お前は、同じなんだよ 3
頭から落ちる格好から、片手剣越しに聖剣に体重をかける形で跳ねる。石っ原に着地すると同時に蹴るように、姿勢低く駆ける。
「いよいよ本気だな!」
うるさい。ニヤニヤするな聖剣勇者。
剣を投げ捨てたい衝動を抑えて、下から切り上げる。それは盾でキンッと受け流されて、振り下ろされる聖剣はまた左拳で殴って弾いた。正確には、聖剣の周りにある空気を殴っているから、俺の拳が切れることは無い。
「……なにを、企んでいる?」
言うかよ。でも教えてやるか。態度でな。
今までこちらの剣を受け流してきた鉄製の盾を、奪い取る。抵抗なんて、巨石を持ち上げられる俺に対して出来るものか。執念深く手を離さない勇者ごと振り回して、悲鳴を上げる勇者の体を上空にぶっ飛ばした。
俺に盾を奪われた聖剣勇者は、悲鳴を上げながら浅い川に落ちていき、高い水しぶきが上がった。いったそ。油断せず、盾はへし折らせてもらうけ、ど!! あ、虹きれい。
へし折るどころか四つ折りにしてやった頃、川から聖剣勇者が上がってきた。びしょ濡れどころか、鎧からずっと水がぽたぽた滴り落ちていく。降参してくれるかな。なんて無茶な祈りは、やっぱり届かない。聖剣勇者の赤と紫の瞳は、冷静さを欠いていた。
「おいおいおいおい……。いくら魔術師様が直してくれるからってよぉ。人様の大事な盾をぶっ壊すのは、やりすぎなんじゃねぇのぉ?」
「そうは思わない。お前が俺にしてる理不尽を思えば、ね」
「理不尽ン? はぁ、まだ怒ってんのぉ? そんなに力比べ、嫌ぁ? 頑固だなぁ!」
「嫌に決まってんだろ。力比べなんて、俺は、嫌なんだよ」
ダメ。ダメだ。言っちゃダメ。特に勇者には言っちゃダメ。これを言うくらいなら、うざったくても、付きまとわれた方がマシだから。それもこの打ち合いで、おしまいだから。
折りたたんで小さくなった盾をポイッと遠くにやって、片手剣を持ち直す。その鋒を、川から完全に上がった聖剣勇者に向けてやる。
「さぁ、今度は聖剣をへし折ってやるよ」
「やってみろぉおおおおッ!!!」
勇者が聖剣を天にかざして輝かせて、水滴を弾にした斬撃を放ってきた。それに対して俺は剣を振るって、風圧で落としてやった。
奴にとっては強い向かい風だろうに、勇者は風を切って駆けてくる。聖剣に炎を纏わせて、切りつけてきた。飛ばす斬撃から変えてきた!
ガキンッガキンッと打ち合う。だけど聖剣に纏わせた炎が払えなくて、顔付近に火が飛ぶ。熱い、目を開けるのが苦痛だ。
なら、ぶっ叩いて、遠くにやればいい!
「ッ、ぐおぉっ!?」
剣で打ち合う瞬間に過剰に力を入れれば、聖剣が弾かれた勇者が仰け反った。追撃の姿勢を取ると、彼は飛んで下がった。
盾が無くなって勇者は、俺の斬りつけを受け流さなくなった。あわよくば、火傷を狙っているからだ。なら簡単。目的通り、聖剣を殴り切ってしまえばいい。なんせこの片手剣にはジャバラの防御魔法が付与されている。どれだけ力を込めて叩きつけても、壊れることは無い!
「ぶっ飛ばすのが好きだなぁ!? ……なら、これはぶっ飛ばせるかぁ?!」
「えっ!? 形が、変わった!?」
「ふははっ、いい顔だなぁ!!」
せ、聖剣が、燃える片手剣から立派な両手剣に変化した! 太さも長さも増してる! どういうこと?! 不可思議すぎる!
聖剣の秘密を知って狼狽える俺に、勇者は笑って飛びかかって来た。今度は俺が下で受ける番か! 返り討ちにしてやる!
ガンッ!! こちらも勢いを付けた剣で受け止める。なるほど、両手で体重をかけている事もあるが、聖剣自体の重さも変わってるらしい。右腕に走った痺れが段違いだ。
けど、押し負けない!
「おぅらっ!!!」
「ぐうっ!?」
炎を纏わなくなった聖剣を空気ごと殴りつけて、弾き返した。仰け反った勇者は勢いで横回転し、薙ぎ払ってくる。
「まだまだぁ!!!」
それを、ついに右手で、殴りつけた。
ゴォオンッッ!!!
「──なん、だと……?」
ピキッ、ピキピキッ
「言っただろ。聖剣をへし折ってやるって」
衝撃を受けた両腕が耐えられなかったか、勇者は聖剣を取りこぼす。石の上に落ちた聖剣は、ヒビが入った箇所から割れて、砕けた。
その場にへたりこんだ聖剣勇者の首に、左手で持った片手剣を近づけた。そうしたところで、ジャバラが声を上げた。
「勝負あり! 勝者、クガニ!!」
はぁ、やっと、終わった……。
借りた片手剣にかけた付与をジャバラ本人に解いてもらおうと、聖剣勇者に背を向けた時だった。
「……なぁ、クガニ。どうして、こんなに力比べが嫌なんだ?」
“こんなに”? あぁ、聖剣をぶっ壊したの、しっかり心に効いてくれたか。
振り向いて、まだ川原に膝をつく勇者に目をやる。俯いたままの彼の艶やかな白髪が、どこか曇っているように見える。2つに割れたまま、元の片手剣の姿になった聖剣も。
「最初は、貸した剣が壊れるのが嫌だって、言ってたのに。気づけばお前は、俺の盾を、聖剣を、壊した」
矛盾してるように、見えるか。もしくは、俺が手元のを壊したくないだけのクズに見えるか。
「嫌なのもそうだけど、親切心でも言ってると思ってた。……だがお前は、俺の武器を、心をへし折った。挑んだことを、後悔させるように」
「そのとおりだね」
「お前だって! 壊されるのは、嫌だろう!? 魔王に家を壊されて、弟2人と妹1人を殺されたんだから!」
俯いたままで、勇者は川原についた手を握る。悔しいって気持ちが、全身から溢れていた。武器を作る場所で暮らしてきた勇者にとっては、どんな武器も防具も、壊されるのは殺されるのと同じ痛みってことなのかもしれない。
……。
「教えてくれ! どうしてだ! どうして、ここまで力比べが嫌なのか、教えてくれよ!」
勢いよく頭を上げた勇者の顔は、今にも泣き出しそうな、情けない表情。右目の赤も、左目の紫も、涙で潤んでいた。だけど、俺の顔を見て、その目を見開いた。
「……どうして、お前が、泣きそうなんだよ」
……表情、取り繕えなかったかぁ。
あぁ、嫌だ。嫌だよ。言いたくない。絶対に言いたくない。だって、これを言ったら、勇者をもっと泣かせることになる。それだけ酷い考えなんだよ。思っても言葉に出しちゃいけない、きっと、人を殺せる言葉だから。
「言えよ!!! 人の武器防具壊してまで、力比べが嫌な理由!!!」
……でも、もう、俺は。この人の心を、刺している。
「お前は、その魔王と、同じ事をしてんだよ」
だからって、傷口を増やしていい理由にはならないのに。