前任は居なくなった! 堕ちた後に魔王となっても、慕われもせず、崇められることもなく、裏で疎まれ! 野望も果たせず無駄に死んだ! ここ天界で暴れまわった、厄介者に相応しい最期だな!」


 腕を組んで盛大に笑う若い女。その理由は加護を与えた者の勝利を称えるものではなく、それに敗れ散った魔王を嘲笑うもの。神聖な気を纏う存在として、異様であった。

 そんな女に、蜘蛛男は「今はそれじゃないでしょ?」と小さく溜め息と共に零しながら、微笑みかけた。


「理想的なのは、顔も性格もでしょう?」

「あぁ、ふふんっ、まさにその通りだ」


 女は前かがみになったことで垂れてきた髪を背に払うと、一転して花も恥じらう乙女の表情を浮かべた。


「優しさの中に気高さのある顔立ち! 愛しい者へ向ける甘い微笑み! 私の加護もあって鍛え上げられた肉体は太く美しく! 私好みに染め上げた金の髪はくすむ事を知らなかった! 流石、私が見込んだ命だ!」

「元々はあの子、普通に茶髪で生まれるはずだったもんねぇ」

「それをお主の性癖のために歪まされて……胎と種が気の毒じゃったぞ」

「言い方どうにかしてよ、チエ。おぞましい」


 “チエ”と呼ばれた子供の呆れる声は聞こえなかったかのように、女は恍惚とした表情で語りだす。


「クガニは本当にいい男だ! 人間の身体で私からの加護を扱えるよう鍛錬を怠らなかった! 生みの親の言いつけを守って身体づくりを行うし、その一環で料理男子へも進化した! 何からでも学びを得て、自らのものとしながら独自に進化もさせる知性がある! 分かるか? 前任にトドメを刺したあの連撃! あれは仲間の魔術師が放っていた火球の連弾を模したものだ! 動きが雑になった後半戦で効果的と見抜いた魔術師の戦術を、自らのものに組み込んだ! 魔法などを用いず、自らの肉体一つでだ!」


 語る女の目は非常に煌めいており、狂気さえ滲み出てた。


「そしてなにより! 家族を深く想い、一度懐に入れた者への愛情深さも持ち合わせている!」

「それらはあの子がそもそも持ち合わせている性質だろうねぇ」

「その愛情深さ故の──復讐を決意した表情の、なんて滾ることか!!!」


 両手を頬に当てて、昏い目でうっとりする女に、子供と蜘蛛男が溜め息を吐いた。


「幼き頃に父親の腕をへし折った時の恐怖の表情! その後の山を開墾している時の必死さ! 三つ子を失った時の絶望顔が、慟哭が、実に傑作だった!」

「長くなるねぇ、コレ。リキのクガニ君語り」

「愛し子の、精神の傷に歪む表情や立ち振る舞いが快感とは、この武神も碌でもない」


 蜘蛛男に“リキ”と呼ばれた女は、子供によれば新たな武神らしい。碌でもないと言われた武神は「心外だ!」と眉を顰めて憤慨した。


「お前たちも見ただろう? 愚かな堕神への復讐を果たして、あんなに達成感に満たされた様のクガニを! それも、奴の矮小な野望を徹底的に打ち砕いてだ! はぁ……どこまでも理想的だ、クガニ! 私の愛し子!」

「……色ボケ武神め」

「愛玩の方じゃない? 虐めて楽しんでるんだし」

「しかし、これでクガニの旅が終わるのは惜しいな。私好みの男前が、私の力で他を蹂躙する様にゾクゾクしたというのに」

「ほらね。あの子は蹂躙なんてしたくなかったはずなのに」

「確かに。望まざることをして歪む顔が見たいだけじゃ」

「いい加減にしてくれ、チエ、イト」


 発言一つに茶々を入れられ不満げな武神は、再び湖を覗き込んだ。「それはこっちのセリフだよ」と、蜘蛛男が肩をすくめた。


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