ねー!魔王ってヤバイよねー! 5
※ゾンリー視点
※特に意味はないですが、『草鹿』を『雪鹿』に変更しました。
時は進み、現在は、魔王討伐一行と共に北の砦まで移動していた。
砦は霧のある鬱蒼とした森の中にある。しかしその木材をふんだんに活用した巨大な建設物ゆえ、砦の位置は深い霧が晴れればすぐに判る。まぁ、砦周りの霧はそこに住む魔族が魔力放出のついでに発生させているのだから、嵐でも起きない限り晴れないのだが。
霧の中の木々は陽の光を求めて高く成長し、地上には食べ残しの光しか落ちない。それでもたくましく生きるのは地衣類やコケ類、きのこなどの菌類。そして霧の中の魔素で生きる草花たち。
そんな暗い森の中に、陽の差す広場があった。根が腐り倒れ、それに巻き込まれた倒木たちが都合よく塀の様だ。
ジャバラ君が「ここを今夜の拠点にしよう」と言って、結界を張った。
アルコ君が道中で服や靴に付いた草の汁や血飛沫などの為に、水を張った桶で洗濯を始めた。
ペチュニア君が平らな場所に“常乾”の魔法陣が書かれた布を広げ、寝床を準備し始めた。
クガニ君が荷物から道具や食材を取り出し、夕食の調理を始めた。
私は……薪を持っていることだし、火起こしなどを手伝おうか。
「あぁ、そうだゾンリー。今日は俺の家族の、思い出の味を振舞うよ!」
「なんと! それは、なんて僥倖な」
拾いたての薪から水分を回収する魔法に、気合が入るな!
ぐらぐら、沸騰するかしないかで煮える鍋の中で茹でられるのは、薄い布に包まれた白い生地。丸太状のものが2つ同時にどどんっと茹でられているのは、圧巻だ。
「パン生地を茹でて仕上げるなんて……。その生地もほぼガジャ芋でしたし」
「小麦粉もでんぷん粉も卵も入ってるから。特に卵の効果でちゃんと固まるから、安心して」
「ゆで玉子のように、ですか。なるほど」
「これを、5歳の子供が閃くんだから、俺の弟は天才だよ! 三つ子全員天才だけど!」
茹でているのは、“ガジャ芋の茹でパン”というものだそう。私にそう解説するクガニ君は、別の鍋で野菜の乾物と共に茹でている新鮮なぶつ切りジンニンに、串をスッと刺した。ほとんど抵抗がなかったということは、茹で上がり。クガニ君はそれを木のボウルに取り出した。
乾物を茹でる鍋のお湯は、透き通った黄金色だ。たしか、『その時狩れた食せる魔物の骨から野菜と共に出汁を取って、濃縮乾燥させたもの』と言っていたか。キメの荒い粉を瓶からサッサッと振り入れていた。ふわぁと漂う野菜と肉由来の香りがまた、芳しい。
「乾物のものと一緒に茹でてましたが、これで何を作る気です?」
「ふふ、お楽しみに!」
17歳という、年相応の溌剌とした笑顔。慈愛も、無邪気さも兼ね備えたその眩い表情から、彼が復讐を決心して揺るがない青年であることを見抜ける存在など、いるだろうか。
それにしても。狙い通りにも、程がある。共通の敵がいるというだけで、こんなに心の距離が縮まるものか。ごく自然に旅に同行しているし、復讐勇者ことクガニなど、こうして自らの思い出の味を振舞おうとしている。魔族の私にだ!
ふふふ、勇者に手料理を振舞われる魔族など、ほとんどいないんじゃないか? 今代の魔王サマ様だな。
優越感でホクホクとしていると、クガニ君は壺から肉を取り出した。様々なスパイスの香りがする液体に浸かっていたのは雪鹿のもも肉らしい。それをクガニ君が両手で挟んで、軽く(彼の感覚で)絞った。じわじわと絞られた液体は、壺の中にボタボタと戻されていった。
……さっきは指一本分ほどの厚さがあった肉が、第二関節まで薄くなってないか? もうカラッカラに中まで乾いてないか? いや、まな板に置かれたそれを見るとしっとりしている! 液が垂れないのに! なんて絶妙な力加減だ。
肉を5枚、両手で挟んで絞ると、クガニ君はそれを粗めに切りだした。サイズは、先ほど茹で上がったジンニン程。……本当に、何を作るんだ?
「ゾンリー、鉄板が温まっていたら、この雪鹿の脂を溶かしてくれる?」
「了解。狩りたては綺麗ですね」
「これを解体してたおかげで、今日はそこまで進めなかったけどね。美味しいから目がくらんじゃった」
「そんなにかかってました……?」
雪鹿を見かけたと同時に、山のように詰んだ荷物を静かに下ろし、音もなく飛びかかって、首をへし折っていたよな? 雪鹿、何が起きたか分からないって顔してたぞ。ご自慢の氷結魔法を披露する前に昇天したぞ。
解体技術も素晴らしかったな。アルコ君の磨いた切れ味抜群のナイフで、クガニ君が慣れた手つきで血抜き・解体し、ペチュニア君が食さない部位を闇魔法で腐敗をさせて土に還らせ、ジャバラ君が水魔法で後始末をした。
頭部も土に還した後は、4人揃って手を組み、雪鹿の冥福を祈っていた。命に感謝を捧げる彼らの背中が、眩かった。思わず私も同じ格好をとったほどだ。そこまで、およそ1時間弱。
ほんの数時間前の事を思い返しながらも、熱した鉄板に脂を敷くのを忘れない。
少し煙が立ってる程度だった鉄板に壺から鹿脂を落とすと、ジュワーーッと強い音を発し、脂の中の水分が一気に蒸発する。水蒸気が濃く上がり、溶け出した脂が跳ねる。気にせず長い串で鉄板の隅々まで脂を回すと、徐々に馴染み、キューキュー音を鳴らして残る固形には焼き目が付きだした。香ばしい肉の香りも出てきた。
鉄板の準備が整ったことを伝えると、クガニ君はサイコロ状に切った肉を半分、鉄板の上に乗せた。肉からもジュウーーッと焼ける音とスパイスの複雑な香りが立ち、食欲が唆られる。肉が乗せられたのは鉄板の右半分で、もう左半分にはなんと、似た大きさの茹でジンニンが乗せられた。こちらの音の初速は遅かったが、直にジンニン特有の甘い匂いも立ってくるだろう。
なんだ、思っていたよりもシンプルな料理じゃないか。
「なるほど、確かにステーキには付け合せが欲しくなりますね」
「でしょ? 本当はこの時、ガジャ芋茹でパンとぶつ切りボア肉ステーキだけだったんだけど、野営でもなるべく野菜は摂りたいからさー」
「ふふふ、お兄さんらしく、ちゃんとしてらっしゃる」
「っ、う、この中で一番年下、なんだけど……」
それを自覚してるなら、私に対して年少者のような対応は控えたりしないのか。まぁ、新鮮だから受け入れてるし、そんな無粋なことは指摘しないけれども。
「これは失敬。訂正しましょう。このパーティーはあなたが作り、あなたが率いて、仲間の体調管理を怠らない。あなたは立派なリーダーですね」
「……ありがとう、ございます」
ふはははっ! 耳を真っ赤にして照れている! 褒めがいのある青年だなぁ。
微笑ましく思っているのを揶揄っていると捉えたのか、クガニ君は私に「焦げないように、いい感じにひっくり返しておいて!」と言って、唇を尖らせたまま隣の竈に向かった。
収まらなかった……。次回は多分短いです。
茹でパンはチェコの茹でるパン、クネドリーキのことです。覚えていらっしゃいますか?