お前は、同じなんだよ 5
山から吹いてくる風を心地よく感じながら、川上へ石っ原をカラコロ、石を鳴らしながら歩いていく。霧はすっかり晴れて、太陽は俺らの上で煌々と照っていた。ちょっと暑い。隣を歩くアルコの元気さと同じくらい。
「いや~熊肉かぁ! 地元では秋の終わり頃に町に降りてきたのを仕留めて、みんなで食べていたよ! 宴を思い出すな!」
「へぇ。俺が暮らしてたとこではボアはよく出たけど、熊はいなかったから最近美味しいって知ったんだよなぁ」
「私もだ。魔獣ならいざ知らず、野生動物の肉など固く臭くて、食べられたものではないと偏見を持っていた。しかし、草食性の熊で、そして仕留め方が良ければ、あんなに美味だとはな。村の食堂で初めて食したが、脂身が特に絶品だった」
「その熊って、クガニが仕留めて捌いたんだろ? どうやったんだ?」
「普通に、威圧して動きを止めて、苦しまないようひと思いに首をへし折ったよ」
「普通……?」
「対面して3秒で顔が後頭部になっていたな……」
「えぇ……」
無駄に傷つけて興奮させると、血が全身に回って肉が臭くなるんだよ。まぁ、今回の熊は俺らを獲物として認識するような肉食性(魔獣ではない)だから、結局ちょっと臭い肉ではあったんだけどな。だから下処理が大事で……。なんてことを解説しながら歩いていると、薪が燃えて出た煙の匂いと熱が風に煽られてやってきた。
拠点を決めた時に作った、川原の大きめの石を使った即席のかまど。そのすぐそばには白いワンピースの上から革製のエプロンを着た、長い茶髪の女性が居た。生肉に串を波型に刺していた彼女はこちらに振り向くと、人好きのする笑顔を浮かべた。
「おかえりなさい、クガニ様、ジャバラ様、アルコ様! ようやく火が着きました!」
聖女様は『褒めて!』と無邪気に笑って、生肉串を持ってない方の手でかまどを指さした。何度も使って煤だらけの黒いかまどの中央で、確かに焚き火はしっかり燃えていた。
「……お呼びしてないけど、いらっしゃい。聖女様、火をつけてくれてありがとう」
「そんな他人行儀な! アルコ様とも打ち解けたのでしょうから、私のこともそろそろ仲間にしてください! まずはほら、ただいまと!」
「熊肉の扱いも理解してくれてありがとう。オイル漬けだったから手がぬるぬるでしょ、新しい石鹸出すから、遠慮なく使って」
「わぁ! ありがとうございます! ちなみに串打ちしたのは、ここに来るまでにジャバラ様に教えていただいたからですわ! ご相伴にあずかります!」
やっぱりなぁ。ジャバラが気に入って、ここ最近ずっと油漬け肉串してるもんな。草鹿(こいつは魔獣)も旨かったなぁ。
「あっ、『ただいま』はぁ!?」と聖女様が呼びかけてくるのを背にして、石鹸を取りにすぐそこの小屋に向かった。また後ろから「しっかりした家だよなぁ……」ってアルコのつぶやきが聞こえてきた。だろ? 釘が無いから互い違いに切り出して填め込んでるんだぜ。手前に傾けた屋根しか作れなかったけど。
「それにしても随分、火を点けるのに時間をかけたな。薪の積み場所を見つけられなかったか? それとも火花棒が摩耗してたか?」
「いいえ、そんなことはありません。何度もしっかり活用させていただきました。しかし……。恐らく、クガニ様とアルコ様の手合わせで生じた衝撃波由来の突風で、何度も、点けたはずの火が消えてしまいましたの」
「分かる。何度吹っ飛びそうだった事か」
「……スマン」
それは、ごめん。まさかそんな弊害があるとは思わなかった。
手が油まみれの聖女様は新品の、男たちは尽きかけの石鹸で手を洗う。そしてアルコは別で焚き火をして濡れた服と全身を乾かし、ついでに切ったガジャ芋を水から茹でてもらう。ジャバラはその隣で鎧と盾を魔術で修復し始めた。俺はジャバラが下の村で買ってきてくれた生野菜や採取したキノコ、串打ちしてない熊肉を切る。聖女、ペチュニアは俺の指示通りに、熊肉を漬けていた油を浅くて広い鍋に注いで網の上で温めてくれた。
ちなみに串打ちした熊肉は既にかまど近くの地面に刺して、遠火でじっくり焼いている。川魚でよく見るやつだね。
「クガニぃ、ガジャ芋茹でてるお湯、沸いてるからなー」
「あぁ、じゃあ柔らかくなるまで様子見といてー」
「りょうかーい。……串、串はぁ、っと」
それぞれがやることをしてるから、お喋りは少ない。でも、こうして無心になれる時間が、安らぎを覚えて俺は好きだ。あんなに嫌ってたアルコに、普通にお願いするくらいには気持ちが落ち着いてる。あ、漬け油がいい匂いしてきた。あっ、お腹すいてきた……。
オイルの中で薄く切った野菜と肉が煮えたところで、昼食の始まり。鍋をかまどから既に皿を並べたテーブルに移した。メニューはジンニンと玉ギネのガジャ芋スープ。3種のキノコと熊肉の油煮、バゲット添え。香味油漬けの熊肉串。以上の3品だ。
命に感謝。生産者に感謝。全てに感謝。お手々を合わせて。
「「「いただきます」」」
「……い、いただきます」
へぇ、ジャバラもペチュニアも、『いただきますって何? なんで手を合わせるの?』って聞いてきたのに。まずは合わせちゃうなんて、流されやすい素直な男なんだなぁ。まあ、なんか得意気なジャバラとペチュニア両者から、いただきますの解説受けさせられてるけど。ふふっ、すごいでしょ、俺の三つ子ちゃんたち。たった5歳でこの境地に至れちゃうなんて。
キルムの実の種を絞って得られる、キルム油。下の村の名産で、香りがいい上にどこかスッキリする風味がある。その良さを消すくらい香りの強い名前も知らないハーブ類と乾燥赤からしを使って、熊の赤身肉の臭みをどうにか誤魔化した。何度か食べてるから分かる。美味しかった。
さて、油煮の方はどうだ? 味見したから、俺は美味しいって知ってるけど。
「それにしても……。油で煮込むなんて、初めて見た」
「俺も下の村でご馳走になって初めて知った料理だよ。取り分け用の木べら置いとくから、各自取り分けて」
そう言いながら、食べ方指南として俺が率先して取り分けた。半分に切った小さな茶色い丸キノコ、スライスした軸の太いキノコ、黄色みがかって束になってるようなキノコ。それと熊肉を木の平皿に盛り付けて、キノコから食べた。油であっついから、しっかりフーフーして冷まして……。
「あふっ、ふっ……。うん、美味しい。キノコの味が強くなってる」
ハーブやら赤からしやらで刺激的になった風味の中、半分に切った丸いキノコを噛むと、その傘の中から油と一緒に肉汁?が口の中に広がって、とっても美味しい! 続けて熊肉をスライスした固い丸パンに載せて、上から油をかけて、ぱくりっ!
「ぅんーっま! しっかり味染みてて、肉肉しくて美味しい。……あ、どうぞ、アルコも遠慮なく」
「あ、あぁ、馳走になる」
俺から勧められて、ジャバラとペチュニアに続いてアルコも器に具材を移して、キノコから食べた。初めてらしい料理に好奇心と恐れが半々といった表情は、一度熱さで歪んでから、咀嚼する事にどんどん目を見開いて、輝かせた。よしっ!
「うっ、うまぁ!?」
「節度を持って、どんどん食べて。めちゃくちゃ熱いから火傷には気をつけて」
「おう! ぎゃあちちちっ!?」
「言ったそばからかよ」
勇んで鍋から具材を移そうとして、木べらから垂れた激アツ油が手にかかって悲鳴を上げた。川に手を冷やしに行ったアルコを見ながら、俺は木のカップに注いだスープを飲んだ。茹でてから潰したガジャ芋がベースで、牛乳を使ってないからあっさりしてて、細かく切った草鹿干し肉の出汁も塩味も利いてる。具材の玉ギネとジンニンどっちも甘くて柔らかくて、美味しい。
「おいしい……。あの店に引けを取らないじゃないか」
「やっぱりクガニ様はお料理上手ですわ! 串に刺したお肉が焼きあがるまで、たくさんいただきます!」
おーい、アルコ。早く戻ってこないと、油煮が油だけになっちゃうぞー。残った油もパンにちょっと吸わせて、網で焼いたら美味しいけど。