お前は、同じなんだよ 6
鍋の油まで全部食べ尽くす勢いで食べ進めて、遠火で焼いた熊肉串も食べたら。
「「「「ごちそうさま」」」」
四人で手を揃えて、命に感謝した。
はぁ、満足満足。ジャバラがずっと展開してくれてる防護魔術の壁の中で、魔物、魔獣、野生動物からの襲撃を気にせず食事が出来た。俺一人だった頃は周囲を威圧してれば良かったけど、落ち着いて食べれてたわけじゃないから、本当に贅沢だ。
腹をさすって満たされたって笑顔なアルコが、青空を仰ぎ見てから俺に顔を向けてきた。
「や~! 旨かったぜ! いつもこんなに旨いもの作って食ってるのか?」
「んー、獲物次第ではあるけど、なるべくそうしてる。“体は食べたもので出来ている。気を配るんだぞ”っていう、父さんからの教えを守る為にね」
「へえ、だから今から夕飯の準備してんのか」
そう言ってアルコが見るのは、かまどの火にかけられた鍋。さっきスープを作ってた鍋には、たっぷりの水と皮に十字の切り込みを入れたガジャ芋が入ってる。一応、まだ油煮の油が残ってるからね。
「いや、おやつ。半分潰して、半分粗みじんにしたガジャ芋とでんぷん粉、塩を混ぜて薄く丸く整えたものを、多めの油で焼くんだ。俺ん家は粗みじんガジャ芋の脂焼きって呼んでる。焼く前までの準備をして、仕掛けた罠の様子を見て帰ってきてからのおやつにするつもり」
「なんだそれ、旨そうだな! 俺も回収とか解体とか手伝うから食わせてくれ! てか今日泊めてくれ!」
「図々し……。いやまぁ、盾の修復が終わるまで一緒なのは当たり前だし、いいんだけどさ」
とか言ってたら、ジャバラから四つ折り盾を投げ渡された。せめて広げろってさ。はい。
皿やカトラリーはペチュニアとアルコが洗ってくれていた。ジャバラは引き続き修復魔術を使って折り目ができてる鉄の盾を直してて、俺はその横で煮えたガジャ芋を小さな四角に切っていく。……早く、謝っとかないと。
「ジャバラ、さっきは、ごめんな」
「ん? ……あぁ、まぁ、気分は良くなかったな」
「ごめん。……人を呪う理由に、お兄さんを出して」
俺がアルコの胸ぐらを掴んで呪詛を吐いてた時、トドメを刺す前にジャバラが手を打ち鳴らして止めてくれた。『腹が減るとロクなことを考えない』って言ってたから、最初はアルコに考えを改めて欲しいし、呪う俺を止めたかったのかと思った。
でも、止めた直後の、あの感情が抜け落ちたような表情。思い返せばあの目の奥には、俺への侮蔑があった。
「考え事をするなら、刃物を扱うのを止めておけ。指を切るぞ」
「あっあぁ……。うん」
指摘されて、丁度量も切れたから、潰す方に切り替えた。皮を剥いただけのガジャ芋をボウルの中で握りつぶす。ぶわっと湯気が上がって、ちょっと熱い。川の方から『なんだあいつ、道具使えよ』みたいな視線を感じるけど、気にしない、気にしない。
俺の我慢強さに慣れているジャバラは、ゆっくり息を吐いた。
「俺は別に、君に清廉さを求めるつもりはない。恵みを分け与えてくれる魔王へ復讐を誓うという、愚かな性質な私を仲間に受け入れた君を、否定することは有り得ない。……だが、私の復讐理由を、無断で持ち出さないでほしかった」
やっぱりそうだよな。自分のものを他人に勝手に利用されることを極端に嫌ってるジャバラだ。むしろ、手を打ち鳴らして呪いの邪魔をするだけなんていう生易しい対処だけで済ませてくれるなんて、優しすぎる。今だって、怪我しないように一言くれたし。
「ごめん」
「もういい。反省してるのは分かったし、あの場面で君の堪忍袋の緒が切れるのも、痛いほど分かるからな」
「……あの時はペチュニアが居てくれて、本当に助かった」
3つ目の修行先に居たとき。一つ飛ばした村で魔王が暴れた。相手に選ばれたのは、その村の自警団団長。全身を鍛えるばかりの俺とは違って、修行先の師から免許皆伝を受けた、屈指の実力者。……そんな人でも、魔王には敵わなかった。
見覚えのある雲を見つけて、ジャバラと一緒に急いだ。ジャバラが吹かせてくれる追い風を蹴って普通よりも早く向かったけれど、着いた頃には魔王は消えていた。残されていたのは、狭い範囲ではあるが吹き飛ばされた建物と、絶望している村人。そして、団長のものであろう、血だまり。
村人から話を聞くと、なんとか生きてはいるらしい。しかし、左腕がちぎれかけ、全身を強く打ったらしい彼は、今や虫の息。偶然村にいた聖女の手で治癒魔法をかけて貰えているから、苦しまずに逝けるだろう。という、希望のない話だった。
『また、一線を超えやがった……!』
『俺がもっと早く、気づいてれば……』
ジャバラが怒りを顕にし、俺は己へ失望していた。それぞれ感情を抱えながら、彼が運び込まれた診療所へ向かった。彼の無念を、逃げずに受け止める為に。覚悟を決めて診療所の扉を開いたら、そこには。
『ふぅ……。もう少し頑張れば、後遺症も残りづらくできると思います。少々休憩を……あっ! クガニ様! と、どなたでしょう?』
癒しの聖女・ペチュニアが、団長らしき男性に治癒魔法をかける姿があった。汗を流して術をかける姿は、聖女の名にふさわしい慈悲深さだった。
ペチュニアの実力は確かなもので、団長の傷は全て治っていて、数時間もすれば目を覚ましたそう。復帰するには少し時間がかかるようだが、元に戻れるから本当に良かった。
とてつもない実力者の彼女が村に居たのは、俺を追いかけてきていたから。流石の俺にも、『聖女様を仲間に迎えるべきか』という葛藤が生まれた。俺の復讐に付き合わせるつもりは毛頭なかったけれど、聖女様の方からこうして、貢献する姿を見せられると、どうも、ね……。
「あの団長のような被害者を増やさない為には、魔王と対峙しても傷つかない耐久性と実力を有しているのが理想。複数人いるなら更に良い。それが、聖剣と心をへし折られただけで使命を断念しようだなんて。私も許せないさ」
そういやそんな話だった。適当に「うん」と返して、潰したガジャ芋の中に切った芋とでんぷん粉と塩を入れて混ぜて……。
「それで、どうする?」
「どうするって?」
「アルコを仲間にするかどうかだ。動機は弱いとはいえ、彼もまた魔王討伐の使命を負った人間だ。我々と目標は同じ。なら行動を共にしても私は構わないと思うのだが」
「……そう、だなぁ」
「ちなみにペチュニアは私の中で既に仲間判定なので、よろしく」
「何がよろしくだよ……」
「ついに入れてくださいますの!!?」
「うわ」
“仲間”って言葉が出る話をしてたから、聖女様も反応してさぁ大変。確かに、もう俺の復讐心を否定するようなことは一度もしてないし、一緒にいても息が詰まるようなこともないし……。持て余さないなら、いい、のか……?
罠にかかった獲物を持って帰って、内臓を抜いたり血抜きなんかをした後。拠点でおやつのガジャ芋の脂焼きを食べながら、俺はアルコにあの事を聞いた。
「“イリス”って誰?」
「ん? あー、察してると思うけど、この聖剣のことだぜ」
「結構、俺の感覚では女の子な名前だなって思うんだけど……」
「確かに響きはな。でもちゃんと意味があるんだぜ」
そう言ったアルコは、聖剣を鞘から抜いた。傾いてきた陽に照らされる剣身は美しく輝く。どんな打ち方をしたらそんな虹色に剣身が輝くんだろう。
「俺んとこの古い言葉でよ、“アルコ・イリス”って言葉があってな。意味は“虹”。聖剣に選ばれてから髪も目も虹色っぽく変わっちまった俺と、虹色の剣身の聖剣。な? 相性がいい名前だと思わね?」
「あ、その色、生まれつきじゃなかったんだ」
「奇抜すぎるだろ……。元はどっちも青色だったんだ」
「あとさ、聖剣に選ばれるってどんな感じでなの?」
「えーっと、俺の時は、俺が丹精込めて打った剣が完成した瞬間、光り輝いて、ついでに俺も輝いて、って感じだったな」
「周りの人の目が大変だったろうね」
「あと、俺もお前らと一緒に付いてっていい?」
「まぁ、聖女様も入れちゃったし、いいよ」
「俺、結構インパクトのある話をしてる自覚あんだけど、なんでそんなサッパリしてんの?」
さぁ? お前の喋り方が悪いんじゃない? これからよろしく、アルコ。
魔王討伐編は、気が向いたら書きます。