ねー!魔王ってヤバイよねー! 6
※ゾンリー視点
茹でパンなるものが茹で上がったらしい。
クガニ君が茹だった鍋から生地を包んだ布を引き出し、太めの枝2つを足場にした焼き網の上に裸で置いた。粗熱を取りつつ、余計な水分を飛ばし、落とすのだろう。
その間にクガニ君は木製の皿やカトラリーを人数分テーブルに用意し、最後に糸を取り出し、湯気が落ち着いた茹でパンを一定の幅で縛り切っていった。ペチュニア君の小さな口でも頬張れる厚さだ。
「みんなー! そろそろ焼けるよー!」
クガニ君の呼びかけに、仲間たちはそれぞれ、伸びた声で返した。
最初に駆けつけたのは天幕を張っていたペチュニア君。続いて、結界を張った後は武器防具のメンテナンスをしていたジャバラ君。最後に血飛沫装備を洗っていたアルコ君だ。
肉やジンニンをひっくり返して焼く私の前で、慣れた調子で配膳が進む。
乾物スープの鍋や、茹でパンの乗った焼き網、焼けた肉やジンニンが盛られた皿は食卓の中央に置かれ、3人がそれぞれ、全員分の皿に取り分けていく。私の分まで、どうも。
鉄板の火の番をクガニ君に交代してもらって、私もテーブルに着く。そして、両手を合わせる。
『いただきます』
クガニ君の弟妹たちが自然とやり始めた、食前のあいさつらしい。自らの糧となる命に、命を育てた全ての力に、感謝をするのだとか。5歳児で、そこまで気が回せるなんて。なるほど、クガニ君の言うとおり、三つ子たちは天才なのかもしれないな。
……会ってみたかったものだ。
感傷に浸るよりも、目の前の暖かな料理を頂こう。
草鹿のサイコロカットステーキ、付け合わせの茹で焼きジンニン
ガジャ芋の茹でパン
乾物野菜の肉野菜出汁スープ
まずはスープから頂こう。スプーンで掬うと、偶然入ったのはホレウ草。クタっとして緑色の濃い野菜が複雑で香り高いスープの中に漂っている。息を吹きかけて冷ましてから口に含めば、濃い旨味が広がり、鼻に抜けていく。温かいスープが体に染み渡る。美味しいじゃないか。次の一口が欲しくなる味だ。
続いてはステーキ。しっかりと中まで火が通るように焼いたので濃い焼き目がついており、それがスパイスと共に香ばしい風味を醸し出している。噛めばしっかり弾力が有り、溢れる肉汁にはなんというか、当然なのだが、野性味がある。処理が適切だったおかげで、臭みはまるでない。旅気分を高めてくれるな。
出汁で煮て鹿肉の脂で焼いたジンニンは、噛むと素材そのものの甘さや脂の風味、染みた出汁が口の中に広がって、大変美味だった。
ガジャ芋の茹でパンは、私はパンとは呼べないと判断する。それでもしっかりバゲットの代わりは果たしている。フォークで潰し切る際も、前歯で噛み切る際も、もっちりとして歯切れもよく、ガジャ芋の風味はあるものの強い味はしない。煮込み系と合わせるのも良さそうな添え物だ。
添え物なのだから、肉と合わせよう。丁度ジャバラ君がしているように、茹でパンに肉を乗せて、一口で頂く。ほお、スパイスの効いた肉のパンチを、しっかり受け止め和らげている。これはこれで、良い組み合わせだ。
「クガニぃ、オメェだけいい思いしてんじゃねぇぞー」
「言い方ゴロツキー。アルコも焼けばいいじゃん」
「じゃあ失礼してー」と言いながら、アルコ君が茹でパンを2切れ摘んで、クガニ君が主の鉄板へ向かった。自然と視線をやれば、クガニ君の分の茹でパンが3切れ、先ほど肉を焼いていた箇所で焼かれていた。木のヘラで焼き途中の肉が奥に寄せられ、そこにアルコ君の茹でパンも乗せられた。水分か、きゅーーっとパンが鳴いている。
「ゾンリーも焼く?」
「では、遠慮なく」
物欲しそうに見ていたのがバレたな。素直に誘いに乗って、私も2切れ、茹でパンを焼かせてもらった。クガニ君の分の茹でパンがひっくり返されると、香ばしい焼き目が肉汁と共についていて、非常に食欲を唆る見た目になっている。
「こっちは一口サイズに切って肉と合わせたりするけど、あの子達は焼かずに肉をパンで挟んで食べてたよ。菜っ葉が欲しくなる見た目だったね」
「私が出しましょうか!」
「横取りしたくないから止めて」
それは残念。菜っ葉を8枚程度横領したって、気付かれないだろうに。彼らが首を横に振るなら、大人しくジンニンを追加して挟もうか。もちもちと強い肉の味と、野菜の甘さ。なにかソースがあると、金も取れる料理になるな。
「これが、クガニ君の思い出の味、ですか……」
「美味しいでしょ?」
「えぇ、とても」
クガニ君の自慢げな笑みに、私も微笑みを返した。
結局全員、茹でパンに焼き目を付けて、カリカリになった表面の香ばしさを味わった。スープと合わせても美味かった。
味わいながら、感想を言い合いながら、楽しんだ食事。ここまで満ち足りた食事も、久しぶりかも知れない。
「は~、食った食った!」
「食べごたえがありましたわね~」
「味だけで言えば、店と遜色ないんじゃないか?」
「見た目も悪くないでしょーが」
「野営で用意できる食事としては、かなり良い方なのでは?」
「ありがとゾンリー」
クガニ君の不興を買ったジャバラ君も、「褒めたつもりだった。すまん」と頭を下げて、話は終わった。
気づけば、辺りは暗くなっていた。薄い霧が月明かりを隠しているせいで不気味だが、ペチュニア君の光魔法で結界内は足元が見えるほどには明るい。彼らと過ごす初めての野営の夜だが、明るさはどうなるのだろうか。まぁ、魔族の私からでも、この結界を破れる魔物はいないと保証するが。
薄い布で歯を磨いて、後片付けも済ませた。ジャバラ君の開発した魔法陣を付与した布は本当に便利で、拭くと汚れが浮いて、なんと粉や固形となって土に埋めやすくなる。糧となれ、鉄板の焦げ付きたち。
水で濡らしたタオルで全身を拭いて、すっきりしたらもう寝るだけ。といっても、結界があろうとも見張りを立てる為に、一人は起きているらしい。今の時間はクガニ君だと。
「ゾンリーは寝ててもいいのに」
「いえいえ、魔族の私は活動時間が長いですから。それに、今日は何もしてませんから、君らのおしゃべり相手くらいにはさせてください」
「いやいや! ゾンリーが居るから、砦までまっすぐ進めてるんだよ! 道案内ホントに助かってる!」
「ふふふ、それは良かった」
私の魔王城への帰り道に、彼らを連れているだけという感覚なんですけれどもね。私の方がお世話になって、お得だ。
「このまま何もなければ、明日の夜には麓に着くでしょうね」
「そんなに近いんだ? 確か、アイスドラゴンだったよな」
「えぇ。ヤツのブレスは危険ですよ。お気をつけて」
「うん、ありがとう」
2日前の夜、私から情報を聞き出そうとしてましたが、あれから自分で集めたんですね。大切なことです。
クガニ君は頭の中のドラゴンに振るおうとしてか、拳を握っている。触れるもの全てを凍てつかせるドラゴンだから、直接殴りつけるのは推奨しないぞ。……武神の加護がある者には、余計なお世話かもしれないが。
……それでも、想像するだけで嫌な気持ちになるな。彼が、彼らが、心の臓まで凍りついてしまう様は。
「死なないでくださいよ」
「炎担当はジャバラとアルコの聖剣って2人いるし、ペチュニアが居るから、死ななきゃギリギリ大丈夫だって。きっと」
「おや? 君は彼女のことを長らく仲間とは認めなかったと聞いていますが?」
「一旦認めたなら、頼れるところは頼るだけー」
ふふふ、とても復讐者とは思えない、穏やかな顔ですね。
数日開けて、もう一話投稿します。
神様視点、予定です。