お前は、同じなんだよ 2
聖剣勇者の強烈な押しと、魔術師ジャバラの支援のせいで、ついに。俺は聖剣勇者と力比べをすることになってしまった。
あぁ、憂鬱だ。大体俺は、人を相手に戦ったことが数えるくらいしか無いんだぞ。その内一回は父さんの腕をへし折っちゃったし。3歳くらいだったか、市場からの帰り道を手をつないで歩いてて、俺が無邪気に暴れたのを父さんが止めようとして……。あれ? 戦ってもなかったか。でも、あれですっごく傷ついて、力の加減が出来るようにって開墾作業を修行替わりにしたんだよね。
あーもうやだ。人を相手にするのに、これほど過剰な加護は無いよ。武神様が恨めしい。
革の全身装備の調子を確かめてる横で、ジャバラが丁寧に詠唱を唱えている。右手が翳されている片手剣は、鈍い鉄色に控えめに光っていた。
「──。……よし。クガニ。防護魔術の付与は完了したぞ。これでアルコ、聖剣勇者が魔術を突破しない限り、壊れないぞ」
「……ありがとう」
片手剣の剣身の根元に、石から削り取った粉を使った魔法陣が書かれている。ただのインクや魔力で刻むよりも強い効果を発揮するらしい。魔核だっけ、魔物から取れるやつ、じゃなくてもいいんだね。
そんなこだわりを持って力を付与された片手剣をジャバラから受け取る。……良い剣なのは、持っただけで分かる。初心者でもね。だけど、軽い。やっぱり軽い。
「よし! この自慢の筋肉で振るう聖剣で、突破してみせよう!」
「それすなわち、お前の愛剣が破壊されることと同義だが? まぁ、そんな心配はしなくてもいいがな! はっはっは!」
「なにおう!? ということは、つまり、これはクガニとジャバラの二人への挑戦ってことか! 面白ぇじゃねぇか!」
少し離れて剣を振るってると、後ろで二人がご機嫌に笑ってる。自信家と戦闘狂、そのそばで拗ねてるヤツ……。なんで俺が居心地悪くなんなきゃいけねぇの。はぁ。
巨石を持ち上げて鍛えてた場所から移動して、山の中で比較的平坦な場所、川原に来た。そばには流れが穏やかな浅い川が流れているが、大雨が降ると水量が増えて、今立っている石だらけの地面も水の中だ。ここ以外だと背後が崖とかじゃないと平坦な場所ないから、剣が思いっきり振れないんだよね。
「最初に約束してくれ。打ち合いは1度きり。そして、地形破壊をしないって」
「復讐勇者様は随分と心配性だな! 承知した!」
戦いたがりでも、元は普通の人間だ。不意打ちとか約束を破ることなんて、彼の誇りを損なう行いだろうから、そこは信頼してもいいだろう。
肩を回して体の強張りを解いた聖剣勇者が、腰に下げた鞘から聖剣を抜いた。
「さぁ! はじめよう!」
聖剣勇者は初対面の頃のような爽やかな笑顔で、左手に盾を、右手に聖剣を構えた。聖剣は勇者の闘志に呼応するように、ほのかに剣身を虹色に光らせた。
「泣いても笑っても、これっきりだ」
対する俺は慣れないなりに、篭手を装備した左腕を気持ち前に出して、片手剣を構える。
「勝利条件は相手を戦闘不能にするか、武器を落とさせること! それではこれより、クガニ対アルコの試合を行う!」
少し離れた場所から、見届け人兼審判を買って出たジャバラが右腕をまっすぐ前に伸ばしている。掲げられた右腕は、一気に振り下ろされた。
「開始!」
試合が始まっても、俺とアルコは暫し、睨み合うだけだった。
どちらが先に仕掛けてくるか。息を読み、思考を読み、風を読んだ。そして──アルコが踏み込んだ!
「行くぞッ!」
早いっ!
飛ぶように駆けてくるアルコが振るう聖剣を、片手剣で受け止める。ガキンッ!!と嫌な音が響き、腕に振動が走る。筋骨隆々な見た目に違わぬ、重たいひと振りだ。
けど、軽い!
「ふんっ!」
「なにっ!?」
一度は受け止めた聖剣を力尽くで弾き返す。その勢いで胴へ薙ぎ払うが、それはアルコの盾に阻まれ、受け流された。弾こうとしてきたら、そのまま盾を割ってやろうと思ってたのに。
「流石だ! 武神に寵愛されし勇者! しかし俺も負けないぞ!」
「叩きのめしてやるよ」
健やかで爽やかに笑顔を浮かべるアルコ。欲望が満たされてるっていう清々しい態度が気に入らなくて、思わず挑発する。けれどアルコは野獣味のある笑みに切り替えただけだった。
その後は剣でガキンッガキンッと打ち合っていく。徐々に上がる速度に対応しながら、無力化してやろうと聖剣を弾くけれど、上手いこと力を受け流されて、思った通りにいかない。
アルコの方は、たまに下がって助走をつけて切りつけてきたり、飛び上がって振り下ろしてきたり。魔法か聖剣の力か、剣身に炎や雷を纏わせて斬撃を飛ばしてきたり。様々な攻撃を仕掛けてくる。魔法系は全部左拳で殴って消した。
らちが明かない! 人間を相手に急所を狙わずに、慣れない武器で戦わないとなんて、疲れるに決まってる! くっそ、どうしたもんか。宣言通り、頭を叩きのめしてやるか?
こっちはストレスが溜まってるってのに、聖剣勇者様はとっても楽しそうにしてる。
「ふはっ、ふはははっ!! すごいっ! 素晴らしいなクガニ!! 俺と聖剣のスピードに付いてこれるだけじゃなく、本当に魔法も拳で振り払うなんてな! なんて面白いんだ!」
「うるさいなぁ……。そろそろ、本体も殴っていい?」
「一向に構わん!」
あっ意外。丸腰が嫌だって言ってたから、拳使うなってことだと思ってた。……てか、本当にこいつは、失礼だよ。
許可もらったし、遠慮なく左手で拳を作った。
「さぁ! 全力で来い!」
構え直したアルコが飛びかかってくる。振り下ろしてくる聖剣を、硬い拳で殴って弾いた。あえて刃が付いている部分を狙って。
「ッ!? はあっ!?」
「誰が、丸腰だって?」
片手剣で弾くよりも逸れて無防備になった胴に、左拳を叩き込む!
「グウッ!?」
「この拳が、この肉体が、俺の武器だ!」
盾で守るよりも素早く殴りつけた鎧は硬かったけど、問題なくベコンッと凹んだ。衝撃を流しきれなかったアルコは3歩、腹を押さえながら下がった。
「くっ、まだまだ……!」
「ここからは、俺からも仕掛けてくからな!」
「ははっ、楽しくなってきたな!」
人相手。人が相手。殺すなよ。
身体から適度に力を抜いて、飛んでくる雷の斬撃を飛んで避ける。高く飛び上がったのを利用して、空気を蹴ってアルコに向かって急降下する!
「出たなっ、力技機動!」
「歯ぁ食いしばれ!!」
自由落下と蹴った勢いで、俺が振り下ろす剣の威力は数倍になるはず! なのに無謀にも、アルコは聖剣で立ち向かう判断をした!
ガキンッ!! と、今までで一番喧しい金属音が、衝撃波と一緒に山に響く。驚いた。今まで盾で受け流してたのに。腹に拳を食らって威力を体感しただろうに。俺が言ったとおりに歯を食いしばって、殴りつけるような一撃を真っ向から受けている。──とっても、嬉しそうに。獣のような、野蛮な笑顔で。
気に入らない。